23 / 27
13(1)
しおりを挟む
いつも俺が昼寝に使うソファで、老執事が寝ている。
正確には寝ているふりだが、とにかく横になっていた。
老執事はうっすらと目を開き、声を潜めた。
「息子は無事にセオドア様に会えたでしょうか。」
侯爵の騎士に見張られている俺には、確かめようがない。
「そう願うしかないな。」
どうにかセオに使いを出せないか考えた俺は、老執事に仮病を使って貰うことにした。
ガタガタンッと大げさな音を鳴らし、「老!老!」と叫ぶと、戸の外にいた騎士2人が遠慮がちにドアを開けた。
「どうかなさいましたか?」
「老が倒れたんだ!医者を呼びに行かせてくれ!」
ううっと胸を押さえる老執事を見て、2人の騎士は困った顔で相談を始めた。
やっぱりそう簡単に頷いてはくれないか。
「すみませんが、閣下に確認して参りますので、少々お待ち下さい。」
叔父さんは許可してくれるだろうか。父が感づいて援護してくれるといいが。
心の中で舌打ちを鳴らし、そう思っていると、老執事の目がくわっと逆三角の形に開いた。
「たわけ!この老人が死にかけているというのに、医者1人呼ばせて頂けないのですか!」
元気じゃん!
「もし持病ということなら、薬とかは持っていないのですか?」
「切らしとるからこうなっとるんじゃ!息子なら主治医を知っておるから、早く息子に医者を呼びに行かせんか!」
元気に喚くな!そして胸くらい押さえろ!
このままではバレるのではとはらはらしたが、老執事の迫力が真に迫っていたのか、騎士たちはまたこそこそと相談をし、最終的には許可してくれた。
すぐに、この邸で父親同様に執事をしている老執事の息子が呼ばれ、俺は密かに手紙を託し、老執事の主治医を呼びに行くという名目で、セオに使者を送ることに成功した。
ただ、セオは公爵邸に行っているはずで、会える保証はない。
もしセオと連絡も取れず、父と母に害が及ぶことがあれば、俺が全部話して情状酌量を懇願するしかない。
しかしそうなると、セオのちょっぴりサイコな正体を叔父さんに話すことになり、信じてもらえるかも分からない上に、セオの信頼まで失ってしまう。
なるべく勝手なことはしたくない。
父と叔父さんの話はどうなっているだろうか。
俺はセオと仲良くしているし、騎士たちにも心象は悪くないだろうから、訊いたら答えてもらえないかな。
そう思った矢先、ノック音が鳴り、戸が開いた。
騎士たちだ。老執事がぱたりと意識のないふりをした。
一瞬、仮病がバレたかと思ったが、どうやら違うようだった。
「ヒューゴ卿、侯爵閣下がお呼びですので、お越し頂けますか?」
「分かった。」
老執事をおいて自室を後にし、父と叔父さんが待つ応接室へと入った。
俺だけでなく母も呼ばれていたらしく、既に父の隣に着席していた。
そして、その母の青ざめた表情と、震える手足を見て、まずい事態になったと確信した。
「ヒューゴ、座ってくれ。」
叔父さんに、いつになく厳しい視線を向けられた。
ちらりと父と目を合わせると、僅かに頷かれ、俺は叔父さんに言われた通り、長方形テーブルの側面に位置する1人掛けソファに、腰を下ろした。
とん、と叔父さんがテーブルに小瓶を置いた。中には液体が入っている。
母の身体が一層がたがたと震え、父の顔には影が落ちた。
ということは、だ。恐らく侯爵暗殺計画に使われた毒薬なのだろう。
「ヒューゴはこれ、何だか分かるか?」
頭を抱えたくなるのを、どうにか押さえた。
「いいえ、何ですか?」
「セシールの生誕パーティーで、俺が飲んだ毒だ。」
驚く演技はちゃんできているだろうか。自信はないが、やりきるしかない。
「これが、エイヴリル・ウェップの私室から見つかった。」
「母の…。」
母の私室だけ調べられたのか。
「うちで働くメイドの証言で、毒を盛った執事にエイヴリルが指示を出していたということが明らかになったんだ。邸内の捜索は兄が許可した。」
固く断るのは余計に不信感を煽ってしまうから仕方がない。
「ヒューゴ、お前を呼んだのは、兄を説得して欲しいからだ。」
「説得と言いますと?」
「このまま裁判を行い証拠証言を提示すれば、間違いなくエイヴリルは有罪となるだろう。夫である兄も、息子のお前も、無事では済まない。」
「俺はどうしたら良いですか?」
はぁ、と叔父さんがため息を吐いた。
「兄に離縁を勧めてくれ。それがお前たちが助かる方法だ。」
俺からいくら言っても頑なに断られるんだ、と叔父さんは嘆いたが、たぶん俺から言ってもそれは変わらない。
父は世界一頭が固いのだ。
だけど、説得するふりは時間稼ぎになるかもしれない。
母は傷つくだろうが、そもそもの原因は母にあるわけで、そこは我慢してもらうしかない。
ただ、時間稼ぎをしたところで、セオが来てくれなかったらどうしようもない。
最悪の場合、全てを叔父さんに話すという覚悟を決めたところで、待ちに待った救世主が現れた。
良かった。老執事の息子はしっかり役目を果たしてくれたのだ。
汗を流し、肩までの黒い髪をわずかに湿らせて、結婚を控えたであろう色男が登場した。
正確には寝ているふりだが、とにかく横になっていた。
老執事はうっすらと目を開き、声を潜めた。
「息子は無事にセオドア様に会えたでしょうか。」
侯爵の騎士に見張られている俺には、確かめようがない。
「そう願うしかないな。」
どうにかセオに使いを出せないか考えた俺は、老執事に仮病を使って貰うことにした。
ガタガタンッと大げさな音を鳴らし、「老!老!」と叫ぶと、戸の外にいた騎士2人が遠慮がちにドアを開けた。
「どうかなさいましたか?」
「老が倒れたんだ!医者を呼びに行かせてくれ!」
ううっと胸を押さえる老執事を見て、2人の騎士は困った顔で相談を始めた。
やっぱりそう簡単に頷いてはくれないか。
「すみませんが、閣下に確認して参りますので、少々お待ち下さい。」
叔父さんは許可してくれるだろうか。父が感づいて援護してくれるといいが。
心の中で舌打ちを鳴らし、そう思っていると、老執事の目がくわっと逆三角の形に開いた。
「たわけ!この老人が死にかけているというのに、医者1人呼ばせて頂けないのですか!」
元気じゃん!
