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木製のテーブルに御馳走が並ぶ。全てドーラの手作りだ。傍らでは既にスヴェリオとバーバリオが向かい合うように席に着いて笑い声を上げている。
そこに、パンの入った篭を持ったティテルが登場し、その後ろから鍋を持ったドーラが勢いよく現れた。
「はいはい、真ん中開けてー!」
その声に従って、スヴェリオとバーバリオがテーブルの中央にスペースを開けた。さっと鍋敷きを置くバーバリオは、さすが気が利く。
ドーラはどかっと鍋を置くと、ふぅ、と額の汗を拭ってバーバリオの隣に座った。そして、スヴェリオの隣に座ろうとするティテルを制して、握った拳の親指をキッチンに向ける。
「ビール。」
あ、はい、とティテルは素直にキッチンに向かう。
「お疲れさん。」
バーバリオがドーラのくるくるの髪を撫でると、ドーラは、張り切っちゃた、と嬉しそうに歯を見せた。
「いやー今度こそ死んだと思ったのに、とんだ強運の持ち主だわね。」
「こいつは昔っからそうなんだよな。こいつの無茶にこっちが焦ってても、けろっとして戻ってきやがる。」
「なんだよ、そのお陰でこの工房も開けたんだろ。」
「あ~なになに?クァンザ族を追い剥ぎした話ぃ~?」
戻ってきたティテルが会話に割り込み、ビールの入った樽ジョッキを配った。
「いいよなぁ、ぼろ儲け。さすがスヴェリオさんだよ。」
うんうんと頷くティテルに、ドーラは人差し指を向けた。
「あんたは真似するんじゃないよ!あんたが見つかったら喰われるだけなんだからね!」
「さ、さすがにしないよ…。」
スヴェリオは可笑しそうに、お前にゃ無理だとけらけら笑って、ティテルの背中を叩いた。
よし、とバーバリオがジョッキを持って改まる。皆も倣うようにジョッキを手にした。
「スヴェリオの生還に!」
4つのジョッキがガツンとぶつかり、それぞれの口に運ばれる。4人の喉からはコクコクと小気味好い音が鳴り、ほとんど同時に、ぷはっとジョッキを置いた。
さっそくそれぞれ自分の取り皿に料理をよそい始めた。ドーラは鍋に入ったうさぎのシチューを取り分ける。
バーバリオが肉のローストを、お前はしっかり食っておけ、とスヴェリオの皿に強引によそった。
「明日から始まるんだろ?」
あぁ、とスヴェリオが肉を口に入れたまま答える。
「もっと早くても良かったのにな。痣が消えるまで来るなって言うからよぉ、2週間もかかっちまった。」
「どうしようもない奴かと思ってたのに、まさか王妃様の護衛に就くなんて…。バーバリオを信じてあんたを切り捨てなくて良かったわホント。」
「お前がどんなに頼んだところで、バーバリオは俺を捨てませ~ん。」
「そうだよ姉さん!だから言ってたろ!スヴェリオさんはすごいんだって!」
がっはっは、とバーバリオの豪快な笑い声が響く。
たくさんの御馳走はみるみる無くなり、酒はどんどん進み、賑やかさも少しずつ薄れ、最初に意識を手放したのはティテルだった。続いてドーラがバーバリオにもたれかかって寝始める。
「あーあー、相変わらずアイローイ人ってのはだらしねぇな。」
「そりゃダマルカ人に比べりゃ弱くて当然だろ。」
バーバリオがドーラの頭に手を被せた。
「故郷のばか強い女たちよりも、このくらいが可愛いだろうが。」
「あっはっは、違いねぇ。」
因みに、強い弱いというのは酒に対しての話だ。ダマルカで作られる酒はアルコール度数が高く、寒い気候のせいか飲む量も多い。自然と耐性が付き、男女問わず、ほとんどの者がざる体質だった。
「ドーラをベッドに運んでくる。」
おー、とスヴェリオが返事をすると、ちょうどスヴェリオのジョッキが空になった。ティテルに追加を頼もうとするが、名前を呼んで揺さぶっても起きる気配は無い。
スヴェリオは、ちっと舌打ちを鳴らして立ち上がり、1度、指を組んで縦に伸びてからベランダに出た。
細い月の明かりでは町を照らすにはあまりにか弱く、空も地上も点々と頼りない明かりが見えるだけで、そのつなぎ目すらも分からない。
