2 / 12
作戦E
2.ジル
しおりを挟む
「私を引き留めるつもりなら、もっと言葉を選ぶべきだと思うけど。」
いつにも増して凛と放たれた言葉に、心が軋む。
すぐに声を出せないでいる俺に、ロランはため息を吐いて視線を逸らしながら、女にしては短い黒髪の癖のある毛先を弄った。
俺の力で引き留められるなら、そんなこととっくにやっている。そうできないから、参っているのだ。
言葉を選ぶべきだと彼女は言うが、俺が何を言ったところで変化はないだろう。
ロランが心から慕っているのは、ここタウヌール城塞の主であり、タウヌールの領主、タウヌール辺境伯のフェルディナン・トゥルベール様だ。フェルディナン様へ向ける目の輝きに比べれば、俺に向けられる親愛なんて微々たるものだった。フェルディナン様が考え直せと言えば、二つ返事で了承するに違いない。
かと言って、このまま彼女を行かせるわけにはいかない。
俺自身も拉致されるわけにはいかないし、何よりも、彼女が俺の前から去ることを許せるわけがない。
祖国軍を裏切ったことに苦しみながらも、俺たちの仲間として立派に勤めを果たしてきた。中には差別的な扱いをする民もいたが、それにもめげず、恨みもせず、今ではその長身と中性的な整った顔立ちから、特に同性である女性人気を勝ち取った。
彼女が敵だと周知の事実となってしまえば、二度と一緒に過ごすことはできなくなるだろう。
背を預けて共闘した日々も、ふざけて笑い合った日々も、流した涙を拭いてやったことも、全てが泡となって消えてしまう。
だが、今ならまだ間に合う。ロランが裏切ったという事実は俺しか知らない。
今の内に思い直させることができれば、何事も起こらなかったかのように、これからもいつも通りに過ごすことができる。
彼女が14歳、俺が29歳の時に出会い、それから早11年。時の名残がそうさせるのか、いつまでも俺の口を塞がず、拘束に時間をかけるロランのやり方に迷いが見える気がした。
「お前はフェルディナン様を裏切れるのか?」
決心が揺らいでいるのなら、どうにか覆したい。思いとどまらせたい。
その一心で紡いだ言葉だったが、彼女は思い切り顔を歪めた。
「私は元々キュース人。裏切りと呼べるかな?」
「お前はこの地で、フェルディナン様の下で立場を築いた。フェルディナン様の信頼を得た。出身地なんか関係ねぇ。得た信頼に背を向けるならそれは立派な裏切り行為だ。」
「じゃあそれでいい。この行動でもう答えは出てる。」
「まだだ。」
簡単に行かせるものか。
「まだ引き返せる。俺が黙っててやる。そうすればお前も今まで通り、変わらずにいれる。」
「どうしてそこまでして私を引き留めるの?」
黒い瞳が真っ直ぐに俺を見つめた。
そうやって俺に熱を持たせるくせに、簡単に笑顔を浮かべて隙を作るくせに、絶対に俺のものにはならない。それが時折、憎らしくもあった。
「フェルディナン様が残念がる。」
「それだけ?」
重要なくせに。
「俺だって、お前にいて欲しいと思ってる。」
「どうして?」
好きだから。唯一無二だから。そう言って引き留められたらどんなにいいか。
「お前ほど有能な補佐は、そういねぇ。」
本音は口に出せないとはいえ、それもまた事実だった。
少年兵として俺の前に現れた時からすでに、俊敏性や頭の回転の速さには目を見張るものがあった。
敵国であるキュース人、敵軍の裏切り者、女少年兵、いろんな重荷を背負いながらも、折れずにフェルディナン様について来て、俺の補佐、タウヌール連隊隊長補佐に就いたのは、彼女の実力だった。
補佐は立候補した者たちを集めて、剣術のみによる1対1のトーナメント戦で決められた。勝手な俺の推測だが、これはフェルディナン様がロランの為に作ったチャンスなのではないかと思っている。
そしてロランは、しっかりそのチャンスをものにしたのだ。
誰にも文句を言わせないような、圧倒的な実力を見せつけた。
そんな彼女が、目を伏せ、ぽつりと溢す。
「聞きたいのは、そんな言葉じゃない。」
その時、コンコンと扉をノックする音が鳴った。
ドクドクと心臓が早打ち、血が頭を駆け巡る。この状況を誤魔化す手を考えなければ。違う。ロランは敵ではない。裏切り者ではない。
基本的に、俺の了解も得ずに戸を開ける者などいない。しかし、例外が2人いた。
目の前で焦る様子も見せないロランと、俺がガキの頃から一緒にいるタウヌール連隊副連隊長のジェスタ。
俺の返事も聞かずに開く戸に絶望した。
つまり、ジェスタが入ってきたのだ。
いつにも増して凛と放たれた言葉に、心が軋む。
すぐに声を出せないでいる俺に、ロランはため息を吐いて視線を逸らしながら、女にしては短い黒髪の癖のある毛先を弄った。
俺の力で引き留められるなら、そんなこととっくにやっている。そうできないから、参っているのだ。
言葉を選ぶべきだと彼女は言うが、俺が何を言ったところで変化はないだろう。
