仮面夫婦の愛息子

daru

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 せっかく病人メイクをしているので、部屋を訪ねて来たセオに、寝込んでいるふりをしてみた。

 近づいてきた足音がぴたりと止まり、母さん、と呼ばれる。
 反応しないわたくしのベッドがぎしりと揺れた。セオが座ったのだろう。

「母さん、そのまま寝たふりを続けるのなら、そのメイクを落としますよ。」

 あら、ばればれね。つまらないわ。
 目を開くと、悪戯顔のセオと目が合った。

「どう?このメイク。」

「母さんに青クマは似合いません。」

「おかしなことを言うのね。そんなのが似合う人なんていないでしょう。」

 それもそうかとセオは笑った。

 わたくしは体を起こしてベッドを出た。寝巻姿のわたくしに、メイドがすぐに肩掛けを持ってきてくれる。

「ありがとう。下がってていいわ。」

 頭を下げて退室したメイドを見送って、わたくしとセオはソファに移動した。

「はやくメイクを落としたいのだけれど、まだクラリッサが帰らないのよ。もうこの部屋には来ないでしょうけど、念のため、落とさずにいるの。」

「ええ、会いました。もう日も落ちてきているのに、まだいるとは思わず驚きました。父さんにべったりくっついて、父さんも大変そうでしたよ。」

 くすり、笑みが零れた。いい気味。今まで気がつかなかった代償ね。

「クラリッサはどうでしたか?」

 セオの質問で昼間のクラリッサを思い出し、呆れのため息が出た。

 エドウィンとクラリッサでランチをとってもらった後のことだ。

 寝込んでいるわたくしのスキンケアの為に、いろいろと揃えてきてくれたクラリッサに、その品々の使用方法を使用人たちにレクチャーするという名目で、わたくしが寝込んでいる寝室に入ってもらった。
 その後は計画通り、来客だの呼び出しだのあれこれ理由を付けてクラリッサを1人にした。

 正直、注意深い人なら、この時点で警戒すると思うが、エドウィンと使用人たちの演技がよほど素晴らしかったのか、それともクラリッサの脳内がお花畑だからか、クラリッサは特に怪しむ様子も無くそこにいた。

 みんなを待っている間に、自分で選んできたスキンケア用品をいじってみたり、部屋内の気になった家具に触れて素敵と感動して見たり、それはもう悪という言葉を知らないのではないかと思うほど無垢に見えた。

 次第にベッドで寝ているふりをしていたわたくしに近づいてくる場面もあり、少し緊張感を持ったが、結果は拍子抜けだった。

「侯爵夫人、寝込んでいるとお聞きしましたが、相変わらずお美しいですね。エドに頼まれて、スキンケア用品を揃えさせて頂きました。きっと、お目覚めの時も変わらない美しさを保っておられるはずですので、安心してくださいね。エドも、セオドアも、夫人のことを心配しています。早く回復されることを、心より祈っております。」

 なにかしら、このおとぎ話から出てきたヒロインのような純粋さは。
 クラリッサを疑ったわたくしの方が恥ずかしくなった。

「あの娘はないわね。驚くほど純粋で、本当に驚いてしまったわ。今日のことは、完全に無駄骨よ。」

「母さんがそこまで言うなら確実ですね。」

 セオは呆れたように笑い、でも、と続けた。

「無駄骨ではありませんよ。少なくとも共犯ではない、ということが分かりました。」

 それを聞いて、自然と姿勢が伸びた。

「セオ、何か分かったの?」

「はい。パーティーに潜り込んでいた例の見慣れない給仕ですが、ロリアース邸にいました。」

「本当に?」

「はい。夫人付きの使用人でした。連れて行った複数の目撃者たちが確認したので、間違いないでしょう。」

「男爵は?」

「僕の見解では、無関係のように思います。僕もヒューゴも、大叔父に後ろめたさや隠し事がある感じは見受けられませんでした。」

 けれど、大叔母がサロンに誘いに来た時に連れていた執事が、わたくしたちが探していた給仕だったと使用人たちが教えてくれたらしい。

 わたくしを殺すなら、クラリッサかと思ったけれど、どうしてその母である男爵夫人が?娘の為に身を切ったのかしら。
 どうにせよ、単独犯とはずいぶん思い切ったことをしたものだ。

「あの、母さん。ちょっと、別件で頼みがあるのですが。」

 セオが言いにくそうにしているのは珍しい。

「なにかしら?」

「母さん、金鉱山が見つかったのはたまたまだって言ってましたよね。」

「ええ。炭鉱でも作れば領民の働き口が増えると思って掘らせたら、金が出て来たの。」

「つまり、金鉱山自体には思入れはないってことですよね?」

 この子は何が言いたいのかしら。

 セオがたじたじと困った表情を浮かべるのも珍しかったが、お金に関わる話をするのは、更に珍しかった。
 だから、次の言葉に驚いてすぐには反応ができなかった。

「その金鉱山、僕に頂けませんか?」

 自分の耳を疑った。まさかそんなことを言い出すとは。
 今までお金には興味が無さそうだったのに、何かに目覚めたのかしら。それとも頑張って活動している貧民救済団体で活用しようとでも言うのだろか。

 まぁ、それならそれで構わないが、金鉱山を持っているというだけで、いろんな怪しい者たちに目を付けられるので、それだけが心配だ。

「まず、どうして必要かを教えて。」

「婚約者の父君に送ろうかと。」

 緊張した面持ちではあるものの、さらりと出た言葉に目を見開いた。

「婚約者?」

 そういえばこの前、片想いの相手がいると聞いたことを思い出した。ある意味、と言っていたけれど。

「お相手は?」

「公爵令嬢のマリアです。」

 頭を抱えた。別に悪いというつもりはないけれど、あのマリアお嬢様とセオがいつの間に恋仲に。

「マリアというのは、あのマリアお嬢様?」

「はい。マリア・ぺトラ・バスタです。」



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