タウヌール辺境伯領の風情

daru

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作戦E

2.ジル

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「私を引き留めるつもりなら、もっと言葉を選ぶべきだと思うけど。」

 いつにも増して凛と放たれた言葉に、心が軋む。
 すぐに声を出せないでいる俺に、ロランはため息を吐いて視線を逸らしながら、女にしては短い黒髪の癖のある毛先を弄った。

 俺の力で引き留められるなら、そんなこととっくにやっている。そうできないから、参っているのだ。

 言葉を選ぶべきだと彼女は言うが、俺が何を言ったところで変化はないだろう。
 ロランが心から慕っているのは、ここタウヌール城塞の主であり、タウヌールの領主、タウヌール辺境伯のフェルディナン・トゥルベール様だ。フェルディナン様へ向ける目の輝きに比べれば、俺に向けられる親愛なんて微々たるものだった。フェルディナン様が考え直せと言えば、二つ返事で了承するに違いない。

 かと言って、このまま彼女を行かせるわけにはいかない。
 俺自身も拉致されるわけにはいかないし、何よりも、彼女が俺の前から去ることを許せるわけがない。

 祖国軍を裏切ったことに苦しみながらも、俺たちの仲間として立派に勤めを果たしてきた。中には差別的な扱いをする民もいたが、それにもめげず、恨みもせず、今ではその長身と中性的な整った顔立ちから、特に同性である女性人気を勝ち取った。

 彼女が敵だと周知の事実となってしまえば、二度と一緒に過ごすことはできなくなるだろう。
 背を預けて共闘した日々も、ふざけて笑い合った日々も、流した涙を拭いてやったことも、全てが泡となって消えてしまう。

 だが、今ならまだ間に合う。ロランが裏切ったという事実は俺しか知らない。
 今の内に思い直させることができれば、何事も起こらなかったかのように、これからもいつも通りに過ごすことができる。

 彼女が14歳、俺が29歳の時に出会い、それから早11年。時の名残がそうさせるのか、いつまでも俺の口を塞がず、拘束に時間をかけるロランのやり方に迷いが見える気がした。

「お前はフェルディナン様を裏切れるのか?」

 決心が揺らいでいるのなら、どうにか覆したい。思いとどまらせたい。
 その一心で紡いだ言葉だったが、彼女は思い切り顔を歪めた。

「私は元々キュース人。裏切りと呼べるかな?」

「お前はこの地で、フェルディナン様の下で立場を築いた。フェルディナン様の信頼を得た。出身地なんか関係ねぇ。得た信頼に背を向けるならそれは立派な裏切り行為だ。」

「じゃあそれでいい。この行動でもう答えは出てる。」

「まだだ。」

 簡単に行かせるものか。

「まだ引き返せる。俺が黙っててやる。そうすればお前も今まで通り、変わらずにいれる。」

「どうしてそこまでして私を引き留めるの?」

 黒い瞳が真っ直ぐに俺を見つめた。
 そうやって俺に熱を持たせるくせに、簡単に笑顔を浮かべて隙を作るくせに、絶対に俺のものにはならない。それが時折、憎らしくもあった。

「フェルディナン様が残念がる。」

「それだけ?」

 重要なくせに。

「俺だって、お前にいて欲しいと思ってる。」

「どうして?」

 好きだから。唯一無二だから。そう言って引き留められたらどんなにいいか。

「お前ほど有能な補佐は、そういねぇ。」

 本音は口に出せないとはいえ、それもまた事実だった。
 少年兵として俺の前に現れた時からすでに、俊敏性や頭の回転の速さには目を見張るものがあった。

 敵国であるキュース人、敵軍の裏切り者、女少年兵、いろんな重荷を背負いながらも、折れずにフェルディナン様について来て、俺の補佐、タウヌール連隊隊長補佐に就いたのは、彼女の実力だった。
 
 補佐は立候補した者たちを集めて、剣術のみによる1対1のトーナメント戦で決められた。勝手な俺の推測だが、これはフェルディナン様がロランの為に作ったチャンスなのではないかと思っている。
 そしてロランは、しっかりそのチャンスをものにしたのだ。
 誰にも文句を言わせないような、圧倒的な実力を見せつけた。

 そんな彼女が、目を伏せ、ぽつりと溢す。

「聞きたいのは、そんな言葉じゃない。」

 その時、コンコンと扉をノックする音が鳴った。
 ドクドクと心臓が早打ち、血が頭を駆け巡る。この状況を誤魔化す手を考えなければ。違う。ロランは敵ではない。裏切り者ではない。

 基本的に、俺の了解も得ずに戸を開ける者などいない。しかし、例外が2人いた。
 目の前で焦る様子も見せないロランと、俺がガキの頃から一緒にいるタウヌール連隊副連隊長のジェスタ。

 俺の返事も聞かずに開く戸に絶望した。

 つまり、ジェスタが入ってきたのだ。
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