「もし持病ということなら、薬とかは持っていないのですか?」
「切らしとるからこうなっとるんじゃ!息子なら主治医を知っておるから、早く息子に医者を呼びに行かせんか!」
元気に喚くな!そして胸くらい押さえろ!
このままではバレるのではとはらはらしたが、老執事の迫力が真に迫っていたのか、騎士たちはまたこそこそと相談をし、最終的には許可してくれた。
すぐに、この邸で父親同様に執事をしている老執事の息子が呼ばれ、俺は密かに手紙を託し、老執事の主治医を呼びに行くという名目で、セオに使者を送ることに成功した。
ただ、セオは公爵邸に行っているはずで、会える保証はない。
もしセオと連絡も取れず、父と母に害が及ぶことがあれば、俺が全部話して情状酌量を懇願するしかない。
しかしそうなると、セオのちょっぴりサイコな正体を叔父さんに話すことになり、信じてもらえるかも分からない上に、セオの信頼まで失ってしまう。
なるべく勝手なことはしたくない。
父と叔父さんの話はどうなっているだろうか。
俺はセオと仲良くしているし、騎士たちにも心象は悪くないだろうから、訊いたら答えてもらえないかな。
そう思った矢先、ノック音が鳴り、戸が開いた。
騎士たちだ。老執事がぱたりと意識のないふりをした。
一瞬、仮病がバレたかと思ったが、どうやら違うようだった。
「ヒューゴ卿、侯爵閣下がお呼びですので、お越し頂けますか?」
「分かった。」
老執事をおいて自室を後にし、父と叔父さんが待つ応接室へと入った。
俺だけでなく母も呼ばれていたらしく、既に父の隣に着席していた。
そして、その母の青ざめた表情と、震える手足を見て、まずい事態になったと確信した。
「ヒューゴ、座ってくれ。」
叔父さんに、いつになく厳しい視線を向けられた。
ちらりと父と目を合わせると、僅かに頷かれ、俺は叔父さんに言われた通り、長方形テーブルの側面に位置する1人掛けソファに、腰を下ろした。
とん、と叔父さんがテーブルに小瓶を置いた。中には液体が入っている。
母の身体が一層がたがたと震え、父の顔には影が落ちた。
ということは、だ。恐らく侯爵暗殺計画に使われた毒薬なのだろう。
「ヒューゴはこれ、何だか分かるか?」
頭を抱えたくなるのを、どうにか押さえた。
「いいえ、何ですか?」
「セシールの生誕パーティーで、俺が飲んだ毒だ。」
驚く演技はちゃんできているだろうか。自信はないが、やりきるしかない。
「これが、エイヴリル・ウェップの私室から見つかった。」
「母の…。」
母の私室だけ調べられたのか。
「うちで働くメイドの証言で、毒を盛った執事にエイヴリルが指示を出していたということが明らかになったんだ。邸内の捜索は兄が許可した。」
固く断るのは余計に不信感を煽ってしまうから仕方がない。
「ヒューゴ、お前を呼んだのは、兄を説得して欲しいからだ。」
「説得と言いますと?」
「このまま裁判を行い証拠証言を提示すれば、間違いなくエイヴリルは有罪となるだろう。夫である兄も、息子のお前も、無事では済まない。」
「俺はどうしたら良いですか?」
はぁ、と叔父さんがため息を吐いた。
「兄に離縁を勧めてくれ。それがお前たちが助かる方法だ。」
俺からいくら言っても頑なに断られるんだ、と叔父さんは嘆いたが、たぶん俺から言ってもそれは変わらない。
父は世界一頭が固いのだ。
だけど、説得するふりは時間稼ぎになるかもしれない。
母は傷つくだろうが、そもそもの原因は母にあるわけで、そこは我慢してもらうしかない。
ただ、時間稼ぎをしたところで、セオが来てくれなかったらどうしようもない。
最悪の場合、全てを叔父さんに話すという覚悟を決めたところで、待ちに待った救世主が現れた。
良かった。老執事の息子はしっかり役目を果たしてくれたのだ。
汗を流し、肩までの黒い髪をわずかに湿らせて、結婚を控えたであろう色男が登場した。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
授業
高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。
中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。
※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。
※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
月夜のさや
蓮恭
ミステリー
いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。
夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。
近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。
夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。
彼女の名前は「さや」。
夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。
さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。
その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。
さやと紗陽、二人の秘密とは……?
※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。
「小説家になろう」にも掲載中。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる