タウヌール辺境伯領の風情

daru

文字の大きさ
上 下
3 / 12
作戦E

3.ジェスタ

しおりを挟む
 辺境伯夫人、つまりフェルディナン様の奥方様からロランを呼ぶよう言づけを受け、あいつを探しにジルの私室に来た。

 いつも通り一応ノックをし、返事を待たずに戸を開ける。
 そして、目に飛び込んできた光景に唖然とした。

 ソファに座るジルの手足には手錠がかけられ、これから使うのか、それとも外しているところなのか、ロランはジルの前で他の拘束具を手に持っていた。

 ロランがジルに惚れているのは知っているが、ついに好きすぎて無理やりにとか、そういうことなのだろうか。もしくは晴れて両想いとなり、そういう行為に及んでいるのかもしれない。
 ロランはともかく、ジルのことを考えると意外としか言いようがないが。

「SMプレイ中か?」

 冗談交じりにそう訊いたのだが、気まずそうに目を背けるジルを見ると、まさか本当にそういう趣味があったのかと疑いそうになった。
 とっさにフォローの言葉を考えたが、何も浮かばない。

 とりあえず戸を閉めようかと思った矢先、ロランが首を横に振った。

「作戦E。」

 は?と声に出して呆気にとられた後、ああ、と以前酒を飲みながら交わした会話を思い出した。
 そして、はっはっはっ!と勢いよく笑いが飛び出た。
 バカだなこいつ。飄々とするロランを前に、笑わずにはいられない。



* * * * *

 確か2週間くらい前だった。夜、突然、酒瓶を手に持ったロランが部屋に押し入ってきたのは。
 それ自体は別に珍しい事でもなかった。俺がロランの部屋に行くこともあれば、2人でジルの部屋に突入することもある。

 いつもと違ったのは、ジルを呼ぼうとしたら止められたことだ。俺と差しで話がしたいらしい。

「なんだ、改まって?」

 こじんまりとした正方形のテーブルを挟んで座ると、ロランは珍しくしおらしい様子でビールを注いでくれた。そうして、らしくなく、もじもじと自分のジョッキに口を付けた。

 異常だ。

「私も、今年で25歳になった。」

「知ってる。」

 本来の誕生日は知らないが、タウヌール連隊に入隊した日を勝手にそうということにして、数か月前に祝いの宴会をした。

「そろそろ、私も、大人に…。」

 いや、成人は18歳だからとっくに大人だろ。

「ジルにも、年齢が近づいたかな…と。」

 顔を赤らめながらもじもじと話す意図は掴めたが、なんと言うべきか。

「あのなロラン、年ってのは誰もがとるわけだから、年齢が近づくということはねぇんだぞ?」

 バカなのか?
 ジルとロランの歳の差は15年。その差は言うまでもなく縮まることはない。

「でも!25歳なら恋愛対象内でしょ!」

 すっかり恋する乙女モードのロランに、吹出すように笑いが溢れた。そんな俺を見て、ロランは不服そうに視線を逸らした。
 凛としている普段とのギャップが可笑しい。

「ジルに…いや、ジルの…好み…教えろ…ください。」

 それが本題だったのか。
 もう笑い過ぎて腹が痛い。だがそろそろ真面目に聞いてやらないといじけそうだな。そう思い、どうにか呼吸を落ち着けた。

 とはいえ、ロランはこうやって分かりやすく言ってくるが、ジルはそういう話をほとんどしない。元々浮ついた話の少ない男ではあったが、連隊長となって、増々そういった話から遠ざかった。
 フェルディナン様が、14歳のロランの面倒を頼んだせいで、結婚もしていないのに父性が満たされてしまったのではないかと、俺に心配を溢すほどだ。

 確かにあの頃の2人は、まだ親子とか師弟とかそういう風に見えた。
 だが、ロランは美しく凛々しく成長し、それこそ成人してからはロランの恋心もあってか、ちゃんと男と女に見えている。

