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作戦G
3.ジル
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「俺の業務に差し支えると訴えよう。そうすればきっと、別の方法を考えてくださる。」
俺がそう言うと、ロランは嬉しそうに目を輝かせた。
あんなことになり、ここまで落ち込んでしまうのなら、初めからフェルディナン様を説得すればよかった。
元々ロランが悪かったわけではないし。
ただ、ロランがあまりにもフェルディナン様に依存しているから、少し離れるのも良い薬になると思ったのだ。
だが結果は最悪だった。
大切な訓練をサボり、よりにもよってキュース軍時代の仲間に会うなんて。
「ロラン。」
もっと早く提案しなかったことを謝ろうとしたが、不意に、とん、とロランが俺の胸元に頭を預けてきて、声が出なくなった。
「ありがとう、ジル。」
表情こそ見えないが、その声色はどこかしおらしく、ロランらしくない。
いつもなら、察しが遅い、くらいの軽口は叩きそうなものだ。
毛先がカールした柔らかい黒髪をそっと撫でると、擽ったかったのかますます顔を埋めた。
これはまずい。
今まで強固に押し固めていた理性がぶっ飛びそうだ。
とはいえ衝動のままに動いてしまえば、軽蔑されかねない。
俺はロランの、筋肉質ながらも細身の体に片腕を回し、その腕の中にがっしりと閉じ込めた。
そして黒髪をわしゃわしゃとかき乱す。
「よーしよしよし。」
「う…や、やめろぉ!」
じたばたと抵抗するロランをしっかり押さえ込み、さらにぐしゃぐしゃとしてやると、ロランは「苦しい…。」と呻き、潜り込むようにして俺の腕を抜けた。
「な、何をする、ジル!」
息を荒げて首を押さえるロランの必死な表情に、笑いがこみ上げた。
「ははは、元気出たか?」
「出るか!」
どうやら元気が出たらしいロランの、ぐしゃぐしゃの髪を手ぐしで整えてやる。
するとロランはまた黙り込み、されるがままでいた。
そんなに無防備でいるなと、男に簡単にあんな甘え方をするなと注意したいところだが、それを許されていることに優越感を抱く自分もいる。
ぽつりと、ロランが眉を潜めて呟いた。
「さっきのは、どういうこと?」
「さっきのって?」
「さっき、ジルは私を抱きしめたのか?」
あれが抱きしめた内に入るかよ。
なんだ?今更気持ち悪がっているのか?男所帯で生きてきたくせに潔癖すぎるだろ。
厄介な奴。
「ジル、どうなんだ?」
「そ…そんなわけがあるか…。」
「…違うの?」
「違う。」
「…そう。」
無表情で俯くロランは、何を考えているのか分からない。
引いているのか、それとも納得したのか。
「なんでそんなことを訊くんだ?」
「判断材料に。」
「何のだ?」
ロランは「それは…。」と言って口ごもった。
おい、俺は何をどう判断されたんだ。
「ロラン。」
ロランの肩に手を置くと腕を掴まれ、そっとその手を離された。
心臓がギュッと握られたような衝撃を受けた。
「ジル、無駄に優しくするな。」
「は?」
無駄にって何だ。
「私はお前の愛猫じゃない!」
「誰がお前をペット扱いした!」
しかも猫って。
ロランはどちらかといえば犬だ。しかも俺ではなく、フェルディナン様の。
ロランは意味の分からないセリフを言い捨て、素早く馬に乗って走り去った。
「待て、ロラン!」
俺の声はロランには届かず、馬の蹄の音と共に、しんとした森の中に消えていった。
訳が分からない。
なぜロランの態度が急に変わったのか。
俺が何かしたのか?俺がロランに注意しようとしたことを、逆にロランに注意されたのか?女に対してそんな慰め方をするなと?
