塔の妃は死を選ぶ

daru

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「ねぇ、ニコ様ってさ、王様のこと好きになったの?」

 スヴェリオの刺すような一言で、ニコの顔は一気に熱くなる。口に入っていたトマトを、ごっくんと音を鳴らして飲みこんだ。

「えぇと………そう、みたい…。」

 スヴェリオは、へぇ、と声を零したが、ずっと放置されていたくせに、とまでは言わなかった。

「で、部屋はいつ移るって?」

「この後よ。昨日のうちに綺麗に掃除をしてくれたらしいの。」

って。王様がしたのは命令だけだろ。」

 鼻で笑うスヴェリオに、ニコは首を傾げた。いつものようにフルーツをつまみ食いしているが、なんとなくテンションが低いように感じたのだ。

「スヴェリオは、私が部屋を移ること、反対しているの?」

 スヴェリオは1度ニコと目を合わせ、はははと声を出して笑うと、別に~、と投げやりに返し、ブドウを1粒空中に放り投げて、口でキャッチした。
 行儀が悪い、というのは今更だ。

「良かったじゃないか。王妃用の部屋を使わせてくれるなんて。」

「えぇ。それに、国の事も教えてくれるのですって。」

「国の事?」

「えぇ。私が前に、無知であることが王族の恥だと言ったことを考慮してくださったの。この国の歴史とか、風土とか、王妃として知っておくべきことを教育してくださると仰って頂けたの。」

 ニコが活き活きと話すものだから、スヴェリオは余計に面白くなかった。それでも笑っていられたのは、まだ負けたなどと思っていないからだ。





 朝食を済ませると、早速部屋の大移動が始まった。

 まずは荷物をまとめる作業だが、使用人たちが遠慮してるにも関わらず、ニコが手伝おうとしていたのは、万が一にも、"森の源のネックレス"が人の目に触れないように、自分の視界に入れておきたかったからだ。

 タンスの中に隠していたネックレスは、昨日のランチで部屋の移動を提案された後、すぐに別の場所に隠した。環獣祭でいろいろ買い与えられた宝石たちと同じ宝石箱に、念のため更に布で包んで入れてあるのだ。
 移動の際に宝石箱を開ける事はないだろうから大丈夫だろうとは思っていたものの、ニコは安心しきれず、作業する使用人たちを見ながら手に汗を握っていた。

 ニコがずっとそこに留まる訳に行かなくなったのは、カルダが来たからだ。先に部屋を案内すると手を出されれば、ニコはそれを掴む他なかった。

 部屋まで続く道のり、カルダの手を取り並んで歩くニコは、昨日の小食堂での会話を思い出す。



「王妃の部屋は…不便ではないか?」

 汗だくで現れたカルダが、昼食を食べ始めるなり、そう切り出した。この時カルダは、自分であの部屋を指定しておいて何を言っているのだ、と自責の念に苛まれていたが、ニコは知る由もなかった。

「いいえ、何も不便はありません。」

 予想通りの返答にカルダは少し項垂れる。ニコは不平不満を言うタイプではない。そんなことはカルダも分かっていた。

「王妃さえ良ければなのだが、…もう少し広くて、利便性のある部屋が空いているのだが…。」

 カルダの言わんとしていることを感じ取ったニコは胸が高まり、カルダの言葉の続きに期待を膨らませた。

「もし、王妃さえ良ければ…そこの部屋に移らないか?」

「…嬉しい、です。」

 ふわりと頬を染めて微笑むニコに、カルダも安心して頬が緩んだ。

「母が使っていた部屋なのだ。ずっとそのままにしてあってな、手入れも定期的にしてあるはずだから、多少掃除をすればすぐに使えるだろう。」

「そのように大事なお部屋を、私が使ってもよろしいのですか?」

「ぜひ、王妃に使って欲しいのだ。」

 細められた金色の瞳に捉えられると、ニコの鼓動はますます速まり、ニコはそれを隠すように食事を口に運んだ。



 そこは今までニコが見てきたがらんとした廊下とは違い、明るく、荷物の移動のせいもあってか、使用人たちが行き交っていた。カルダとニコ、そして後ろに続く護衛の2人に一度立ち止まって頭を下げて、すれ違う。