ただ澄んだ空気が、ぽかぽかと火照ったスヴェリオの体を、内から冷ました。
程無くしてベランダのドアが開く。
「ここにいたか。」
蝋燭を持ったバーバリオはスヴェリオの横に並び、瓶を差し出した。それを見てスヴェリオが目を輝かせる。
「おぉ、ダマルカのウォッカじゃねぇか!」
「お前の墓前に供えようと思ってな、特別に仕入れてもらったんだ。」
スヴェリオは遠慮なしに瓶の栓を抜き、呆れた表情を見せた。
「お前、本当に俺が死ぬと思ってたのか。」
「当たり前だろ。城の牢にぶち込まれてたんだから。」
スヴェリオが旨そうに瓶に口を付けると、バーバリオはほら、とスヴェリオに新品の皮ベルトを見せた。スヴェリオは一度瓶を置いて、それを受け取る。
「なんだ?ベルト?」
やるよ、とバーバリオは素っ気なく言って俯いた。
「俺がどんな思いを込めて、それを作ったか分かるか?」
「…知るかよ。」
「お前が…。」
バーバリオの肩が震えている。
「お、まえが…王妃様の前で、ベルトを外すことのないようにだな…。」
「てっ…てめぇ!」
スヴェリオが目を吊り上げてバーバリオの肩を掴むと、バーバリオはがっはっはと涙を浮かべて大笑いした。スヴェリオは舌打ちを鳴らし、愉快そうに腹を抱えるバーバリオに貰ったベルトを突き出した。
「いらねぇよ、こんなもん!」
「冗談だ冗談!がっはっはっは!」
バーバリオはスヴェリオの肩を叩いて宥め、もう1つポケットから取り出した。
「こっちが本当のプレゼントだ。これからは王妃様を守る手だろ。大事にしろ。」
ほら、と出された物を、スヴェリオは訝しげな顔つきで恐る恐る受け取った。今度は皮手袋だった。スヴェリオが好む指抜きのタイプ。それを見たスヴェリオの顔つきはますます険しくなる。
「お前、さっきの冗談の為にわざわざベルトまで作ったのか?」
暇人め、と罵しると、バーバリオの笑い声が一層大きくなる。
スヴェリオがウォッカを飲んでる間に、バーバリオはどうにか呼吸を正し、笑い過ぎて出てくる涙を止めようとする。はぁはぁと苦しそうにするバーバリオに、スヴェリオは鼻を鳴らした。
呼吸が整うと、次第にバーバリオの顔からは笑みが薄れていく。バーバリオは遠くを見つめた。何も見えない真っ暗な空間を。ちらりとスヴェリオを覗けば、1人でウォッカを全部飲み干しそうな勢いだ。
バーバリオはスヴェリオから瓶を取り上げて、その中身を自分の喉にも流し込み、手すりにもたれかかった。
「なぁ、スヴェリオ………どうして王妃様なんだ。」
そう言うバーバリオは下を向いていて、スヴェリオからはその表情を確認できない。
「…別にいいだろ。」
「お前は、平凡には生きていられないのか。」
就職祝いだなんだと騒いでいたくせに、とスヴェリオは心の中で悪態をつく。
顔を上げないバーバリオに、スヴェリオはため息をついて手すりに寄りかかった。
「最初は、籠の中の小鳥を出してあげようと思ったんだ。きれいな小鳥が自由になるとこを見たくてさ。なんとなく、面白半分で。」
バーバリオは静かに耳を傾ける。
「でもその小鳥がさ、意外と頑固で。しょうがないから俺が中に入って手を引っ張ってやろうと思ったんだけど…その小鳥といるのが思いのほか面白くて、おまけに人たらしで、最終的に扉を外から閉められた。」
「ぷはっ、なんだそれ。ミイラ取りがミイラになってるじゃねぇか。」
吹出したバーバリオにつられて、スヴェリオも可笑しくなって笑った。
「前にフェリディルに行ってきただろ。」
「それも王妃様に関係あるのか?」
「あぁ。頼まれごとをしたんだ。」
で、とスヴェリオは続けた。
「戻って来たらさ、あの人なんて言ったと思う?」
「なんて言ったんだ?」
「無事に帰って来てくれてありがとうってさ。」
「…はは。なるほど…人たらしなお方だな。」
スヴェリオも、だろ?と大きく頷く。
「俺に…親からも追い払われたこの俺にさ。ははは、変な人なんだ。」
困ったように笑うスヴェリオはどこか清々しく、バーバリオも納得せざるを得なかった。そこに、帰る場所を見出してしまったんだな、と。
