仮面夫婦の愛息子

daru

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 主治医に出された飲み薬を口に含むと、その苦さで顔が歪み、すぐに口を離した。
 薬とはいえ、不味すぎる。

「侯爵様、全てお飲みください。解毒作用と滋養強壮効果のある薬です。」

 セオの手前、不味いという理由で断ることもできず、一気に喉に流し込む。
 すると主治医は安心したように頷いて、くれぐれも安静に、と言い残して退室した。なにかあればすぐに呼んでください、とも。

「父さん、心配しました。」

 さきほどセシールが座っていた椅子に、今度はセオが座った。

「父さん、お体の調子はいかがですか?」

「頭がぼうっとして頭痛がする。」

「母さんが騎士団を動かして調査していますので、安心してご養生ください。」

 セシールだから安心できないのだが。俺が死んだら喜ぶ者の代表ではないか。

「セシールではないのか?それを上手く隠しているんじゃないのか?」

 事実、もう何度服毒を試みられたことか。そう思ったが、意外にもセオはキョトンと目を丸くした。

「違いますよ。母さんじゃありません。自分の把握していない事情で父さんに死なれては困ると、躍起になって犯人捜しに努めていますよ。」

 喜んでいいものかどうか。そうか、としか答えられなかった。

「しかしあまり捗っていないと聞いた。」

「はい。毒へは善処できたのですが、なんせ父さんの症状が軽かったので特定するには情報が足りず、何個か挙がった候補も、薬草としても使われるようなありきたりな毒ばかりで、入手経路も絞れない有様です。」

 なるほど。

「でも、父さんが無事で良かった。安心しました。」

 にこりと笑顔を浮かべるセオに、俺も笑顔を返した。

 もっとゆっくり話をしたかったが、セオがふいに立ち上がる。

「もう行くのか?」

「父さんは安静に、でしょう。お体が回復したら、ゆっくりお話ししましょう。今はどうぞ休んでください。」

 そう言われては反論できない。正直、まぶたが重いのも事実だった。

 最後に1つだけ、と戸に手を掛けたセオを呼び止める。

「なぜエイヴリルが?」

「ああ。パーティーが騒然とした状態で解散せざるを得なかったので、その後始末を引き受けてくれて、そのまま宿泊したのです。ヒューゴも一緒でしたが、一度帰りました。」

「そうか、分かった。」

 お休みなさい、とセオも退室した。

 確かにまぶたは重いが、頭がいろいろと整理をしたがっている。
 休めと言った主治医に反し、重い上半身をどうにか起こして執事を呼んだ。
 すると執事がメイドと一緒に現れた。信用できる侯爵派の者たちだ。

「旦那様、御無事で何よりでございます。」

 深々と頭を下げる執事とメイド。

「セオが今回の件はセシールではないと。本当か?」

「若様の仰る通りでございます。確かに奥様も犯人を探しているご様子で、旦那様が眠られている間に隙を突いて来ようとする者たちを、しっかりと牽制しておいででした。」

 と、執事。演技の可能性も十分あると思うが。
 メイドも続く。

「実は、パーティーのさなか、使用人の間で見慣れない給仕を見た者がいるという話が出ておりまして、現在、使用人全員が調査対象となっているところでございます。」

「使用人に成りすまし、潜り込んだ者がいるということか。」

「左様でございます。」

 となれば確かにセシールの線は薄くなる。わざわざ毒を盛る使用人を雇うなどしなくても、彼女に付き従う使用人はいくらでもいるからだ。

 そう見せかける為、ということはあるかもしれないが、ここまで皆がセシールではないということであれば、外部の者の線が濃厚なのだろう。
 セシールの言う通り、俺を殺す動機を持つ者はいくらでもいる。

「それからもう1つ、申し上げたいことがございます。」

 執事が神妙な顔つきで言った。メイドも額に汗を滲ませている。

「これはまだ奥様にも知らせていなかったことです。旦那様の症状が軽いということもあり、旦那様がお目覚めになってからお話ししようと思いまして。」

「何だ?」

 そう問えば、執事とメイドが目を合わせて頷き合い、それから俺を真っ直ぐに見た。

「昨日、パーティーの後片付けをしている時のことです。残った料理を隠れてつまみ食いした下働きの者が、死にました。」

「どういうことだ?料理にまで毒が入っていたのか?」

 随分と入念なことだ。

「それが、日程通りに進んでいれば、奥様が食す予定のものだったのです。」

 つまり、セシールも狙われた?
 なぜだ?なぜセシールが狙われる?

 次男でありながら侯爵位を継いだ俺が殺される理由は分かる。
 例えば怨恨。例えば俺の財産を狙う親族の連中。例えばセシールに惚れた男の末路。

 だがセシールを殺して得をする者などいるだろうか。どこかで恨みでも買ったのだろうか。しかしあの愛想の良いセシールが?

 それとも最近掘り当てたセシールの金鉱山が目的か?
 しかし、俺とセシールが死んだところでそれを手に入れるのはセオだろう。やはり無意味だ。

 いや、それよりも、だ。

「なぜこのことをセシールに話していない?!」

 セシールは自分も狙われているなどと考えていない、無防備な状態でいるということだ。

「すぐに知らせて危機に備えさせるべきだろう!」

 病み上がり、いやまだ上がったとは言えないが、とにかく体調不良の割に大きい声が出た為、執事とメイドがびくりと肩を竦ませた。

「も、申し訳ありません。旦那様の判断を仰いでからと思いまして。」

「俺の意識が無かったのにか?侯爵の不在時にウェップ家を守るのは侯爵夫人だ。その夫人にまで危害が及んだらどうするつもりだ!」

 セシールがどんなに俺にとって危険な存在でも、侯爵夫人としては申し分ない、ウェップ家を守れる人材なのだ。

「そ、それは…浅慮でございました!」

「申し訳ありません!」

 床に突っ伏して謝る2人に呆れる。

「今すぐセシールに伝えて来い。それからその下働きが口にした毒と俺の毒が同じであるかも可能な限り調べるんだ。」

 2人を追い出すように退室させると、衝撃を受けたせいか、大きな声を出したせいか、どっと疲れを感じた。
 頭痛も酷くなったように思う。

 重力に任せて体を倒し、ベッドの天蓋をぼうっと眺めながらセシールが狙われた理由を考えていると、いつのまにか再び眠りに落ちていた。


 
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