 T字の通路に差し掛かると、カルダが右を指差した。

「あっちにあるのが余の部屋だ。」

 ニコが覗き込むと、通路の奥に立派な両扉が見えた。その前に2人の兵士が立っている。

「用があったら…。」

 そこまで言って途切れたカルダを、ニコが首を傾けて見つめる。カルダはそんなニコから視線を逸らし、咳払いを挟んだ。

「あぁ、いや、なくても…いつでも、来ていい…。」

 途切れ途切れに発したカルダの言葉に、ニコはギュッと心臓を掴まれたように息苦しくなり、瞬く間に頭の先まですっかり火照った。

 後ろで居たたまれなくなったエイソンは、自分は用事が無いと会いにいけないくせにと冷たい視線をカルダに送り、カルダもその背に刺々しい視線を感じ取っていた。

 王妃の部屋はこっちだ、とカルダは左に曲がって再び歩き出した。
 いくつかの部屋を通り、右に曲がるとすぐに、カルダの私室のような立派な両扉が大きく開かれ、中であれこれ使用人たちが作業をする部屋がある。

「王妃がこれから暮らすのは、ここだ。」

 ニコはカルダに手を引かれるまま中に入る。

”もう少し広くて、利便性のある部屋が空いている”

 ニコはカルダの言葉を思い出し、そして心の中ですぐにその言葉を否定した。全然少しじゃない。
 その部屋の広さはざっくり見積もっても、元いた塔の部屋の5倍以上はある。フェリディルにいた時のニコの部屋より広かった。もはやこの広い空間で何をすれば良いか分からないほどだ。

 母が使っていた部屋だとカルダが言っていた通り、家具や壁紙は豪華絢爛というよりも、先代王妃の趣味でコーディネートされた小食堂のような上品で落ち着く雰囲気を感じられる。

 カルダはキョロキョロと部屋を見回すニコに目を細め、そうだ、と再びニコの手を引いた。

「これが猫用のベッドだ。」

 皮でできた小さな丸いケースに、ふかふかのクッションが置いてある。とても猫用とは思えない高級そうな刺繍入りだ。
 そこにはすでにスヴェリオが連れてきた子猫が到着していて、これも猫用なのだろう、小さな毛布に潜って眠っていた。

「ふふ、これは王様が?」

「王妃の望みの内容があまりにも軽くて拍子抜けだったのだ。これくらいさせてくれ。」

 歯を見せて美しく笑うニコを見て、カルダも満足げに微笑んだ。そして、その様子を、使用人たちも生暖かい目で見守っている。

 そのふんわりとした温かい空気を切り裂くように現れたのは、いつものように飄々とした笑顔を張り付けたスヴェリオだった。

 まさかスヴェリオがカルダの前に顔を出すとは思っていなかったニコは、自分の目を疑った。カルダも異様な雰囲気を感じ取り目を見張り、護衛の2人は腰に下げている剣に手を掛ける。

「王妃さま、お部屋にお忘れでしたよ。」

 そう言ってにっこりと差し出したのは、緑色の宝石が輝くネックレス。ニコが隠したはずの、あの”森の源のネックレス”だったのだ。

 ニコは愕然とし、言葉を失った。

 そのネックレスに見覚えのあったカルダが眉間にしわを寄せる。そして瞬時に思い出した。ネックレスが盗難にあった際の侵入者の特徴は、赤茶髪の男。決して珍しい色ではない。使用人にも何人かいる髪色だ。ただ、カルダが確信をしたのは、その髪と同じ色をした燃えるような瞳が、声を掛けたはずのニコではなく、自分に向けられていたからだ。

 挑まれるようなその視線を受けるや否や、

「捕えろ!」

そう命じていた。

 エイソンともう1人の護衛により、手際よく、スヴェリオは取り押さえられた。
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