バーバリオが手に持っていたウォッカを全部飲み干し、スヴェリオが一悶着起こすのは、このすぐ後の話だ。
そこに、パンの入った篭を持ったティテルが登場し、その後ろから鍋を持ったドーラが勢いよく現れた。
「はいはい、真ん中開けてー!」
その声に従って、スヴェリオとバーバリオがテーブルの中央にスペースを開けた。さっと鍋敷きを置くバーバリオは、さすが気が利く。
ドーラはどかっと鍋を置くと、ふぅ、と額の汗を拭ってバーバリオの隣に座った。そして、スヴェリオの隣に座ろうとするティテルを制して、握った拳の親指をキッチンに向ける。
「ビール。」
あ、はい、とティテルは素直にキッチンに向かう。
「お疲れさん。」
バーバリオがドーラのくるくるの髪を撫でると、ドーラは、張り切っちゃた、と嬉しそうに歯を見せた。
「いやー今度こそ死んだと思ったのに、とんだ強運の持ち主だわね。」
「こいつは昔っからそうなんだよな。こいつの無茶にこっちが焦ってても、けろっとして戻ってきやがる。」
「なんだよ、そのお陰でこの工房も開けたんだろ。」
「あ~なになに?クァンザ族を追い剥ぎした話ぃ~?」
戻ってきたティテルが会話に割り込み、ビールの入った樽ジョッキを配った。
「いいよなぁ、ぼろ儲け。さすがスヴェリオさんだよ。」
うんうんと頷くティテルに、ドーラは人差し指を向けた。
「あんたは真似するんじゃないよ!あんたが見つかったら喰われるだけなんだからね!」
「さ、さすがにしないよ…。」
スヴェリオは可笑しそうに、お前にゃ無理だとけらけら笑って、ティテルの背中を叩いた。
よし、とバーバリオがジョッキを持って改まる。皆も倣うようにジョッキを手にした。
「スヴェリオの生還に!」
4つのジョッキがガツンとぶつかり、それぞれの口に運ばれる。4人の喉からはコクコクと小気味好い音が鳴り、ほとんど同時に、ぷはっとジョッキを置いた。
さっそくそれぞれ自分の取り皿に料理をよそい始めた。ドーラは鍋に入ったうさぎのシチューを取り分ける。
バーバリオが肉のローストを、お前はしっかり食っておけ、とスヴェリオの皿に強引によそった。
「明日から始まるんだろ?」
あぁ、とスヴェリオが肉を口に入れたまま答える。
「もっと早くても良かったのにな。痣が消えるまで来るなって言うからよぉ、2週間もかかっちまった。」
「どうしようもない奴かと思ってたのに、まさか王妃様の護衛に就くなんて…。バーバリオを信じてあんたを切り捨てなくて良かったわホント。」
「お前がどんなに頼んだところで、バーバリオは俺を捨てませ~ん。」
「そうだよ姉さん!だから言ってたろ!スヴェリオさんはすごいんだって!」
がっはっは、とバーバリオの豪快な笑い声が響く。
たくさんの御馳走はみるみる無くなり、酒はどんどん進み、賑やかさも少しずつ薄れ、最初に意識を手放したのはティテルだった。続いてドーラがバーバリオにもたれかかって寝始める。
「あーあー、相変わらずアイローイ人ってのはだらしねぇな。」
「そりゃダマルカ人に比べりゃ弱くて当然だろ。」
バーバリオがドーラの頭に手を被せた。
「故郷のばか強い女たちよりも、このくらいが可愛いだろうが。」
「あっはっは、違いねぇ。」
因みに、強い弱いというのは酒に対しての話だ。ダマルカで作られる酒はアルコール度数が高く、寒い気候のせいか飲む量も多い。自然と耐性が付き、男女問わず、ほとんどの者がざる体質だった。
「ドーラをベッドに運んでくる。」
おー、とスヴェリオが返事をすると、ちょうどスヴェリオのジョッキが空になった。ティテルに追加を頼もうとするが、名前を呼んで揺さぶっても起きる気配は無い。
スヴェリオは、ちっと舌打ちを鳴らして立ち上がり、1度、指を組んで縦に伸びてからベランダに出た。
細い月の明かりでは町を照らすにはあまりにか弱く、空も地上も点々と頼りない明かりが見えるだけで、そのつなぎ目すらも分からない。
ただ澄んだ空気が、ぽかぽかと火照ったスヴェリオの体を、内から冷ました。
程無くしてベランダのドアが開く。
「ここにいたか。」
蝋燭を持ったバーバリオはスヴェリオの横に並び、瓶を差し出した。それを見てスヴェリオが目を輝かせる。