だとしたら、至極真っ当な主張だ。驚くほどに。
確かに腕の中に閉じ込めて髪の毛をぐちゃぐちゃにするなんて、女にすることではない。
くそ、距離感が分からん。
舌打ちをして短い髪をぐしゃりと乱した。
とにかく明日にでもフェルディナン様にロランの主館立入禁止を解いてもらって、ロランにはその報告がてら謝るとしよう。
翌朝、俺は朝礼後にさっそくフェルディナン様の元を訪ねた。
フェルディナン様の執務室にはフェリシアン様もおり、ちょうど良かったと快く迎え入れられた。
「今フェリシアンに聞いたところなんだが、どうやらこの前の刺客がロランの知人らしいんだ。」
あ、俺の他には言わないと言っていたのに、フェルディナン様には言うのか。
フェリシアン様は本当に侮れない性格をしている。
「この地で王太子殿下に仇なすつもりだったとすると、キュース軍は未だにこの地を狙っていると見える。」
「タウヌールで殿下の身に何かあれば、父上はその責を免れないないでしょう。手練とはいえ、あんな場所にまで侵入されたのは問題です。」
「申し訳ありません。警備体制を見直します。」
それから、と今度はフェルディナン様が口を開いた。
「城内の情報を外に漏らした者がいるはずだ。買収されたか、もしくは潜入されている可能性もある。やり方はお前に任せるから、調査を頼む。」
「承知いたしました。」
「1つ。ロランにはさせるな。」
キュース軍の協力者は、恐らくキュース人だ。裏切り者という傷を持つロランに、これ以上キュース人とのしこりを作らせたくないのだろう。
俺は素直に、はい、と頭を下げた。
「フェルディナン様、俺からも1つよろしいでしょうか。」
「なんだ。」
「ロランの件です。主館への立入禁止を取り下げてはいただけませんか。あいつが主館に入れないと、、俺も困ることがありますので。」
「ああ、そうだな、それは俺も考えていた。」
良かった。すんなり受け入れてもらえそうだ。
安心したのもつかの間、続く言葉に、俺は呼吸を忘れた。
「というのも、王太子殿下がこちらにいらっしゃる間、ロランを貸してほしいとご所望らしくてな。」
そうなんだろうフェリシアン、との問いかけに、フェリシアン様はこくりと頷いた。
フェルディナン様も本意ではなさそうで、眉を潜めている。
「本当に愛人とか、そういうことではないんだな?」
「はい父上、ご安心ください。ロランは殿下の好みではありませんので。」
「そう言われると、それはそれで。」
ますます険しい表情をして頭を抱えるフェルディナン様に、フェリシアン様は、はははと笑った。
王太子の申し出ともなれば、俺がとやかく口を出せるような問題ではない。が、ロランを別の隊に渡すなど、腸が煮えくり返りそうだった。
「分かった。フェリシアン、お前がついていながらロランがぞんざいな扱いを受けることは許さんぞ。」
「はい、父上。」
「ジルもそういうわけだから、あと数日、よろしく頼むぞ。」
いいえ、とは言えない。
しかし簡単に了承はできかねた。
するとフェリシアン様がにこにこと、いつもの怪しい笑顔を見せた。
「心配しないで、ジル。可愛い猫のお世話は、僕がしてあげるから、ね。」
猫?とフェルディナン様は首を傾げたが、俺の背には汗が伝っていた。
俺がそう言うと、ロランは嬉しそうに目を輝かせた。
あんなことになり、ここまで落ち込んでしまうのなら、初めからフェルディナン様を説得すればよかった。
元々ロランが悪かったわけではないし。
ただ、ロランがあまりにもフェルディナン様に依存しているから、少し離れるのも良い薬になると思ったのだ。
だが結果は最悪だった。
大切な訓練をサボり、よりにもよってキュース軍時代の仲間に会うなんて。
「ロラン。」
もっと早く提案しなかったことを謝ろうとしたが、不意に、とん、とロランが俺の胸元に頭を預けてきて、声が出なくなった。
「ありがとう、ジル。」
表情こそ見えないが、その声色はどこかしおらしく、ロランらしくない。
いつもなら、察しが遅い、くらいの軽口は叩きそうなものだ。
毛先がカールした柔らかい黒髪をそっと撫でると、擽ったかったのかますます顔を埋めた。
これはまずい。
今まで強固に押し固めていた理性がぶっ飛びそうだ。
とはいえ衝動のままに動いてしまえば、軽蔑されかねない。
俺はロランの、筋肉質ながらも細身の体に片腕を回し、その腕の中にがっしりと閉じ込めた。
そして黒髪をわしゃわしゃとかき乱す。
「よーしよしよし。」
「う…や、やめろぉ!」
じたばたと抵抗するロランをしっかり押さえ込み、さらにぐしゃぐしゃとしてやると、ロランは「苦しい…。」と呻き、潜り込むようにして俺の腕を抜けた。
「な、何をする、ジル!」
息を荒げて首を押さえるロランの必死な表情に、笑いがこみ上げた。
「ははは、元気出たか?」
「出るか!」
どうやら元気が出たらしいロランの、ぐしゃぐしゃの髪を手ぐしで整えてやる。
するとロランはまた黙り込み、されるがままでいた。
そんなに無防備でいるなと、男に簡単にあんな甘え方をするなと注意したいところだが、それを許されていることに優越感を抱く自分もいる。
ぽつりと、ロランが眉を潜めて呟いた。
「さっきのは、どういうこと?」
「さっきのって?」
「さっき、ジルは私を抱きしめたのか?」
あれが抱きしめた内に入るかよ。
なんだ?今更気持ち悪がっているのか?男所帯で生きてきたくせに潔癖すぎるだろ。
厄介な奴。
「ジル、どうなんだ?」
「そ…そんなわけがあるか…。」
「…違うの?」
「違う。」
「…そう。」
無表情で俯くロランは、何を考えているのか分からない。
引いているのか、それとも納得したのか。
「なんでそんなことを訊くんだ?」
「判断材料に。」
「何のだ?」
ロランは「それは…。」と言って口ごもった。
おい、俺は何をどう判断されたんだ。
「ロラン。」
ロランの肩に手を置くと腕を掴まれ、そっとその手を離された。
心臓がギュッと握られたような衝撃を受けた。
「ジル、無駄に優しくするな。」
「は?」
無駄にって何だ。
「私はお前の愛猫じゃない!」
「誰がお前をペット扱いした!」
しかも猫って。
ロランはどちらかといえば犬だ。しかも俺ではなく、フェルディナン様の。
ロランは意味の分からないセリフを言い捨て、素早く馬に乗って走り去った。
「待て、ロラン!」
俺の声はロランには届かず、馬の蹄の音と共に、しんとした森の中に消えていった。
訳が分からない。
なぜロランの態度が急に変わったのか。
俺が何かしたのか?俺がロランに注意しようとしたことを、逆にロランに注意されたのか?女に対してそんな慰め方をするなと?
