仮面夫婦の愛息子

daru

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 兄の子爵邸を後にした俺は、どこか清々しい気持ちで自邸へと帰ってきた。

 エイヴリルを断罪しに行って、図らずしも兄と打ち解けることができたのは、怪我の功名だった。
 打ち解けると言っても、微々たるものだが。

 兄には疎まれていると思っていたのに、心配してくれていたと聞いて、嬉しく思う自分がいた。

 帰り際、息子たちが自分たちに似なくて良かったなと囁かれ、少し笑ってしまった。

 確かにセオは俺よりよほど周りが見えているし、ヒューゴも兄には全く似ておらず、社交的で愛嬌がある。
 そんな息子たちだからこそ、物事を平和的に切り抜けられるのかもしれない。

 すたっと馬から降りたセオがとても頼もしく、感慨深いものがある。

「父さん、お疲れ様でした。」

「セオも来てくれてありがとう。助かったよ、色々と。」

「いえ、生意気に口を出してしまってすみません。」

「生意気だなんて思っていない。本当に、お前がいてくれて良かった。」

 心からそう言うと、セオはありがとうございますとはにかんだ。

 公爵はどうだったのかという話を聞きながら。2人でセシールの元へ向かった。

 図書室、セシールはその一角で静かに本を読んでいた。
 公爵に魅了されたメイドの件で気が立っているかと思ったが、そのメイドの対処について訊くと、「あら、誰のことですか?」とにっこり。

 たぶん、いや、確実に消した。
 ウェップ家の情報を他に渡していたのだから当然と言えば当然の処遇だろう。仮に追い出すだけにして、知っていることを情報として売られたりしても困る。

 もやもやとするのは、おそらく公爵がこのことを聞いたところで何も思わないだろうということだ。
 この先、そんな男と姻戚関係になるかと思うと、セオには悪いが、やはりぞっとする。とても祝福する気分にはなれない。

「そう。ずいぶん穏やかに締めくくったのね。」

 敵に容赦のないセシールのことだから、不満が残るかと思ったが、子爵邸でのできごとを、彼女は意外とすんなりと受け入れた。

「甘かったでしょうか?」

 セオがおずおずとして訊くが、これにも彼女はにこりと返す。

「正直、甘いとは思うけれど、でも、得た物も大きいと思うわ。」

 セシールはひと言ひと言、指を折った。

「エイヴリルには首輪を掛けたし、ヴィクトルとヒューゴにはとても大きい貸しを作った。ウェップ家から重罪人を出さずにも済んだし、ええ、良かったのではないかしら。」

 セオは嬉しそうに笑顔を浮かべたが、俺は複雑な気分だった。

 セシールがそんな風に思えるのは、俺のことをなんとも思っていないからだ。もし大切に思っていたら、夫に毒を飲ませたことを許すはずがない。
 まぁ、そんなこと今更なのだが。

「それから、セオ。」

 セシールはひらりと封筒を取り出した。

「ついさっき、さっそく公爵様から手紙が届いたの。あなた宛てだったから、まだ開いていないのよ。」

 それを受けとったセオは、中身を取り出し、すぐに目を通した。
 文字列を追う目の変化で、その内容はなんとなく分かった。

「公爵閣下がマリアとの結婚を許してくれるそうです。婚約を進めましょう、と。」

 ああ、やっぱり。これは失敗してくれても良かった。
 そんな俺の思いとは裏腹に、セシールは、ぱんっと両手を合わせて満面の笑みだ。

「そう、頑張ったのね、セオ。良かったわね。」

「頑張ったのは僕というより、マリアですが。とにかくほっとしました。」

「ふふ、そうよね、マリアお嬢様は頑張るわよね。こんな素敵なひとと結婚できるのですもの。」

 セシールの手に頬を包まれ、はにかむセオ。
 その言葉が嫌味に聞こえるのは、俺に落ち度があるという自覚があるからだろうか。

「ではエドウィン、両家で婚約の日取りを決めなければいけませんね。」

「ああ、明日にでもお伺いの手紙をしたためるよ。」

「お願いしますね。」

 こんな時だけ、俺に笑顔を向ける。
 その笑顔がいやに美しく見えるのは、きっと作り物ではなく、自然と出た物だからに違いない。

 セシールも公爵の本性は知っているくせに、セオの結婚を本気で喜んでいるようだ。
 俺は気づかれないように、小さくため息を吐いた。

 毒の件を片づけたら、今までのことをセシールに謝りたいと考えていた。話すならセシールの機嫌が良い、今が最適なのではないか。
 どうせ、ただ謝罪の言葉を並べただけでは受け入れられないと分かっている。それならば少しでも和やかな今の雰囲気は話しやすい。

「セシール、少し話がしたいのだが。」

 警戒されるかと思ったが、セシールは上機嫌のまま「そうですね。」と笑顔を浮かべた。

「今後の予定をある程度考えないといけませんね。」

 そういうことじゃない。セシールはまだセオの結婚話だと思っているらしい。
 
 どう言うべきか、頭を悩ませているとセオが気づいてくれたのか、ふいに立ち上がった。

「あ、僕、マリアに手紙を書いてきてもいいですか?今日、閣下の説得を1人で任せてしまったので、謝罪を。」

「あら、セオにも関わる話をするのよ?」

「そのお話はまた後日にお願いします。今日はもうくたくたです。」

 セオが困ったように笑うと、セシールはふむと頷いた。

「それもそうね。分かったわ、お疲れ様、愛しいセオドア。」

 セオはセシールの手を取り、「では失礼します。」とその甲にそっと口づけをした。

 ドキッとした。
 俺はセシールをこんな風にレディとして扱ったことがあっただろうか。覚えている限りはない。

 後ろ指を差されるような気持ちでセオを見送ると、先ほどまでとは違う、冷やりとした視線を向けられた。
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