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第1部
11.
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しばらくの間、ベッドの上での生活を余儀なくされた。
ただ、今まで使っていた使用人部屋ではなく、主人の居住棟の2階、トレシュの部屋の隣室らしい。使用人部屋の、優に10倍はある広さで、ベッドも掛け布団もふわふわだ。
毎朝、医師の診察を受け、解毒薬やら強壮剤やら飲ませられ、10日も経てばどうにかこうにか歩くこともできるようになっていたが、部屋から出るのはトレシュから禁じられていた。
2日前に1度こっそり出てみたが、すぐに使用人に見つかり、その使用人がトレシュに言いつけ、まだよたよたしていた私は簡単に捕まり、強制的に部屋に戻されてしまった。
これでは軟禁ではないか。
少しでも麻痺を取り除くべくストレッチをしていると、コンコンと窓が鳴った。次いで、鳥の鳴き声がする。
まさかと思い、辿々しく足を動かし窓辺に行くと、窓に葉が触れるほど近くに植えられ、育った木の上に、ショールをフードのようにして顔を隠したセスの姿があった。
すぐに窓を開ける。
「下手くそ。」
鳥ではないとすぐに分かった。
「まずは感謝の言葉を言うべきだろ。」
それはそうだ。
どういう経緯であの状況になったのかは分からないが、滝つぼに沈み行く私を引き上げてくれたのはセスだったから。
ぼんやりとした記憶しか残っていないが。
「ありがとう。」
「おう。お前、本当に危なかったんだからな。もっと気をつけろよ。」
「あの時の髭男から聞き出して、助けに来てくれたの?」
「そうだ。だが拠点を聞き出す前に死んじまったから、あの杖男を張ってたんだ。狙いはあいつだったからな。」
セスはトレシュのことを、杖男と呼ぶことにしたらしい。
「体は大丈夫か?」
「まだ麻痺が抜けきってないけど、まぁ、なんとか。」
「ナイジェルが。」
名前に反応して耳が集中した。
「せっかく良い環境にいるから、完全に回復するまで休めって。」
「そうしたくなくても、させられてる。ナイジェルが来たの?」
「いや、俺がむこうに行って、すぐに戻ってきたんだ。回復した後は抜けて良いってさ。」
顎が自然に持ち上がった。
「つまり、ここを出ても良いってこと?」
セスはこくりと頷いた。
「お前の話を聞いて、杖男の目的が何であれ、殺さなくてもいいような男なら放っておこうってさ。」
颯爽と風が吹いたように感じた。実際の木の葉は揺れていない為、そう感じただけだったが。
ナイジェルが私の意を汲み取ってくれたのだ。やはりナイジェルはいつだって正しい。
「というわけだから、俺はこれから帝都に向かう。」
「何しに?」
「杖男が帝都に書簡を送ったんだ。それをリリーが追って行って、もし皇帝から返信があったらそれを奪う予定だったんだよ。」
「リリーが?」
リリーは私より6歳下の16歳。3年前、セスとナイジェルと3人でカサムのとある街にに訪れた時、暗い路地の隅から現れたのだ。助けてくれと。
彼女は街に赴任している官僚の奴隷で、主人に母が殺されそうになっているとのことだった。
思えばそれが始まりだった。
憤ったナイジェルに、お人好しのセス。私が続かないわけにはいかない。
しかし結果として、官僚は処理したが、リリーの母は間に合わなかった。
それで孤児院に連れ帰ることになったのだ。
リリーはまだ殺しをしたことがない。ナイジェルがさせないようにしていた。まだ未熟だからと。
それには同感だし、無理にこちらの世界に入ってこなくても、という想いもある。
リリーは私たちとは違うのだ。
「大丈夫なの?」
「書簡を奪うだけだし、無理はするなと言ってあるよ。」
「中止にするんだよね?」
「ああ。だから早く止めに行かねぇと。あいつ、お前の様子聞いて余計に気が立ってたから。」
帝都までには、サータナリヤ孤児院があるローニヤン以上に距離がある。
急いでも10日はかかるだろう。
セスと合流するまでに、リリーが危険な真似をしなければいいが。
リリーは早く私やセスのように動きたいと思うあまり、無茶をする傾向にあった。
標的の尾行をするだけで良かった任務で、無理に標的に襲いかかったこともある。
ナイジェルや私たちに認められる為に実力を示したかったらしいが、結果、標的の側に仕えていた奴隷に反撃され、奴隷を殺そうとしたところをセスに止められ、セスが怪我をする羽目になった。大した怪我ではなかったが。
それ以来リリーも少しは大人しくなったが、任せられる仕事に不服そうな表情を浮かべるのは変わっていなかった。
「セスも気を付けて。」
また怪我をすることのないように。
「おう。お前もちゃんと休んでろよ。この際だから旨い物たらふく食ってろ、食いしん坊。」
歯を見せて笑うセスに、私の頬も緩んだ。
コンコン、と戸のノック音に続き、「シノア、私だ。」とトレシュの声がした。
「トレシュが来た。」
声を潜める。
「じゃあな、シノア。回復したら、真っ直ぐローニヤンに向かうんだぞ。」
