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一章 聖女追放の日
9 追憶 中《クロード視点》
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程なくして先代の聖女が息を引き取り、クレアがその後を継ぐ事になった。
そして予想通り、クレアの聖女としての資質は先代達よりも劣る。
王都内にはこれまで一匹たりとも侵入してくる事の無かった魔物が稀に入り込むようになり、王都内で全く沸いて来る事の無かった瘴気が稀に小規模で沸いてくる。
……それはこの国にとって異常な事態であった。
だけど最も異常なのは、そういう事態で露呈したこの国の国民の人間性だとクロードは思う。
「……ッ」
私用で王都内を歩いていた時、それらは耳に届く。
これまで無関心だった馬鹿達が、ようやく聖女という存在に関心を持ち始めた。
これまでずっと関心を持たれない事がおかしいと思っていたクロードにとって、必死に頑張っている聖女が。
クレアが注目を浴びることは良い事の筈だった。
その筈だったのに……聴こえてくるのは非難の声だけだった。
クレアを擁護する声はただの一つもなく、これまで保たれていた平穏が僅かに崩れたことにする非難。
手抜き。
いい加減。
力不足。
無能。
そんな声ばかりが耳に届く。
クレアという少女は、必死になって頑張っているのに。
その自分達の言う手抜きでいい加減で力不足な無能が、必死になって守ってくれているのに。
その事実に感謝する所か向けられるのは真逆の感情。
……もう彼らは聖女とはなんの関係もない無関心な人間ではなく、聖女の明確な敵だと、クロードはそう感じた。
感じざるを得ない程、酷い有様だった。
だからこの国に彼女の味方はいない。
……まだ家族が居れば話は別だったかもしれないが、彼女の両親はどうやら早くに亡くなっているらしく、彼女を引き取った祖母とも仲が悪かったらしい。
だから本当に……誰もいない。
自分以外は誰もいてくれない。
そんな現状を、クロードには変えられなかった。
クロード程度の若造に変えられる事など、そもそも何も無かった。
彼がクレアにしてやれたのは執事としての通常通りの執務。
そして……。
「ねえクロード……私、頑張ってるよね」
「ええ。聖女様は頑張ってますよ。他の誰が何を言おうと、俺だけは知ってますから」
……聖女になってから、ずっと顔色が良くないクレアの愚痴を聞いてあげる位だった。
愚痴を聞いて本心を返すような、そんな事位だった。
……本当に、クレアはやれる事全てを身を削ってやっている。
聖女になってからは頻繁に体調を壊す。睡眠もまともに取れていない。
そんな状態で聖結界を維持して、自身の聖結界でカバーしきれず沸いてきた瘴気を修祓する為に走り回る。
……それがどれだけ過酷な事かを誰も正しく認識していない。
どこまで行っても認識できるのは自分だけ。
自分のような無力な人間しか味方してやれない。
だからせめて、それが直接的な助けにならなくても良い。
無力な自分から脱却する。
その決意だけはしっかりと固めた。
周りに敵しかいない。
いつ何時、彼女にどうしようもないような理不尽が降りかかるかは分からない。
だからその時。せめてその何かからは守ってあげられるように。
全力で、己を鍛える事にした。
執事は主の最も近くで主の為に働く存在だ。
つまり何らかの有事の際、執事は主の最後の砦となる。
ましてやそれが国防の要となる聖女の執事ともなれば、実質的に国家の最終防衛ラインと言っても差し支えない。
他の人間はどう考えているかは分からないが、少なくともクロードは父からそう学んだ。
故にクロードは執事として最低限求められる戦闘技能よりも高い力を就任前に身に着けていた。
だけどそれでもまだ足りない。
まだこの状況下ではクロード・エルメルドという人間はあまりに無力である。
四方八方敵しかいないこの状況では。
クレアの耳に届いていなければいいが、クレアが魔物を引き入れていると考えている者ですらいるこの状況では。
どこまでも、あまりにも無力だ。
だから強くなろうと思った。
