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オレリアの初恋
3.フェリシアン
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父の執務室で、妹オレリアの話で盛り上がっていた。
盛り上がっていると言っても、父だけだが。
僕は20歳になった年に騎士の叙爵を受けて首都で王室騎士団に所属している為、こうやって久しぶりに帰ると、父の話題のほとんどが愛娘のことだった。
僕が騎士団の副団長に就任した話も喜んでくれはしたが、祝いの言葉もそこそこに、二言目にはオレリアの来年のデビュタントの話になってしまう。
どうやらオレリアが熱心にダンスの練習に励んでいるらしい。
父は淑女としての自覚が出てきたのではと喜々としているが、たぶんそうじゃない。相手役がロランだから、練習にかこつけてくっついているのだろう。
ジルも分かっているのか、呆れた様子で何も言わない。
「フェリシアン、お前にも首都のドレスをと頼んでいるようだな。忙しいだろうがよろしく頼むぞ。」
ん?ドレス?
オレリアがそう誤魔化しているのだろうか。
オレリアの嘘にのってやるか、それとも真実を言って父の目を覚まして差しあげるか。
いやはやまいった。面白いのは絶対に後者だ。
「父上、オレリアが僕に頼んでくるのは、ドレスではなく男物の服ですよ。」
「…男物?」
「はい。」
真実を知って凄む父と、僕がバラしたことに顔を引きつらせるジル。
だいたいジルがそれを許していたとなると、恐らくロランとジルの関係はまだ進展していないのだろう。可哀想なロラン。
ふふっと笑みが溢れる。
「誰の物だ?」
「ロランです。」
ロランと聞いて、父は首を傾げた。
「ダンスの練習相手はしてもらっているが、そう何着もいらんだろ。」
「あれ、父上、ご存知ありませんか?」
僕を止めようとするジルを流し、僕は続けた。
「オレリアはロランに男装をさせるのが趣味なのです。」
父は愕然とし、書類にサインをしていた手を止めた。
「なぜ、ロランを…。」
ロランはもう1人の娘のようだと、以前父から聞いたことがある。
今の父の発言は、男装させられているロランへの憐れみなのか、ロランを男装させるオレリアへの懸念なのか。
「初恋だと聞いていますよ。ジルから。」
あ、とジルが青ざめる。
父の鋭い視線がジルに向いた。
「ジル、どういうことだ?」
「それが…オレリア様が幼い頃、ロランのことを男と認識していたようでして。」
「ロランは女だ。」
「はい、それは本人の口からも伝えたのですが、どうやら、その…ロランが理想のようで…。」
「あはははは!」
笑いが抑えられなかった。
確かにロランは男の僕から見てもかっこいい。
理想、と父は唸るように低い声を出した。
「ジル、ちょっとロランを呼んでこい。」
何も知らないロランは、きっと目を輝かせながら登場するのだろう。父呼ばれた時は、いつもそうだった。
さて、どうなるのか見物だな。
予想通り、ロランは犬さながらの笑顔を見せて現れた。それも男装麗人の格好で。
父に呼ばれた嬉しさで、ジルの心配そうな顔は目に入らないのだろうか。可哀想なジル。
「フェルディナン様、お呼びでしょうか。」
「ああ、フェリシアンにお前と娘の話を聞いてな。」
「お帰りなさいませ、フェリシアン様。王室騎士団の副団長にご就任されたと聞きました。おめでとうございます。」
「ありがとう、ロラン。」
あまりににこにこと可愛い笑顔を浮かべるロランに、父も言いにくそうに口を開いた。
「その恰好は?」
「お嬢様のダンスの練習のお手伝いをしておりまして、お嬢様にお借りしました。」
ぷっ。口止めされていないのか。込み上げる笑いをどうにか押し殺す。
「…似合ってるな。」
父の一言にますます笑顔を輝かせるロラン。
しかし、次の言葉で一気に萎れることになる。
「ロラン、悪いが、しばらく主館に立ち入り禁止。」
「えっ?!な、なぜですか?!」
上目遣いで父を見つめる様子が、耳の折れたわんこに見える。
「私、何かお気に触ることをしましたでしょうか…。」
「そうじゃない。だが俺ももう60だ。まだ動ける内にオレリアの花嫁姿を見たいと思ってる。」
「お、お嬢様はとても美しいですし、ご心配は不要かと…。」
「いや、どうやらお前が近くにいると結婚が遠退きそうだ。」
「ぷっ…くっくっくっ。」
だめだ、もう抑えられない。
膝から崩れ落ちたロランに耐え切れず、吹出してしまった。純粋というか極端というか。
お前が悪いわけじゃないんだが、という父の声は、恐らくもうロランに届いていない。ふるふると手を震わせて、ぽたぽたと涙を溢している。
「すみません…わ…私、腹を切ってお詫びを…。」
腹を切るって、どこの文化だ。
腰からするりと剣を抜いたロランは、その剣先を自分の腹部に向けた。慌ててその手をジルが掴む。が、ロランもなかなか剣を離さない。
「バカ!何やってる!」
「フェルディナン様に不利益をもたらす僕に存在価値はありません。」
さすがの僕もひやひやしたが、一人称が僕に戻っているということは子供に戻っているのだろう。僕の出る幕ではない。
「そうは言ってねぇだろ。落ち着け。」
ジルは片膝を付き、子供に言い聞かせるようにゆっくりと剣を取り上げた。僕も父も、ふぅと息を吐く。
父は席を立ち、ロランの元へ歩み寄る。
「ロラン、存在価値がない人間なんていないし、お前に死なれると頼りにしている俺は、大いに困る。」
「フェルディナン様。」
父の言葉でますます涙を加速させたロランに、それを苦い顔で見ているジル。
まったく、不甲斐ないな。ロランの恋心を知っているだけに、ため息が出た。
盛り上がっていると言っても、父だけだが。
僕は20歳になった年に騎士の叙爵を受けて首都で王室騎士団に所属している為、こうやって久しぶりに帰ると、父の話題のほとんどが愛娘のことだった。
僕が騎士団の副団長に就任した話も喜んでくれはしたが、祝いの言葉もそこそこに、二言目にはオレリアの来年のデビュタントの話になってしまう。
どうやらオレリアが熱心にダンスの練習に励んでいるらしい。
父は淑女としての自覚が出てきたのではと喜々としているが、たぶんそうじゃない。相手役がロランだから、練習にかこつけてくっついているのだろう。
ジルも分かっているのか、呆れた様子で何も言わない。
「フェリシアン、お前にも首都のドレスをと頼んでいるようだな。忙しいだろうがよろしく頼むぞ。」
ん?ドレス?