「おぉ、ダマルカのウォッカじゃねぇか!」
「お前の墓前に供えようと思ってな、特別に仕入れてもらったんだ。」
スヴェリオは遠慮なしに瓶の栓を抜き、呆れた表情を見せた。
「お前、本当に俺が死ぬと思ってたのか。」
「当たり前だろ。城の牢にぶち込まれてたんだから。」
スヴェリオが旨そうに瓶に口を付けると、バーバリオはほら、とスヴェリオに新品の皮ベルトを見せた。スヴェリオは一度瓶を置いて、それを受け取る。
「なんだ?ベルト?」
やるよ、とバーバリオは素っ気なく言って俯いた。
「俺がどんな思いを込めて、それを作ったか分かるか?」
「…知るかよ。」
「お前が…。」
バーバリオの肩が震えている。
「お、まえが…王妃様の前で、ベルトを外すことのないようにだな…。」
「てっ…てめぇ!」
スヴェリオが目を吊り上げてバーバリオの肩を掴むと、バーバリオはがっはっはと涙を浮かべて大笑いした。スヴェリオは舌打ちを鳴らし、愉快そうに腹を抱えるバーバリオに貰ったベルトを突き出した。
「いらねぇよ、こんなもん!」
「冗談だ冗談!がっはっはっは!」
バーバリオはスヴェリオの肩を叩いて宥め、もう1つポケットから取り出した。
「こっちが本当のプレゼントだ。これからは王妃様を守る手だろ。大事にしろ。」
ほら、と出された物を、スヴェリオは訝しげな顔つきで恐る恐る受け取った。今度は皮手袋だった。スヴェリオが好む指抜きのタイプ。それを見たスヴェリオの顔つきはますます険しくなる。
「お前、さっきの冗談の為にわざわざベルトまで作ったのか?」
暇人め、と罵しると、バーバリオの笑い声が一層大きくなる。
スヴェリオがウォッカを飲んでる間に、バーバリオはどうにか呼吸を正し、笑い過ぎて出てくる涙を止めようとする。はぁはぁと苦しそうにするバーバリオに、スヴェリオは鼻を鳴らした。
呼吸が整うと、次第にバーバリオの顔からは笑みが薄れていく。バーバリオは遠くを見つめた。何も見えない真っ暗な空間を。ちらりとスヴェリオを覗けば、1人でウォッカを全部飲み干しそうな勢いだ。
バーバリオはスヴェリオから瓶を取り上げて、その中身を自分の喉にも流し込み、手すりにもたれかかった。
「なぁ、スヴェリオ………どうして王妃様なんだ。」
そう言うバーバリオは下を向いていて、スヴェリオからはその表情を確認できない。
「…別にいいだろ。」
「お前は、平凡には生きていられないのか。」
就職祝いだなんだと騒いでいたくせに、とスヴェリオは心の中で悪態をつく。
顔を上げないバーバリオに、スヴェリオはため息をついて手すりに寄りかかった。
「最初は、籠の中の小鳥を出してあげようと思ったんだ。きれいな小鳥が自由になるとこを見たくてさ。なんとなく、面白半分で。」
バーバリオは静かに耳を傾ける。
「でもその小鳥がさ、意外と頑固で。しょうがないから俺が中に入って手を引っ張ってやろうと思ったんだけど…その小鳥といるのが思いのほか面白くて、おまけに人たらしで、最終的に扉を外から閉められた。」
「ぷはっ、なんだそれ。ミイラ取りがミイラになってるじゃねぇか。」
吹出したバーバリオにつられて、スヴェリオも可笑しくなって笑った。
「前にフェリディルに行ってきただろ。」
「それも王妃様に関係あるのか?」
「あぁ。頼まれごとをしたんだ。」
で、とスヴェリオは続けた。
「戻って来たらさ、あの人なんて言ったと思う?」
「なんて言ったんだ?」
「無事に帰って来てくれてありがとうってさ。」
「…はは。なるほど…人たらしなお方だな。」
スヴェリオも、だろ?と大きく頷く。
「俺に…親からも追い払われたこの俺にさ。ははは、変な人なんだ。」
困ったように笑うスヴェリオはどこか清々しく、バーバリオも納得せざるを得なかった。そこに、帰る場所を見出してしまったんだな、と。
バーバリオが手に持っていたウォッカを全部飲み干し、スヴェリオが一悶着起こすのは、このすぐ後の話だ。
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