ロランが心から慕っているのは、ここタウヌール城塞の主であり、タウヌールの領主、タウヌール辺境伯のフェルディナン・トゥルベール様だ。フェルディナン様へ向ける目の輝きに比べれば、俺に向けられる親愛なんて微々たるものだった。フェルディナン様が考え直せと言えば、二つ返事で了承するに違いない。
かと言って、このまま彼女を行かせるわけにはいかない。
俺自身も拉致されるわけにはいかないし、何よりも、彼女が俺の前から去ることを許せるわけがない。
祖国軍を裏切ったことに苦しみながらも、俺たちの仲間として立派に勤めを果たしてきた。中には差別的な扱いをする民もいたが、それにもめげず、恨みもせず、今ではその長身と中性的な整った顔立ちから、特に同性である女性人気を勝ち取った。
彼女が敵だと周知の事実となってしまえば、二度と一緒に過ごすことはできなくなるだろう。
背を預けて共闘した日々も、ふざけて笑い合った日々も、流した涙を拭いてやったことも、全てが泡となって消えてしまう。
だが、今ならまだ間に合う。ロランが裏切ったという事実は俺しか知らない。
今の内に思い直させることができれば、何事も起こらなかったかのように、これからもいつも通りに過ごすことができる。
彼女が14歳、俺が29歳の時に出会い、それから早11年。時の名残がそうさせるのか、いつまでも俺の口を塞がず、拘束に時間をかけるロランのやり方に迷いが見える気がした。
「お前はフェルディナン様を裏切れるのか?」
決心が揺らいでいるのなら、どうにか覆したい。思いとどまらせたい。
その一心で紡いだ言葉だったが、彼女は思い切り顔を歪めた。
「私は元々キュース人。裏切りと呼べるかな?」
「お前はこの地で、フェルディナン様の下で立場を築いた。フェルディナン様の信頼を得た。出身地なんか関係ねぇ。得た信頼に背を向けるならそれは立派な裏切り行為だ。」
「じゃあそれでいい。この行動でもう答えは出てる。」
「まだだ。」
簡単に行かせるものか。
「まだ引き返せる。俺が黙っててやる。そうすればお前も今まで通り、変わらずにいれる。」
「どうしてそこまでして私を引き留めるの?」
黒い瞳が真っ直ぐに俺を見つめた。
そうやって俺に熱を持たせるくせに、簡単に笑顔を浮かべて隙を作るくせに、絶対に俺のものにはならない。それが時折、憎らしくもあった。
「フェルディナン様が残念がる。」
「それだけ?」
重要なくせに。
「俺だって、お前にいて欲しいと思ってる。」
「どうして?」
好きだから。唯一無二だから。そう言って引き留められたらどんなにいいか。
「お前ほど有能な補佐は、そういねぇ。」
本音は口に出せないとはいえ、それもまた事実だった。
少年兵として俺の前に現れた時からすでに、俊敏性や頭の回転の速さには目を見張るものがあった。
敵国であるキュース人、敵軍の裏切り者、女少年兵、いろんな重荷を背負いながらも、折れずにフェルディナン様について来て、俺の補佐、タウヌール連隊隊長補佐に就いたのは、彼女の実力だった。
補佐は立候補した者たちを集めて、剣術のみによる1対1のトーナメント戦で決められた。勝手な俺の推測だが、これはフェルディナン様がロランの為に作ったチャンスなのではないかと思っている。
そしてロランは、しっかりそのチャンスをものにしたのだ。
誰にも文句を言わせないような、圧倒的な実力を見せつけた。
そんな彼女が、目を伏せ、ぽつりと溢す。
「聞きたいのは、そんな言葉じゃない。」
その時、コンコンと扉をノックする音が鳴った。
ドクドクと心臓が早打ち、血が頭を駆け巡る。この状況を誤魔化す手を考えなければ。違う。ロランは敵ではない。裏切り者ではない。
基本的に、俺の了解も得ずに戸を開ける者などいない。しかし、例外が2人いた。
目の前で焦る様子も見せないロランと、俺がガキの頃から一緒にいるタウヌール連隊副連隊長のジェスタ。
俺の返事も聞かずに開く戸に絶望した。
つまり、ジェスタが入ってきたのだ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
お母様と婚姻したければどうぞご自由に!
haru.
恋愛
私の婚約者は何かある度に、君のお母様だったら...という。
「君のお母様だったらもっと優雅にカーテシーをきめられる。」
「君のお母様だったらもっと私を立てて会話をする事が出来る。」
「君のお母様だったらそんな引きつった笑顔はしない。...見苦しい。」
会う度に何度も何度も繰り返し言われる言葉。
それも家族や友人の前でさえも...
家族からは申し訳なさそうに憐れまれ、友人からは自分の婚約者の方がマシだと同情された。
「何故私の婚約者は君なのだろう。君のお母様だったらどれ程良かっただろうか!」
吐き捨てるように言われた言葉。
そして平気な振りをして我慢していた私の心が崩壊した。
そこまで言うのなら婚約止めてあげるわよ。
そんなにお母様が良かったらお母様を口説いて婚姻でもなんでも好きにしたら!
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる