仮面夫婦の愛息子

daru

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 父の寝室ではさっそく治療が施されていた。

 主治医によれば、病ではなく毒物による症状だと診断し、既に母の指示で騎士たちが調査を始めているらしい。

 父は高熱にうなされてはいるものの、命に別状はないとのことだった。
 その代わりと言ってはなんだが、症状が軽くて少ない為、毒物の特定が難しいらしい。解毒薬を複数処方していた。

 僕は、苦しそうに浅い呼吸を繰り返す父の汗を、額にあった濡れタオルで拭い、濡らし直してから額に戻した。

「すぐ良くなりますよ。しっかりご養生ください、父さん。」

 父の世話をしていた執事とメイドに、もし急変したらすぐ呼ぶようにと伝え、今度は母の部屋へと向かった。

 2人の部屋はそれぞれ離れた位置にある。
 それもそのはず、おしどり夫婦として名高い2人は、普段は顔を合わせることすらしない、仮面夫婦だからだ。

 外面を保っているというだけなら、そんなに珍しくもないだろう。
 問題なのは、互いに命を狙っているということだ。

 邸宅内の使用人まで、侯爵派と夫人派で別れている始末。
 実際に食事に毒を盛るなんてことも何度もあった為、専属シェフまで2人いる。

 バカバカしい事この上ないが、こんな状態がもう10年以上も続いている。

 そして僕は、そんな2人から溺愛されて育ったのだ。

 さて、母のご機嫌はいかがだろうか。

 ノックをして、僕です、と声を掛けると、すぐにドアは開かれた。

 夫人派の執事長とメイドもいた。

 母は花柄の可愛らしいソファに座り、落ち着いた様子でハーブティーを飲んでいた。
 光いっぱいのスイセン畑を連想させる髪をふわりと揺らし、空色の瞳を細めて僕を小手招く。

 とんとんとソファの空いたスペースを示され、その通り母の隣に腰掛けた。

「ご気分はいかがですか?」

「すこぶる良いわ。」

 母は贔屓目なしで見ても美しい。その甘美な声も、男の性を擽るのだろう。
 社交界では人妻ながらも男の視線を独占していた。

 社交界デビュー目前、16歳という若さで父と結婚していなければ、きっと婚姻の申し出が後を絶たなかったに違いない。

 くすくすと嬉しそうに笑う姿を見て、僕も頬が緩んだ。

「見たでしょう?あの苦しそうな顔。笑いを堪えるのが苦しくて、涙まで出てきたわ。」

「ふふ、満足ですか?」

「まさか。あんなもので今までの恨みが帳消しになんかならないわ。」

 母はそう言いながらも、正直スカッとしたけれど、と続けた。

「でも、まぁ、死ななくて良かったわ。」

 これは意外な言葉だった。
 母、セシール・ウェップは本気で父の死を望んでいた。そうして早く僕に跡を継がせて、ウェップ家を乗っ取ろろうとしていたのだ。
 僕が去年、成人してしまったので、当主代理になる計画は頓挫してしまったけれど。

 ともかく父の死は、母の利だった。

 なんだかんだ情が湧いたのだろうか。そう思ったがすぐに違うと分かった。

「これは、わたくし以外に彼が死んで得をする人間がいるということだもの。」

 そういうことか。

「たくさんいるでしょうね。」

 親戚の中にもいるくらいだ。

「そうね。でも、誰が何の目的でやったのかを探らなければ。わたくしたちにとって損なことでは困るもの。」

 わたくしたち、と言うが、僕は別に父の死を望んではいない。
 父の愛も受けているし、母のような野望も無い。

「そういえば、パーティーの後始末を押し付けてしまってごめんなさいね。いつもフォローしてくれて、本当に助かるわ。」

 母は僕の頬を撫でた。

「それは当然のことなので大丈夫ですが。」

 すみません、と謝ると、母は小首を傾げた。

「今日は伯母が任せろというので、一任してしまいました。」

「そう、じゃあ、エイヴリルがまだいるの?」

 すうっと母の目が冷えていくのが分かる。

「はい。ヒューゴの分と、3階西の2部屋を用意させました。」

 警戒するのも当然だ。伯母は父の死を喜ぶ者の筆頭だから。
 しかし母はそうとは言わず、僕の頭を撫でた。

「ヒューゴもいるのね。じゃあ今日は夜更しする気ね?」

 バレましたか、と笑うと、母もふふと笑った。

「お酒を飲み過ぎないように気をつけて。」

 素直に「はい。」と返事をしておく。

 僕にはどこまでも甘い母が、それだけではない人だということを知っている。
 きっと母は、伯母を警戒するように、ヒューゴのことも警戒しているのだろう。

「ではそろそろ失礼しますね。母さんもゆっくり休んでください。」

 お休みなさいと微笑む母の頬にキスをして、部屋を出た。

 その後は母に言い当てられた通り、ヒューゴと酒を嗜みながら夜更かしをした。
 撞球室で玉を撞き、互いの家の愚痴をこぼし、今後のことを話し合った。

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