唯一信頼できる相手となった病に倒れた父からは、愚痴を聞いてもらいながらも教えられるだけの事を教えて貰い、そして背中を押して貰って。
もう頭を下げたくなくなった相手にも頭を下げて身に着けられる事を全部身に着けて。
残りは空いた時間を費やし、それらを可能な限り磨き上げ続けた。
「だ、大丈夫? クロード、最近凄い疲れた顔してない?」
自身の方が何倍も疲れている筈なのに、こちらを心配してくれるような女の子を守る為に。
「お気遣いありがとうございます。でも俺は大丈夫ですよ」
クレアの為ならいくらでも虚勢を張れた。
いくらでも頑張れると思った。
当然使命感もある。
元より聖女を支えるという強い気持ちでこの仕事を引き継いだ。
皆が支える事を放棄し蹴落とすような真似ばかりする中で、せめて自分だけは支えなければならない。
守らなければならないという使命感もあった。
だけどそれだけで頑張り続ける事ができる程、クロード・エルメルドという人間は強くない。
多分それだけならば、この碌でもない状況のどこかで折れている。
だからそれだけじゃない。
クロード・エルメルドは頑張る人間が好きである。
クロード・エルメルドは頑張っている誰かの他者の足を引っ張る人間が嫌いである。
いつ投げ出して、逃げ出してもおかしくないような状況で頑張り続けるクレアが居て。
周囲にはその足を引っ張る人間しかいなくて。
そうなれば湧いてくるこの感情はどこか必然的なものだと思う。
そして……そもそもこんな歪な噛み合わせが起きなければ人間にそんな感情が湧いてこないのかといえば決してそうではなくて。
そりなりの時間を彼女と過ごした。
その時間がクロードにとって楽しい時間であった。
きっと本来はそれだけで十分な筈だったから。
だから聖女の執事としてどこかで心が折れるような事があっても。
クレア・リンクスという女の子に仕える執事としてなら、もう少し先まで走れるような、そんな気がした。
だから頑張るクレアの隣で、頑張り続ける事が出来た。
そしてそれからも、彼女を取り巻く環境は何も変わらなかった。
少しでも良くなることも、これ以上悪くなる事も無い。
結果的にクロードの手にした力が活用される事の無いような、そういう時間が流れて。
そしてある日の事だった。
ルドルク王国に、新しい聖女がやってきたのは。
そして予想通り、クレアの聖女としての資質は先代達よりも劣る。
王都内にはこれまで一匹たりとも侵入してくる事の無かった魔物が稀に入り込むようになり、王都内で全く沸いて来る事の無かった瘴気が稀に小規模で沸いてくる。
……それはこの国にとって異常な事態であった。
だけど最も異常なのは、そういう事態で露呈したこの国の国民の人間性だとクロードは思う。
「……ッ」
私用で王都内を歩いていた時、それらは耳に届く。
これまで無関心だった馬鹿達が、ようやく聖女という存在に関心を持ち始めた。
これまでずっと関心を持たれない事がおかしいと思っていたクロードにとって、必死に頑張っている聖女が。
クレアが注目を浴びることは良い事の筈だった。
その筈だったのに……聴こえてくるのは非難の声だけだった。
クレアを擁護する声はただの一つもなく、これまで保たれていた平穏が僅かに崩れたことにする非難。
手抜き。
いい加減。
力不足。
無能。
そんな声ばかりが耳に届く。
クレアという少女は、必死になって頑張っているのに。
その自分達の言う手抜きでいい加減で力不足な無能が、必死になって守ってくれているのに。
その事実に感謝する所か向けられるのは真逆の感情。
……もう彼らは聖女とはなんの関係もない無関心な人間ではなく、聖女の明確な敵だと、クロードはそう感じた。
感じざるを得ない程、酷い有様だった。
だからこの国に彼女の味方はいない。
……まだ家族が居れば話は別だったかもしれないが、彼女の両親はどうやら早くに亡くなっているらしく、彼女を引き取った祖母とも仲が悪かったらしい。
だから本当に……誰もいない。
自分以外は誰もいてくれない。
そんな現状を、クロードには変えられなかった。
クロード程度の若造に変えられる事など、そもそも何も無かった。
彼がクレアにしてやれたのは執事としての通常通りの執務。
そして……。
「ねえクロード……私、頑張ってるよね」
「ええ。聖女様は頑張ってますよ。他の誰が何を言おうと、俺だけは知ってますから」
