塔の妃は死を選ぶ

daru

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 城に居住する騎士たちが使う訓練場では、カンッカンッと金属のぶつかる音がしきりに鳴っていた。
 それは普段は騎士達の鳴らす音だったのだが、今日はカルダとエイソンによるものだった。

 2人が剣を交える様子を、遠巻きに盗み見る騎士達。アイローイ最強と呼ばれる2人の戦士のやりとりに、時々、おぉと歓声まで聞こえた。

「いつまでっ、続けるっ、おつもりっ、ですかっ!」

「お前がっ、降参っ、するまでだっ!」

 剣をカンカンと鳴らしながら会話をする2人は、既に滝にでも打たれたように汗で全身びしょびしょだ。無理もない。正午になろうというのに、この手合を朝食を済ませてからずっと続けていたのだ。

 カルダもエイソンも大きく振りかぶり、より一層高い金属音を響かせると、さっと互いに間合いを取った。

 息をはずませるカルダが剣を持つ腕を降ろし、汗で張り付く金の前髪をかきあげると、エイソンが白い麻布を差し出した。

「この老骨を、もう少し労ってはもらえませんか。」

 カルダは受け取った麻布で顔の汗を拭き取りながら、答える。

「何歳になるのだったか。」

「もう50です。」

 その返答に、カルダは顔を上げた。じろりとエイソンに目を向ける。大きな図体を支える真っ直ぐと伸びた背筋、張りのある筋肉、髭や髪には白髪が混じり灰色になってはいるものの、

「まだ元気そうだ。」

 そう結論付けて、汗を拭くのを再開する。そういえば、とカルダは思い出した。

「エイデンももう16だったな。騎士を目指しているのだろう?」

「はい。1日も早くなれるよう、毎日鍛錬に励んでおります。…少々頭が固いところはありますが。」

 息子を思い浮かべながら苦い顔をするエイソンを見て、カルダはどこか嬉しそうに笑った。

「エイデンには余も期待している。よく父親に似ているしな。」

「恐縮です。」

「エイデンならば、少し早めに叙任してもいいかもしれないな。」

「王様!」

 カルダの言葉にエイソンが感銘を受ける隙もなく、キートスが駆け寄ってきた。

 カルダの眉間にしわが寄る。それもそのはず、カルダが朝から訓練場にいるのは、キートスを避けてのことだった。

 先日ニコをランチに誘い、予想外の展開があったその場所に、キートスが所用により入ってきたのだ。
 2人は慌てて離れたものの、キートスの方が逃げるように出て行ったところを見るに、たぶん、いや、確実にしっかりと目撃された。

 それからというものキートスは、暇さえあれば王妃を誘えとにやけ顔で迫るのだから、カルダは堪ったものではない。

 今もそうだ。キートスが滅多に近寄らない訓練場に来てまで、ふわふわ頭に花を咲かせている。

「どうぞ、こちらで汗を拭いてください。」

 猫の寝顔のように緩んだ表情をするキートスが、エイソン同様に白い麻布を差し出した。
 カルダは、もう持っているのが見えないか?とは言わない。差し出されるまま受け取り、即、エイソンに投げた。

 キートスは気にする様子もなく本題に入る。

「王様、昼食の準備ができましたので、早くお越し下さい。」

「そんなことを言いに来たのか?」

 わざわざ訓練場に、訓練嫌いで騎士の道を断ったキートスが?ありえないとカルダは思い、眉を潜めた。

 悪い予感というのは当たるもので、次のキートスの言葉に、カルダはうっかり剣を向けたくなるほど頭に血がのぼった。

「王妃様もお誘いしました。」

 唖然としたカルダは怒りで手が震え、目元もぴくぴくと痙攣している。

「…エイソン、こいつを切ってもいいものだろうか。」

「いけないと思います。」

「余には、こいつが害悪にしか見えんのだが。」

 今にも人を殺しそうな獰猛な目付きのカルダと、いかにも良いことをしたというような爽やかな表情をするキートス。エイソンは2人を交互に見て、顔をひきつらせた。

「…足して割れば、丁度良いのでしょうね。」

 聞き捨てならない、とエイソンを睨み付けたのはもちろんカルダだ。

「こいつの、一体何を余に混ぜろと言うのだ。」

「柔軟性を。」

「それが余に足りないと?」

「用件を用意しなければ、王妃様の元を訪ねられないのでしょう?」

 カルダが言い返せないのは図星だったからだ。

「…お前ならどうやって訪ねる?」

「会いたかったと。」

「嘘を吐くな!言ったことなどないだろう!」

「ありますよ。」

 しれっと答えるエイソンに、カルダは真偽を量り兼ねていたが、結論を言うと真だった。
 エイソンにとっては大したことではなかったが、難色を示すカルダに一抹の不安を覚えたエイソンは、こほんと1つ咳払いを置いて、口を開いた。

