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食事を父と一緒に囲むようになったのは、シャールナーと婚姻をしてからだった。
サーディッド家では、食事は揃って頂くらしい。
オクシーという姓こそ残されたものの、それ以外はサーディッド家に飲み込まれていくようで、それが惨めに感じたこともあったが、シャールナーとも仲良くなって、候爵にも良くしてもらって、今ではすっかり慣れてしまった。
とはいえ、食堂で父と2人になるのはやはり気まずい。
「おはようございます。」
先に席に着いていた父におずおずと挨拶をすると、じろりと睨まれた。
シャールナーがいてくれたらこんな顔はされないのだが、今日は可愛い髪型にしていくからと、1人で行くように言われてしまった。
「シャールナーは支度にもう少しかかるそうです。」
無言の父に肩を縮めて自分の席に着く。
父がゴホッゴホッと咳をすると、口を押さえたその手に、痛々しく包帯が巻かれていた。
「あの…手は、大丈夫ですか?」
返事を期待してはいなかったが、心配だった為にそう訊いた。
すると父は再び、いや、さっき以上に鋭く私を睨みつけた。
ただでさえ固くなっていた私の体が、更に凍りつく。
「仕返しのつもりなのか?」
父の言うことがよく分からなかった。
仕返しとは何のことだろう。
不意に父が席を立ち、私の側まで来て、ばしんっ!と大きな音がなった。
同時に頬に強烈な衝撃が走り、じわじわと熱が上がる。
ぐっ、と父もその衝撃で苦痛に顔を歪め、手を押さえた。
しかしまた1発、逆方向から放たれる。
放心していた私は僅かにうめき声を漏らした。
幸いと言っても良いものか、父が手を怪我していたおかげで指輪も無く、威力も半減していた。
「うっ。」
「父上、手がっ…。」
手が相当痛むのか、背を丸める父を支えようとしたが、逆に突き飛ばされてしまった。
ガタンと椅子に背がぶつかった。
「満足か、私を痛めつけて。」
眉間にしわを寄せる父の口角が僅かに上がる。
その表情が、妙に憐れで切なく感じた。
父は私を疑っているのだ。父を傷つける為に、シャールナーを差し向けたのだと。
「父上、誤解です。私は復讐など。」
考えたことはありません、と言いたかった。しかし、今までに無いほどの激しい憎悪を向けられ、それ以上声が出なかった。
ひりひりと頬が痛む。
ずしりと重たくなった心では、立っているのもやっとだった。
だんだんと目頭が熱を持つ。
そこへ、優雅にシャールナーが現れた。
「お待たせいたしました…あら?」
また変なところを見られてしまったと思い、私は反射的に顔を背けた。
彼女はすたすたと私に近づいてきたかと思うと、背けた顔を無理やり彼女の方に向けられた。
頬に当てられた白い手が、冷たくて気持ち良い。
「あらまあ、また殴られたのですか。お可哀想に。」
情けなくて、彼女の顔が見られなかった。
けれど、次の言葉に、冷水をかけられたように頭がすっと冷えた。
「傷が無くて残念です。」
「す、すみません。」
なぜ謝っているのか分からないが、彼女の下がった眉尻を見て、勝手に口から出てきてしまった。
彼女は次に咳き込む父の元へ向かい、その背を擦った。
「ラディム様、暴力はいけませんわ。」
そして、ぜぇぜぇと顔を上げた父の頬を、大きく振りかぶったシャールナーの平手が、激しく弾く。
シンバルのような、豪快な音が鳴った。
よろけた父は床に膝と手を付き、呆然とシャールナーを見つめた。
シャールナーはそんな父のすぐ横にしゃがみ込み、恍惚とした表情で、思い切り叩いた父の頬を優しく撫でた。
「ほうら、痛いでしょう?暴力はだめですよ。めっ、です。」
シャールナー!
言ってることとやってることがめちゃくちゃですよ、シャールナー!
父の顔から血の気がどんどん引いていく。
すると、また激しい音が鳴った。
父が激しく咳き込む。
さすがに止めなければと焦り、私はシャールナーの手首を掴んだ。
「な、なぜ叩くのですか?!」
暴力はだめなのでは?!
