仮面夫婦の愛息子

daru

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 ノック音が鳴り、肩までの黒髪を片耳にかけた美青年が入室してきた。

 容姿はエドウィンに似たが、にこにこと浮かべる穏やかな笑顔や、滅多に動じることのない強かな性格はわたくし譲りだという自負がある。

「お呼びでしょうか?」

「セオ、こっちにいらっしゃい。」

 隣のスペースをぽんと叩くと、セオは素直に隣に座った。
 いつまでも可愛いわたくしの子。その頭を優しく撫でる。

「まだヒューゴと遊んでいたの?」

「ヒューゴは父に知らせるからって、1度帰りました。伯母はまだ滞在するみたいですけど。」

 なんでだろう?と声には出さずとも表情で語っている。無論、その問いの答えも分かっているに違いない。
 可愛いだけでなく、聡い子だから。

「きっと義弟のことが心配なのね。」

 目を覚ましたらがっかりするだろうが。でも万が一目を覚まさなかったら、エイヴリルはどうするつもりなのだろう。
 セオに矛先を向けるというのなら、ただではおかない。

「母さんは、このまま父さんに眠っていて欲しいですか?」

「そんなことないわ。」

 爵位を持ったまま眠り続けられては困るもの、というのは言わなかった。

 セオは父であるエドウィンのことを嫌っていない。エドウィンにも可愛がられ、大切にされているから。
 用済みのわたくしとは違う。

「ところで、エドウィンにドリンクを渡したのはあなただと聞いたのだけれど、なぜわざわざそんなことを?」

 社交界にあまり関心がなさそうなセオは、パーティーではいつもヒューゴとばかりいた。

「もしかして、僕は容疑者ですか?」

 セオはくすりと楽しそうに笑った。わたくしもつられる。

「ふふ、そんなわけないでしょう。ただ、最後にグラスに触った者として、一応聞かなければならないの。」

「僕ももう19歳です。去年成人もしたし、そろそろ大人として振る舞ってみようと思ったんです。ドリンクを持っていくついでに、父さんのお仲間方を紹介してもらおうと。」

「そんなことを考えていたの?」

 大人っぽく、だなんてまだまだ子供ね。愛しさが胸に溢れた。

「あとヒューゴが、伯父さんがいない間に可愛い子を探すって言って、僕を置いていってしまって。」

「暇していたのね?」

 頷くセオに、そっちが本音?と笑いかけると、セオは恥ずかしそうに、人差し指で頬を掻いた。

「ヒューゴと一緒に女の子を探しに行っても良かったのよ?あなたも人気があるでしょうに。」

「僕はそういうのはいいです。」

「あら、特別な子でもいるの?」

「そういうわけでは…まぁ、そう言えなくもないですが。」

「もしかして片想い?」

「ある意味、そうですね。」

 ある意味?片想いにそれ以外の意味などあるかしら。
 意味深に苦笑するセオは、「準備ができたらお話しますね。」と言って立ち上がった。

 準備とはいったい何の準備なのか。
 気になったが、頭の良いセオのことを信用をして、追求することはしなかった。

 セオは「ああそうだ、僕、お見舞いの花でも摘んできますね。」と下手な言い訳をして、逃げるように戸へ向かった。

 ちょうどその時、再び戸がノックされた。
 すぐ前にいるセオが戸を開ける。

 訪れたのはエイヴリルだった。
 思わぬ客人に表情が引き締まる。

「突然ごめんなさいね、セシール。」

「エイヴリル、昨夜のことは感謝しておりますが、主人の寝室に訪問してくるのは、少し礼儀に欠けているのでは?」

「そのことは謝るわ。けれどあなたがエドウィンにつきっきりだと聞いたから。私も心配しているのよ、セシール。」

「そうでしたか。」

 嘘つき。あなたにとっての不都合はエドウィンが生き延びることでしょう。
 まぁそれは、わたくしにとっても同じなのだけれど。

「セオ、もう行っていいわよ。」

「では、僕は失礼しますね。伯母さん、どうぞお入りください。」

「ありがとう、セオドア。」

 セオと入れ違いにエイヴリルが入ってきて、わたくしの正面に腰を下ろした。
 堂々と振る舞う様子は、やましいことは何もないように見える。エイヴリルはグレーの瞳をちらりとエドウィンに向けてから、恐らく演技のため息を吐いた。

「苦しそうね。容体はどうなの?」

 エイヴリルにはまだ目が覚めていないとしか伝えていなかった。
 生死を彷徨っていると思わせて、動向を見たかったのだ。

「主治医が処方した薬を飲ませて、意識を取り戻すのを待っているところです。熱が続いていて油断はできません。」

 そう、と憂いを見せるエイヴリル。

「セシール、少し話したいことがあるのだけれど。」

「なんでしょうか。」

「気を悪くしないで欲しいのだけれど、すごい話を聞いてしまって。」

 夫の寝室で噂話でもするつもりなのかしら。呆れる。

「公爵閣下、アルバートン・ぺトラ・バスタ様が話していたのを偶然耳にしてしまって、あなたに知らせるか迷ったのだけれど、知っておいた方がいいと思って。」

「公爵様がどうかされましたか?」

「お酒も入っていらっしゃったようだし、冗談だったのかもしれないけれど。」

「鵜呑みにするつもりはありませんので、早く仰ってください。」

 あまりに勿体ぶるのでそう促すと、エイヴリルは一瞬視線を鋭くしたものの、すぐにしおらしく目を伏せ、「分かったわ。」と軽く息を吐いた。

「もし侯爵、つまりエドウィンに何かあった時は、いつでもあなたを後妻、そしてセオドアを養子として迎える準備ができている、と。どこまで本気か分からないけれど、そう話しているのを聞いてしまったの。」

 これは私を揺さぶる策なのかしら。しかし十分にあり得る話だ。

 今回の毒の件には無関係だとは思うのだけれど、とわざとらしく言い淀むエイヴリルを前に、ずしりと頭が重くなった。




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