タウヌール辺境伯領の風情

daru

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オレリアの初恋

1.オレリア

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 舞踏室、音楽に合わせて私たちは優雅にステップを踏んだ。

 私は水色地に白銀の刺繍が輝くドレスで着飾り、ロランはトレンドの紺色コート。
 私が仕立てたその衣装は、私の見立て通り、すらりと背筋を伸ばしたロランによく似合っている。

 毛先に癖の見えるショートカットの黒髪が、ふわふわと揺れ、私の心までふわふわと飛び立ってしまいそうになる。

 音楽の終わりと共に足も止まり、ロランは恭しくお辞儀をした。
 顔を上げると、凛々しいながらもにこりと優しいその表情に、こちらも笑顔を隠せない。

「とても御上手になられましたね、お嬢様。」

「ロランがこうやって、練習に付き合ってくれるおかげよ。」

「お嬢様の努力の賜物ですよ。来年のデビュタントも、今から楽しみになってしまいます。」

 見に来てなんてくれないくせに。

 分かっている。ロランは、お父様、タウヌール辺境伯の部下で、ここタウヌール城塞の警護をするのが仕事だ。首都に一緒についてくるわけがない。

 お父様が護衛に任命してくれれば別だろうが、トゥルベール家には、この土地を守護するタウヌール連隊とは別に、トゥルベール家の人間を護衛する少数精鋭の騎士団がいる。
 首都についてくるとしたら彼らだろう。

 ため息が出た。

「社交界なんて出たくないわ。」

 私の気持ちなんて知らないロランは、不思議そうに首を傾げた。

「なぜです?」

「社交界に出る理由なんて、どうせ結婚相手を探す為だわ。私は結婚なんてしたくないもの。」

 結婚したらその人の元へ嫁がなければならない。タウヌールを出なければならない。
 そうしたら、もうロランとこうやって会うこともできなくなる。

 でもその前に、ロランが結婚してしまっては元も子もないのだけれど。
 ロランはもう結婚していてもおかしくない歳だ。むしろ遅い方だろう。

「ロランは?結婚なんてしたいって思う?」

 したいと言われたらどうしよう。相手は連隊長か副連隊長か、それとも私の知らない誰かなのか。
 どきどきと不安が募る中、ロランはすぐに首を横に振った。

「いえ、私はフェルディナン様に命を捧げておりますので。結婚して距離が遠のくのは嫌です。」

 なにかしら。嬉しいやらもやもやするやら。
 ロランがお父様を本当の父のように慕っているのは知っていたが、もはや父というよりも、神のレベルなのでは。 
 この歳まで結婚せずにいるわけね。

「そう、なの。」

「はい。」

 清々しい笑顔に本気具合が窺える。
 女としてどうなのかしら、とも思うが、初めて見た時から軍人に紛れていたロランとは、感覚がズレていて当然だとも思う。
 なんといってもそんじょそこらの男より、何倍も男前な女性なのだもの。



 終戦後、お父様が獲得したタウヌール領へ来たばかりの頃、私はまだ6歳だったが、酷く寂しい思いをした記憶がある。

 ようやくお父様と暮らせると思っていたのに、お父様は忙しくて全然かまってもらえず、お母様も我慢しなさいと言うばかり。

 お兄様に至っては、10歳上ということもあってか、容易にお父様の周りにいた軍人たちと仲良くなり、あちこち連れて行って貰っていた。それも、お兄様と同じ歳くらいのキュース人と一緒に。

 なぜ?お父様はキュース人に苦しめられたのではないの?どうして娘の私ではなく、キュース人を可愛がっているの? 

 最初は私だって我慢をしていた。
 私が生まれてすぐに戦地へ駆り出されたお父様は、私にとって初対面のようなものだったし、戦果を上げ、立派な称号を頂いたお父様を誇りに思っていたから。

 でもその状態は、1年経っても変わらなかった。2年経っても同じ。
 3年目、私はぶちギレた。

 9歳の私は護衛の目を潜って部屋を抜け出し、使用人が買い出しへ行く為の荷馬車に乗り込んだ。

「お父様なんかいなくても平気よ。」

 動き出した荷馬車から、城に向かって、べっと舌を出して見せる。

 初めて1人で歩く街中は新鮮で、なんだか大人になったようで、とても晴れやかな気分だった。
 来たばかりの頃は辺境らしい自然ばかりの土地だったが、随分と人も建物も増え、都会とまではいかないが、栄えているようには見えた。

 市場を通ると、その雰囲気のせいか急に小腹が空いてきた。パンの香りに誘われてふらふらと歩み寄る。

 すると、短い悲鳴が聞こえたかと思うと、パン屋の店頭からこちらに突進してくる黒い髪の男が見えた。

「泥棒だー!誰か捕まえてくれ!」

 野太い声が響く。竦み上がった私は咄嗟に避けることもできず、しっかり泥棒男に突き飛ばされてしまった。
 私は後ろにふっ飛ばされ、泥棒はぶつかった衝撃のせいか足がもつれて転んだ。

 すぐにパン屋の店主、恐らく野太い声の主が追い付き、倒れている泥棒を思い切り踏みつけた。

「この!キュース人のくせに!ふざけやがって!」

 何度も何度も、うずくまる泥棒に執拗に足が落とされた。

 泥棒をした上、私を突き飛ばすなんて信じられない。本当に野蛮な人種なんだわ。
 私も男に軽蔑の視線を向けて立ち上がり、スカートの裾をほろった。

「クズが。衛兵に突き出してやる!」

 一瞬だった。
 パン屋の店主が泥棒の胸ぐらを掴み、泥棒がその顔に唾を飛ばした。怯んだ店主の頬を泥棒の拳が思い切り打った。
 後ろに倒れた店主の腹を、今度は泥棒が蹴り飛ばす。

「俺だって人間だ!人間をクズ呼ばわりするお前の方が、よっぽどクズじゃないか!」

 鼻息を荒くする泥棒が、ふと私を目に映す。どきりと嫌な予感がしたが、なぜか再び私に飛びかかってこようとする泥棒を前に、体が強張り動けなかった。

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