オレリアがそう誤魔化しているのだろうか。
オレリアの嘘にのってやるか、それとも真実を言って父の目を覚まして差しあげるか。
いやはやまいった。面白いのは絶対に後者だ。
「父上、オレリアが僕に頼んでくるのは、ドレスではなく男物の服ですよ。」
「…男物?」
「はい。」
真実を知って凄む父と、僕がバラしたことに顔を引きつらせるジル。
だいたいジルがそれを許していたとなると、恐らくロランとジルの関係はまだ進展していないのだろう。可哀想なロラン。
ふふっと笑みが溢れる。
「誰の物だ?」
「ロランです。」
ロランと聞いて、父は首を傾げた。
「ダンスの練習相手はしてもらっているが、そう何着もいらんだろ。」
「あれ、父上、ご存知ありませんか?」
僕を止めようとするジルを流し、僕は続けた。
「オレリアはロランに男装をさせるのが趣味なのです。」
父は愕然とし、書類にサインをしていた手を止めた。
「なぜ、ロランを…。」
ロランはもう1人の娘のようだと、以前父から聞いたことがある。
今の父の発言は、男装させられているロランへの憐れみなのか、ロランを男装させるオレリアへの懸念なのか。
「初恋だと聞いていますよ。ジルから。」
あ、とジルが青ざめる。
父の鋭い視線がジルに向いた。
「ジル、どういうことだ?」
「それが…オレリア様が幼い頃、ロランのことを男と認識していたようでして。」
「ロランは女だ。」
「はい、それは本人の口からも伝えたのですが、どうやら、その…ロランが理想のようで…。」
「あはははは!」
笑いが抑えられなかった。
確かにロランは男の僕から見てもかっこいい。
理想、と父は唸るように低い声を出した。
「ジル、ちょっとロランを呼んでこい。」
何も知らないロランは、きっと目を輝かせながら登場するのだろう。父呼ばれた時は、いつもそうだった。
さて、どうなるのか見物だな。
予想通り、ロランは犬さながらの笑顔を見せて現れた。それも男装麗人の格好で。
父に呼ばれた嬉しさで、ジルの心配そうな顔は目に入らないのだろうか。可哀想なジル。
「フェルディナン様、お呼びでしょうか。」
「ああ、フェリシアンにお前と娘の話を聞いてな。」
「お帰りなさいませ、フェリシアン様。王室騎士団の副団長にご就任されたと聞きました。おめでとうございます。」
「ありがとう、ロラン。」
あまりににこにこと可愛い笑顔を浮かべるロランに、父も言いにくそうに口を開いた。
「その恰好は?」
「お嬢様のダンスの練習のお手伝いをしておりまして、お嬢様にお借りしました。」
ぷっ。口止めされていないのか。込み上げる笑いをどうにか押し殺す。
「…似合ってるな。」
父の一言にますます笑顔を輝かせるロラン。
しかし、次の言葉で一気に萎れることになる。
「ロラン、悪いが、しばらく主館に立ち入り禁止。」
「えっ?!な、なぜですか?!」
上目遣いで父を見つめる様子が、耳の折れたわんこに見える。
「私、何かお気に触ることをしましたでしょうか…。」
「そうじゃない。だが俺ももう60だ。まだ動ける内にオレリアの花嫁姿を見たいと思ってる。」
「お、お嬢様はとても美しいですし、ご心配は不要かと…。」
「いや、どうやらお前が近くにいると結婚が遠退きそうだ。」
「ぷっ…くっくっくっ。」
だめだ、もう抑えられない。
膝から崩れ落ちたロランに耐え切れず、吹出してしまった。純粋というか極端というか。
お前が悪いわけじゃないんだが、という父の声は、恐らくもうロランに届いていない。ふるふると手を震わせて、ぽたぽたと涙を溢している。
「すみません…わ…私、腹を切ってお詫びを…。」
腹を切るって、どこの文化だ。
腰からするりと剣を抜いたロランは、その剣先を自分の腹部に向けた。慌ててその手をジルが掴む。が、ロランもなかなか剣を離さない。
「バカ!何やってる!」
「フェルディナン様に不利益をもたらす僕に存在価値はありません。」
さすがの僕もひやひやしたが、一人称が僕に戻っているということは子供に戻っているのだろう。僕の出る幕ではない。
「そうは言ってねぇだろ。落ち着け。」
ジルは片膝を付き、子供に言い聞かせるようにゆっくりと剣を取り上げた。僕も父も、ふぅと息を吐く。
父は席を立ち、ロランの元へ歩み寄る。
「ロラン、存在価値がない人間なんていないし、お前に死なれると頼りにしている俺は、大いに困る。」
「フェルディナン様。」
父の言葉でますます涙を加速させたロランに、それを苦い顔で見ているジル。
まったく、不甲斐ないな。ロランの恋心を知っているだけに、ため息が出た。
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