……聖女になってから、ずっと顔色が良くないクレアの愚痴を聞いてあげる位だった。
愚痴を聞いて本心を返すような、そんな事位だった。
……本当に、クレアはやれる事全てを身を削ってやっている。
聖女になってからは頻繁に体調を壊す。睡眠もまともに取れていない。
そんな状態で聖結界を維持して、自身の聖結界でカバーしきれず沸いてきた瘴気を修祓する為に走り回る。
……それがどれだけ過酷な事かを誰も正しく認識していない。
どこまで行っても認識できるのは自分だけ。
自分のような無力な人間しか味方してやれない。
だからせめて、それが直接的な助けにならなくても良い。
無力な自分から脱却する。
その決意だけはしっかりと固めた。
周りに敵しかいない。
いつ何時、彼女にどうしようもないような理不尽が降りかかるかは分からない。
だからその時。せめてその何かからは守ってあげられるように。
全力で、己を鍛える事にした。
執事は主の最も近くで主の為に働く存在だ。
つまり何らかの有事の際、執事は主の最後の砦となる。
ましてやそれが国防の要となる聖女の執事ともなれば、実質的に国家の最終防衛ラインと言っても差し支えない。
他の人間はどう考えているかは分からないが、少なくともクロードは父からそう学んだ。
故にクロードは執事として最低限求められる戦闘技能よりも高い力を就任前に身に着けていた。
だけどそれでもまだ足りない。
まだこの状況下ではクロード・エルメルドという人間はあまりに無力である。
四方八方敵しかいないこの状況では。
クレアの耳に届いていなければいいが、クレアが魔物を引き入れていると考えている者ですらいるこの状況では。
どこまでも、あまりにも無力だ。
だから強くなろうと思った。
唯一信頼できる相手となった病に倒れた父からは、愚痴を聞いてもらいながらも教えられるだけの事を教えて貰い、そして背中を押して貰って。
もう頭を下げたくなくなった相手にも頭を下げて身に着けられる事を全部身に着けて。
残りは空いた時間を費やし、それらを可能な限り磨き上げ続けた。
「だ、大丈夫? クロード、最近凄い疲れた顔してない?」
自身の方が何倍も疲れている筈なのに、こちらを心配してくれるような女の子を守る為に。
「お気遣いありがとうございます。でも俺は大丈夫ですよ」
クレアの為ならいくらでも虚勢を張れた。
いくらでも頑張れると思った。
当然使命感もある。
元より聖女を支えるという強い気持ちでこの仕事を引き継いだ。
皆が支える事を放棄し蹴落とすような真似ばかりする中で、せめて自分だけは支えなければならない。
守らなければならないという使命感もあった。
だけどそれだけで頑張り続ける事ができる程、クロード・エルメルドという人間は強くない。
多分それだけならば、この碌でもない状況のどこかで折れている。
だからそれだけじゃない。
クロード・エルメルドは頑張る人間が好きである。
クロード・エルメルドは頑張っている誰かの他者の足を引っ張る人間が嫌いである。
いつ投げ出して、逃げ出してもおかしくないような状況で頑張り続けるクレアが居て。
周囲にはその足を引っ張る人間しかいなくて。
そうなれば湧いてくるこの感情はどこか必然的なものだと思う。
そして……そもそもこんな歪な噛み合わせが起きなければ人間にそんな感情が湧いてこないのかといえば決してそうではなくて。
そりなりの時間を彼女と過ごした。
その時間がクロードにとって楽しい時間であった。
きっと本来はそれだけで十分な筈だったから。
だから聖女の執事としてどこかで心が折れるような事があっても。
クレア・リンクスという女の子に仕える執事としてなら、もう少し先まで走れるような、そんな気がした。
だから頑張るクレアの隣で、頑張り続ける事が出来た。
そしてそれからも、彼女を取り巻く環境は何も変わらなかった。
少しでも良くなることも、これ以上悪くなる事も無い。
結果的にクロードの手にした力が活用される事の無いような、そういう時間が流れて。
そしてある日の事だった。
ルドルク王国に、新しい聖女がやってきたのは。
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