 ジルもそれをそのままにしているということは、口に出さないまでも、そういうことなのではないかと思っていた。

「好みも何も、まず気持ちを伝えてみたらどうだ?」

「は?」

「俺が思うに、ジルもお前のこと気に入ってると思うぞ。」

 ロランはぽかんと口を開けて、お前はバカか?というような蔑んだ目をした。

「どこをどう見ればそんな見解が?」

 どこをどう見てもそうとしか思えない。何せ仕事中はほとんどセットで動き、プライベート時間でもほとんどセットで動く。
 つまり四六時中一緒にいる。普通じゃない。

「だったらあいつに訊いてみろよ。お前のことどう思ってるかって。」

「そんなことストレートに訊けるかぁ!」

 ジョッキが力強く音を立てて机に置かれた。

 普段はストレートなくせに、恋愛面は非常に面倒くさい。

 俺はうじうじとするロランの為に、あれこれいろいろなシチュエーションを考えてやった。あいつに「好きだ。」という一言を言わせる為のシチュエーション。

 この策は酒も底をつき、だいぶ酔いが回った頃に面白半分で提案した作戦だった。

「お前が祖国に帰るふりをするってのはどうだ?」

「どうして私が。」

「実は敵国のスパイでしたって設定で、お前を好きなら国に帰さないよう引き留めるだろうし、そうじゃないなら捕まって牢屋でネタ晴らしだ。」

 バカらしい作戦に腹を抱えて笑いながら、分かりやすいだろ、と言うと、アルコールが回って赤くなっているロランもこくりと頷いた。

「Enemy作戦か。」

 神妙な顔つきで言うものだから、余計に笑えた。

* * * * *



「まさか本当に実行するとは。」

 真面目な顔でふざけたことをするから、ロランは本当に面白い。

「で、結果は?」

「だめだ、よくわからない。」

 ガシャンと拘束具を床に置き、ロランはまた首を横に振った。
 要するに、好きだ、という言葉は聞けなかったのか。普通に考えて、当然といえば当然だ。拘束されている状態で愛の告白など、誰がやるだろうか。

 怪訝そうな視線を送ってくるジルの表情が、また笑いを扇ぎ立ててくる。

「つまり、全部嘘だったわけか?」

「嘘というか、必要悪というか。」

 ひくひくと表情筋を引きつるジルから、わけの分からない事を言うロランが一歩後ずさった。

「俺はお前らの悪巧みに巻き込まれたってことだな?」

「別に悪巧みってわけじゃあ…なぁ?」

 ロランと顔を見合わせると、ロランはこくこくと頷く。

「これが悪巧みじゃなかったらなんなんだよ?」

 じゃらりと手錠を鳴らすジルの口元は笑っているが、目には怒りの色が見えた。
 ロランも感じ取っているのだろう。じりじりと後ずさってくる。

「私は純粋な気持ちから行った次第で…。」

「ああそうかよ。それじゃあなんでそんなに下がって行くんだよ?」

 ジルの足も拘束されていることが救いだった。
 俺とロランはほとんど同時にジルの部屋を勢いよく飛び出した。
 背中にジルの罵声が届いたが、俺は奥方様の件をロランに伝え、気にせず走り去った。
 
 

  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

お母様と婚姻したければどうぞご自由に!

haru.
恋愛
私の婚約者は何かある度に、君のお母様だったら...という。 「君のお母様だったらもっと優雅にカーテシーをきめられる。」 「君のお母様だったらもっと私を立てて会話をする事が出来る。」 「君のお母様だったらそんな引きつった笑顔はしない。...見苦しい。」 会う度に何度も何度も繰り返し言われる言葉。 それも家族や友人の前でさえも... 家族からは申し訳なさそうに憐れまれ、友人からは自分の婚約者の方がマシだと同情された。 「何故私の婚約者は君なのだろう。君のお母様だったらどれ程良かっただろうか!」 吐き捨てるように言われた言葉。 そして平気な振りをして我慢していた私の心が崩壊した。 そこまで言うのなら婚約止めてあげるわよ。 そんなにお母様が良かったらお母様を口説いて婚姻でもなんでも好きにしたら!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

処理中です...