だとしたら、至極真っ当な主張だ。驚くほどに。
確かに腕の中に閉じ込めて髪の毛をぐちゃぐちゃにするなんて、女にすることではない。
くそ、距離感が分からん。
舌打ちをして短い髪をぐしゃりと乱した。
とにかく明日にでもフェルディナン様にロランの主館立入禁止を解いてもらって、ロランにはその報告がてら謝るとしよう。
翌朝、俺は朝礼後にさっそくフェルディナン様の元を訪ねた。
フェルディナン様の執務室にはフェリシアン様もおり、ちょうど良かったと快く迎え入れられた。
「今フェリシアンに聞いたところなんだが、どうやらこの前の刺客がロランの知人らしいんだ。」
あ、俺の他には言わないと言っていたのに、フェルディナン様には言うのか。
フェリシアン様は本当に侮れない性格をしている。
「この地で王太子殿下に仇なすつもりだったとすると、キュース軍は未だにこの地を狙っていると見える。」
「タウヌールで殿下の身に何かあれば、父上はその責を免れないないでしょう。手練とはいえ、あんな場所にまで侵入されたのは問題です。」
「申し訳ありません。警備体制を見直します。」
それから、と今度はフェルディナン様が口を開いた。
「城内の情報を外に漏らした者がいるはずだ。買収されたか、もしくは潜入されている可能性もある。やり方はお前に任せるから、調査を頼む。」
「承知いたしました。」
「1つ。ロランにはさせるな。」
キュース軍の協力者は、恐らくキュース人だ。裏切り者という傷を持つロランに、これ以上キュース人とのしこりを作らせたくないのだろう。
俺は素直に、はい、と頭を下げた。
「フェルディナン様、俺からも1つよろしいでしょうか。」
「なんだ。」
「ロランの件です。主館への立入禁止を取り下げてはいただけませんか。あいつが主館に入れないと、、俺も困ることがありますので。」
「ああ、そうだな、それは俺も考えていた。」
良かった。すんなり受け入れてもらえそうだ。
安心したのもつかの間、続く言葉に、俺は呼吸を忘れた。
「というのも、王太子殿下がこちらにいらっしゃる間、ロランを貸してほしいとご所望らしくてな。」
そうなんだろうフェリシアン、との問いかけに、フェリシアン様はこくりと頷いた。
フェルディナン様も本意ではなさそうで、眉を潜めている。
「本当に愛人とか、そういうことではないんだな?」
「はい父上、ご安心ください。ロランは殿下の好みではありませんので。」
「そう言われると、それはそれで。」
ますます険しい表情をして頭を抱えるフェルディナン様に、フェリシアン様は、はははと笑った。
王太子の申し出ともなれば、俺がとやかく口を出せるような問題ではない。が、ロランを別の隊に渡すなど、腸が煮えくり返りそうだった。
「分かった。フェリシアン、お前がついていながらロランがぞんざいな扱いを受けることは許さんぞ。」
「はい、父上。」
「ジルもそういうわけだから、あと数日、よろしく頼むぞ。」
いいえ、とは言えない。
しかし簡単に了承はできかねた。
するとフェリシアン様がにこにこと、いつもの怪しい笑顔を見せた。
「心配しないで、ジル。可愛い猫のお世話は、僕がしてあげるから、ね。」
猫?とフェルディナン様は首を傾げたが、俺の背には汗が伝っていた。
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