「お返事が頂けなかったので。」
「へ、返事?」
「はい。」
淡々とそう言うと、彼女は父の耳元に口を寄せて、一層甘い声で囁いた。
「暴力は、いけませんよ?」
青ざめた父は、咳をしながらもこくこくと頷いて見せた。
それに満足したらしいシャールナーは満面の笑みを見せ、父の背を擦りながら、その手を取って支えた。
「それでは朝食に致しましょうか。」
彼女がそう言ってメイドに合図をすると、さっそく料理が並べられる。
しかし、席順がおかしい。
「え、なぜそちらに?」
いつもなら私の隣に座っているシャールナーが、なぜか父の隣の席に着いていた。
「ラディム様が、この手ではお食事を摂りにくいでしょうから。」
手伝うと、そういうことなのだろう。
にっこりと頬に手を当て、可愛く首を傾げたが、父の顔は引きつっている。
「いえ、私のことはお気になさらず。」
「そうはいきません。その手は私のせいでもありますもの。」
むしろ貴女のせいでしかない。
「ご遠慮なさらずに甘えてください。」
いつにも増して、きらきらと輝いて見えるのは、普段よりも念の入った髪型のせいだろうか。
そこでやっと気がついた。
彼女は食事の介助をやるために気合を入れてめかし込んだのだ。
彼女の勢いに押され、父は眉根を寄せながらも、彼女が口元に運ぶ物をおずおずと食べていた。
その様子を見て、母を思い出した。
まだ出ていく前、熱を出したり調子を崩して寝込んだ父を、母はいつも介助していた。
だからだろうか。父は険しい顔こそしているものの、どこか満更でもなさそうに見える。
燦然と輝くシャールナーの笑顔を眺めながら食事を続けていると、廊下の方が慌ただしくなった。
かと思うと、ドアが少しだけ静かに開き、眼鏡の執事が顔を覗かせた。
「お食事中、失礼致します。」
「どうした?」
「たった今、候爵閣下がお見えに。」
最後まで言い終わらない内に、ドアが豪快に開かれた。
しゃんとした衣服を纏い、輝かしい金髪を後ろに流した人物が、つかつかと無遠慮に入ってくる。
驚きのあまり目を見開いた。
サーディッド候爵だ。
サーディッド家では、食事は揃って頂くらしい。
オクシーという姓こそ残されたものの、それ以外はサーディッド家に飲み込まれていくようで、それが惨めに感じたこともあったが、シャールナーとも仲良くなって、候爵にも良くしてもらって、今ではすっかり慣れてしまった。
とはいえ、食堂で父と2人になるのはやはり気まずい。
「おはようございます。」
先に席に着いていた父におずおずと挨拶をすると、じろりと睨まれた。
シャールナーがいてくれたらこんな顔はされないのだが、今日は可愛い髪型にしていくからと、1人で行くように言われてしまった。
「シャールナーは支度にもう少しかかるそうです。」
無言の父に肩を縮めて自分の席に着く。
父がゴホッゴホッと咳をすると、口を押さえたその手に、痛々しく包帯が巻かれていた。
「あの…手は、大丈夫ですか?」
返事を期待してはいなかったが、心配だった為にそう訊いた。
すると父は再び、いや、さっき以上に鋭く私を睨みつけた。
ただでさえ固くなっていた私の体が、更に凍りつく。
「仕返しのつもりなのか?」
父の言うことがよく分からなかった。
仕返しとは何のことだろう。
不意に父が席を立ち、私の側まで来て、ばしんっ!と大きな音がなった。
同時に頬に強烈な衝撃が走り、じわじわと熱が上がる。
ぐっ、と父もその衝撃で苦痛に顔を歪め、手を押さえた。
しかしまた1発、逆方向から放たれる。
放心していた私は僅かにうめき声を漏らした。
幸いと言っても良いものか、父が手を怪我していたおかげで指輪も無く、威力も半減していた。
「うっ。」
「父上、手がっ…。」
手が相当痛むのか、背を丸める父を支えようとしたが、逆に突き飛ばされてしまった。
ガタンと椅子に背がぶつかった。
「満足か、私を痛めつけて。」
眉間にしわを寄せる父の口角が僅かに上がる。
その表情が、妙に憐れで切なく感じた。
父は私を疑っているのだ。父を傷つける為に、シャールナーを差し向けたのだと。