「会いに行くのが困難なのであれば、もう少し近くに置いたらいかがですか?」

「近くに?」

「先代の王妃様もお使いだった、王妃様用のお部屋があるでしょう。」

 下を向いて額を擦るカルダ。

「あのお部屋なら画策などせずともお顔を合わせる事もあるでしょうし、王妃様も喜ばれるのでは?」

 エイソンの言っていることは尤もだ。カルダもできることならそうしたいと思った。しかし、王妃は喜ぶだろうか、その不安が拭えない。

 そもそもカルダがニコの部屋を少し離れた上階の塔に指定したのは、外部からの接触を断つ為と、王と顔を合わせたくないだろうというカルダなりの気づかいからだった。現にニコは、城での生活で従者はいらないと1人になることを選んだ。
 広い部屋を与えたところで、喜ぶかどうかは分からない。 

 黙り込むカルダに、あーもう、とキートスが痺れを切らした。

「王妃様にお声掛けしてあるって言ってるじゃないですか!うだうだ悩んでないで、早く向かいますよ!」

 そうしてカルダはキートスに引っ張られ、汗だくのままニコと昼食を共にする羽目になった。





「え、不倫?」

 心底呆れたというような声で、ドーラが手で口を覆った。

「いや、まだ手は出してねぇらしい。というか出せねぇというか。」

 バーバリオの曖昧な表現に、ドーラの昼食を食べる手が止まった。
 
「どういうこと?」

「脈が無さそうなんだと。」

 スプーンを置いていたのが幸いし、ドーラは大口を開けて盛大に笑うことができた。

「あっはっはっは!おかしー!見る目あるわねぇ~。」

「俺が結婚してからは割と大人しくしてたんだけどなぁ。城勤めの既婚者だなんて…。身分違いなことをしねぇといいが。」

「あんたが過保護にするから甘えてんのよ。ちょっとくらい痛い目に合えばいいのよ。」



 スヴェリオとバーバリオは同じ村出身の幼馴染だった。2歳差の2人は兄弟同然に育ち、スヴェリオの面倒を見るのがバーバリオにとっても当たり前のことだった。

 そんな中、スヴェリオの母が病気になった。らい病と診断された母は村から追い出され、ボロの山小屋で生活することになる。スヴェリオもついて行こうしたが、母がそれを拒んだのだ。

 それでもスヴェリオとバーバリオは定期的に母の療養する山小屋へ訪れた。村の大人たちから白い目で見られるのは分かっていたが、簡単に子供が母を見捨てられるわけはないし、そんな2人をバーバリオも放ってはおけなかったのだ。

 スヴェリオの母がバーバリオに頼みごとをしてきたのは、彼が15の時だった。スヴェリオの母が村を出て1年ほど経っていた。
 内容は単純明快だ。スヴェリオを連れて、村の外へ出て欲しいということだった。そしてそれは、バーバリオも考えていたことだったのだ。

 村ではスヴェリオの母の元へ通っていることが嫌悪され、特にスヴェリオへの扱いは日に日に悪くなった。バーバリオの両親も村の大人たちと同じだ。この村は、バーバリオにとってとにかく居心地の悪い村になった。

 村を出ていくことをなかなか承諾しなかったスヴェリオが、ある日、突然首を縦に振った。スヴェリオは何も話さなかったが、その表情を見るに、スヴェリオの母がどのようにスヴェリオを説得したのか、バーバリオにもなんとなく分かってしまった。

 それからだ。スヴェリオは元々明るい性格ではあったが、まるで鳥から抜け落ちた羽のように、ふわふわと地に足が着かなくなり、道端に落ちようが、濁流に呑まれようが、気にもせず流れに身を任せるような様子を、バーバリオはどこか危なっかしく感じていた。



 ドーラの言うことも尤もだ。自分が甘やかしている節はある。だけど、とバーバリオは思った。見放せない。
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