タウヌール辺境伯領の風情

daru

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拗れた友

3.ロラン

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 ダレンの動きは相変わらず機敏だ。
 子供の頃から、頭ひとつ抜けていた。

 屋根から内郭へ飛び移り、フックの付いたロープを使って躊躇なく下りて行く。

 私もそのロープを伝って下り、ダレンを見失わないように追いかけた。

 慣れた様子で外郭も越え、森へと入る。
 ダレンはスピードを弛めず突き進んで行くが、この先は谷だ。そこで追い詰めることができる。

 かつての仲間だったダレンが、生きていたことは嬉しかった。けれど、なぜ城塞に忍び込んだのか。狙いは何なのか。もしくは誰なのか。誰に雇われているのか。訊きたいことがたくさんある。

 目まぐるしく過ぎていく木々の景色と同様に、頭の中にも色々な考えが巡っていた。

 まだキュース軍にいるのだろうか。まだデキヤン王国を、そしてタウヌールを狙っているのだろうか。
 だとしたら、きっと、私を憎んでいるのだろう。

 ダレンが足を止めた。

 下に河が流れるエック峡谷だ。

 じりじりと距離を詰めると、ダレンは覆面と頭巾を外した。

 くるくるとした黒髪と鋭い眼光は、子供の頃から変わらない。でも、あご髭はない方が良いと思う。

「俺についてきてどうするつもりだ?このまま祖国に帰るのか?」

「私はタウヌール連隊の兵士だ。」

「そうとも。祖国にお前の居場所は無い。」

 ちくりと刺された。やはりダレンは、私を憎んでいるのだ。
 戸惑いもせず、私に剣を向けた。

 覚悟はしていた。もはや敵同士。私も剣を抜く。

「タウヌールのあちこちでお前の話を聞いた。仲間を殺して人気を得たようだな。」

「キュース軍の兵たちを仲間だなんて思っていなかっただろう!私も!お前も!」

「だが俺は?シグは?俺たちはお前を仲間だと思っていた。孤児同士、軍に入る前から助け合っていた存在として、女ということも隠してやっていたというのに!」

 2人のことは兄のように想っていた。この世で唯一信頼できる者たちだった。

「助けようとしたんだ!お前とシグだけは…。」

「だが殺した!」

「…違う。」

「お前が殺したようなものだ。」

「私は…あんな戦争、早く終わらせたいと…。」

「望み通り終わったな。最悪な形で。」

 言い終わると同時に、一瞬にして距離を詰められた。振り上げられた刃を辛うじて受け流す。
 続けざまに2撃目、3撃目と振り下ろされた剣を全て受け、反撃にと剣を横に振ると、ダレンはこれをひらりと躱した。

 息をつく暇もなく互いの剣がぶつかり合い、攻防を繰り返し、ここ!という場所で互いに力いっぱい振るった剣は、一際高い音を立てた。

 子供の頃にも、こんな手合いをよくやった。

 私とダレンとシグ、生きる為に軍に入った。生き抜く為に腕を磨いた。

 非道な大人たちを見て育ち、自分たちはこうならないようにしようと共に耐え忍んだ。

 でも、限界だったんだ。

 ダレン、お前も見ただろう。

 キュース兵たちが村人たちの食糧を根こそぎ奪い、餓死するまで縄で縛って笑っていたのを。

 テイポッドー兵たちが赤子を火へ放り込み、嘆く母を犯していたのを。

 あんな地獄に、私はもう耐えられなかったんだ。

 ダレンの剣を払うと同時に、顔に肘打ちをくらい、瞬時にダレンの腹に蹴りを入れた。

 口内に鉄の味が広がり、溜まった血をプッと吹き出す。

「ダレン、お前はまだキュース軍にいるのか?」

「だったら何だ。」

「なぜ…。」

 途端、風を切る音が鳴り、ダレンの右肩に矢が突き刺さった。

「ぐっ…。」

「ダレン!」

 もう1本は剣でどうにか振り払ったが、その振り払って見せた背に、1本、また1本と矢が刺さる。

 振り向くと、タウヌールの兵たちだった。追いついて来たのだ。

「待て!打つな!」

 そう叫んだが、足取りをふらつかせたダレンは、倒れるように落ちていってしまった。

 慌てて追ったが、既に手は届かず、峡谷に流れる河にどぼんと沈んでしまった。

 河の深さはどれほどあるのか。いや、仮に深かったとしても、水の衝撃に加え、体に3本も矢が刺さっているのだ。助かる見込みは薄い。

「補佐官!ご無事ですか?!」

「…大丈夫だ。」

 駆けつけてきた兵士たちに下流を探すよう命じ、私は城へと戻った。

 まずは報告をしなければならない。ジルと、それから、フェルディナン様にも。

 何と言うべきか。
 王太子も聞くのだろうし、知っている者というのは伏せておく方が良いかもしれない。私まで疑われうる状況だったから。

 私はただ、フェルディナン様の凛々しいお姿を拝見していただけなのに、こんなことになるなんて。

 タウヌール兵という立場で、生きていて欲しいと願ってしまうのは、身勝手だろうか。
 
 ダレンに矢が刺さった姿と、シグが死んだ時の姿が重なり、しばらく手の震えが止まらなかった。
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