セスはそう言い残すと俊敏にその場を離れ、私は胸を撫で下ろして戸の向こう側へ、はい、と返事をした。
ただ、今まで使っていた使用人部屋ではなく、主人の居住棟の2階、トレシュの部屋の隣室らしい。使用人部屋の、優に10倍はある広さで、ベッドも掛け布団もふわふわだ。
毎朝、医師の診察を受け、解毒薬やら強壮剤やら飲ませられ、10日も経てばどうにかこうにか歩くこともできるようになっていたが、部屋から出るのはトレシュから禁じられていた。
2日前に1度こっそり出てみたが、すぐに使用人に見つかり、その使用人がトレシュに言いつけ、まだよたよたしていた私は簡単に捕まり、強制的に部屋に戻されてしまった。
これでは軟禁ではないか。
少しでも麻痺を取り除くべくストレッチをしていると、コンコンと窓が鳴った。次いで、鳥の鳴き声がする。
まさかと思い、辿々しく足を動かし窓辺に行くと、窓に葉が触れるほど近くに植えられ、育った木の上に、ショールをフードのようにして顔を隠したセスの姿があった。
すぐに窓を開ける。
「下手くそ。」
鳥ではないとすぐに分かった。
「まずは感謝の言葉を言うべきだろ。」
それはそうだ。
どういう経緯であの状況になったのかは分からないが、滝つぼに沈み行く私を引き上げてくれたのはセスだったから。
ぼんやりとした記憶しか残っていないが。
「ありがとう。」
「おう。お前、本当に危なかったんだからな。もっと気をつけろよ。」
「あの時の髭男から聞き出して、助けに来てくれたの?」
「そうだ。だが拠点を聞き出す前に死んじまったから、あの杖男を張ってたんだ。狙いはあいつだったからな。」
セスはトレシュのことを、杖男と呼ぶことにしたらしい。
「体は大丈夫か?」
「まだ麻痺が抜けきってないけど、まぁ、なんとか。」
「ナイジェルが。」
名前に反応して耳が集中した。
「せっかく良い環境にいるから、完全に回復するまで休めって。」
「そうしたくなくても、させられてる。ナイジェルが来たの?」
「いや、俺がむこうに行って、すぐに戻ってきたんだ。回復した後は抜けて良いってさ。」
顎が自然に持ち上がった。
「つまり、ここを出ても良いってこと?」
セスはこくりと頷いた。
「お前の話を聞いて、杖男の目的が何であれ、殺さなくてもいいような男なら放っておこうってさ。」
颯爽と風が吹いたように感じた。実際の木の葉は揺れていない為、そう感じただけだったが。
ナイジェルが私の意を汲み取ってくれたのだ。やはりナイジェルはいつだって正しい。
「というわけだから、俺はこれから帝都に向かう。」
「何しに?」
「杖男が帝都に書簡を送ったんだ。それをリリーが追って行って、もし皇帝から返信があったらそれを奪う予定だったんだよ。」
「リリーが?」
リリーは私より6歳下の16歳。3年前、セスとナイジェルと3人でカサムのとある街にに訪れた時、暗い路地の隅から現れたのだ。助けてくれと。
彼女は街に赴任している官僚の奴隷で、主人に母が殺されそうになっているとのことだった。
思えばそれが始まりだった。
憤ったナイジェルに、お人好しのセス。私が続かないわけにはいかない。
しかし結果として、官僚は処理したが、リリーの母は間に合わなかった。
それで孤児院に連れ帰ることになったのだ。
リリーはまだ殺しをしたことがない。ナイジェルがさせないようにしていた。まだ未熟だからと。
それには同感だし、無理にこちらの世界に入ってこなくても、という想いもある。
リリーは私たちとは違うのだ。
「大丈夫なの?」
「書簡を奪うだけだし、無理はするなと言ってあるよ。」
「中止にするんだよね?」
「ああ。だから早く止めに行かねぇと。あいつ、お前の様子聞いて余計に気が立ってたから。」
帝都までには、サータナリヤ孤児院があるローニヤン以上に距離がある。
急いでも10日はかかるだろう。
セスと合流するまでに、リリーが危険な真似をしなければいいが。
リリーは早く私やセスのように動きたいと思うあまり、無茶をする傾向にあった。
標的の尾行をするだけで良かった任務で、無理に標的に襲いかかったこともある。
ナイジェルや私たちに認められる為に実力を示したかったらしいが、結果、標的の側に仕えていた奴隷に反撃され、奴隷を殺そうとしたところをセスに止められ、セスが怪我をする羽目になった。大した怪我ではなかったが。
それ以来リリーも少しは大人しくなったが、任せられる仕事に不服そうな表情を浮かべるのは変わっていなかった。
「セスも気を付けて。」
また怪我をすることのないように。
「おう。お前もちゃんと休んでろよ。この際だから旨い物たらふく食ってろ、食いしん坊。」
歯を見せて笑うセスに、私の頬も緩んだ。
コンコン、と戸のノック音に続き、「シノア、私だ。」とトレシュの声がした。
「トレシュが来た。」
声を潜める。
「じゃあな、シノア。回復したら、真っ直ぐローニヤンに向かうんだぞ。」
セスはそう言い残すと俊敏にその場を離れ、私は胸を撫で下ろして戸の向こう側へ、はい、と返事をした。
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