「父上、誤解です。私は復讐など。」
考えたことはありません、と言いたかった。しかし、今までに無いほどの激しい憎悪を向けられ、それ以上声が出なかった。
ひりひりと頬が痛む。
ずしりと重たくなった心では、立っているのもやっとだった。
だんだんと目頭が熱を持つ。
そこへ、優雅にシャールナーが現れた。
「お待たせいたしました…あら?」
また変なところを見られてしまったと思い、私は反射的に顔を背けた。
彼女はすたすたと私に近づいてきたかと思うと、背けた顔を無理やり彼女の方に向けられた。
頬に当てられた白い手が、冷たくて気持ち良い。
「あらまあ、また殴られたのですか。お可哀想に。」
情けなくて、彼女の顔が見られなかった。
けれど、次の言葉に、冷水をかけられたように頭がすっと冷えた。
「傷が無くて残念です。」
「す、すみません。」
なぜ謝っているのか分からないが、彼女の下がった眉尻を見て、勝手に口から出てきてしまった。
彼女は次に咳き込む父の元へ向かい、その背を擦った。
「ラディム様、暴力はいけませんわ。」
そして、ぜぇぜぇと顔を上げた父の頬を、大きく振りかぶったシャールナーの平手が、激しく弾く。
シンバルのような、豪快な音が鳴った。
よろけた父は床に膝と手を付き、呆然とシャールナーを見つめた。
シャールナーはそんな父のすぐ横にしゃがみ込み、恍惚とした表情で、思い切り叩いた父の頬を優しく撫でた。
「ほうら、痛いでしょう?暴力はだめですよ。めっ、です。」
シャールナー!
言ってることとやってることがめちゃくちゃですよ、シャールナー!
父の顔から血の気がどんどん引いていく。
すると、また激しい音が鳴った。
父が激しく咳き込む。
さすがに止めなければと焦り、私はシャールナーの手首を掴んだ。
「な、なぜ叩くのですか?!」
暴力はだめなのでは?!
「お返事が頂けなかったので。」
「へ、返事?」
「はい。」
淡々とそう言うと、彼女は父の耳元に口を寄せて、一層甘い声で囁いた。
「暴力は、いけませんよ?」
青ざめた父は、咳をしながらもこくこくと頷いて見せた。
それに満足したらしいシャールナーは満面の笑みを見せ、父の背を擦りながら、その手を取って支えた。
「それでは朝食に致しましょうか。」
彼女がそう言ってメイドに合図をすると、さっそく料理が並べられる。
しかし、席順がおかしい。
「え、なぜそちらに?」
いつもなら私の隣に座っているシャールナーが、なぜか父の隣の席に着いていた。
「ラディム様が、この手ではお食事を摂りにくいでしょうから。」
手伝うと、そういうことなのだろう。
にっこりと頬に手を当て、可愛く首を傾げたが、父の顔は引きつっている。
「いえ、私のことはお気になさらず。」
「そうはいきません。その手は私のせいでもありますもの。」
むしろ貴女のせいでしかない。
「ご遠慮なさらずに甘えてください。」
いつにも増して、きらきらと輝いて見えるのは、普段よりも念の入った髪型のせいだろうか。
そこでやっと気がついた。
彼女は食事の介助をやるために気合を入れてめかし込んだのだ。
彼女の勢いに押され、父は眉根を寄せながらも、彼女が口元に運ぶ物をおずおずと食べていた。
その様子を見て、母を思い出した。
まだ出ていく前、熱を出したり調子を崩して寝込んだ父を、母はいつも介助していた。
だからだろうか。父は険しい顔こそしているものの、どこか満更でもなさそうに見える。
燦然と輝くシャールナーの笑顔を眺めながら食事を続けていると、廊下の方が慌ただしくなった。
かと思うと、ドアが少しだけ静かに開き、眼鏡の執事が顔を覗かせた。
「お食事中、失礼致します。」
「どうした?」
「たった今、候爵閣下がお見えに。」
最後まで言い終わらない内に、ドアが豪快に開かれた。
しゃんとした衣服を纏い、輝かしい金髪を後ろに流した人物が、つかつかと無遠慮に入ってくる。
驚きのあまり目を見開いた。
サーディッド候爵だ。
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