上 下
1 / 20
一章 聖女追放の日

1 聖女追放

しおりを挟む
「クレア・リンクス。お前は今日を以て聖女の任を解き、国外追放とする!」

「……え?」

 16歳の誕生日のこの日、国王様から急な呼び出しが掛かったかと思えば、突然そんな滅茶苦茶な事を告げられた。
 そして滅茶苦茶なのは国王の言葉だけではない。

 国王様。
 その隣に立つ大臣。
 近衛兵。

 彼ら全ての視線が、まるで罪人を見るように重く鋭い。
 そこにあるのは純粋な敵意だ。

「あの……私、何かやってしまったんでしょうか?」

 向けられた敵意の意味を知りたくて、私は恐る恐る国王様にそう問い掛けた。

 本当に、何も身に覚えがない。
 私はこれまでやれるだけの事をやってきた筈だ。

 王都に魔物が入って来ないように聖結界を張り、同時にその効力により瘴気を除去。
 そんな結界を四六時中維持し続ける。

 そうやって慢性的な疲労を抱えながらもこの国を守ってきた筈だった。
 これまで頑張ってきた筈だった。
 だけど国王様は言い放つ。

「何もやっていないのが問題なんだ! お前が我がルドルク王国の聖女になってからというもの、王都内には魔物が侵入し瘴気も湧く! この百年長らく起きなかったそうした厄災が立て続けに起きる! それはお前が無能だからに他ならない!」

「……ッ!」

 王様の言葉に思わず声にならない声が溢れ出す。
 反論したくてしたくてたまらなかった。

 ……確かに私は無能だ。
 今まで立派に聖女としての使命を全うしてきた先代達と比べれば、まず間違いなく無能だ。

 だけど……果たして私はそんな風に非難される程、何もできていなかったのだろうか?
 ……結果的に理想には届いていないという事実を棚に上げているのは分かっていても、強く言ってやりたい。

 それは先代達が異常な程に有能過ぎただけなのだと。
 皆が異常な程に完璧な事を、当たり前だと思っているのだと。

 ああ、そうだ。先代の皆さんが異常なんだ。

 たった一人で強固な聖結界を完璧に維持し、一匹の魔物の侵入も許さず、王都内の全ての土地からは僅かな瘴気も湧かなかった。
 私の前にこの国の聖女を務めた人達は皆、そんな人外染みた力を持っていた。

 だからそんな人達と比べたら月に一、二匹のペースで魔物の侵入を許し、微かに湧いた瘴気を浄化する為に走りまわっているような私は無能なのだろう。
 それでも……一人で被害をそれだけに収めているという事は、そんな風に罵られなければならない程に酷い成果だったのだろうか?

 こんな考えはただ自分に甘いだけなのかもしれないけど……それでも。

 少しぐらいは。ほんの少しくらいは感謝されたっていい筈だ。

 此処に居る誰か一人でもいい。
 ありがとうの言葉一つ位、掛けてくれたっていい筈だ。

 ……だけど頑張った結果がこれなら、もういい。

「……分かりました。荷物を纏めてこの国から出ていきます」

 反論してもどうせ何も変わらない。
 その程度で変わるのならば、今こんな事になっていない。

 だから大人しく、この国から出ていく事にした。

 ……だけど私が目の前の人達のように、どうしようもない人間でありたくないから。
 せめて自分が居なくなったらどうなるのかだけは、伝えておくことにした。

「ですが私を追放すれば聖結界は消えてなくなります。そうすればより多くの魔物が侵入し、いたる所から瘴気が湧くでしょう。どうか早急に対策だけはお考え下さい」
 
「ふん! お前の様な無能に言われずとも手は打っておるわ。おい、入って良いぞ」

 王様がそう言うと、謁見の間に一人の女性が入ってきて、私の隣を横切っていく。
 とても綺麗で大人っぽくて。
 そしてどこか怪しい……そんな女性。

 彼女は王様に一礼した後、その隣に立つ。
 そんな彼女に王様は視線を向けた後、私に言った。

「彼女がこの国の新しい聖女だ。彼女は優秀だぞ。このままお前にこの国の聖女を任せていたらどうなるかを、懇切丁寧に教えてくれたし聖魔術の腕前もお前よりも遥かに上。お前のような無能に心配されずとも、これで我が国は安泰だ」

「……」

 そうだろうか。
 具体的にどうとは言えないけれど……国王様の隣で笑みを浮かべているその女性からは何だか嫌な気配を感じた。
 直感が、彼女だけは駄目だと必死に訴えていた。

 ……それでも。
 そんな事を私が言っても誰も聞く耳を持たないだろうから。

「分かったら早く我の前から消えろ無能! お前の顔などもう見たくはない!」

 その言葉通り、もう消えようと思う。

「……そうですか」

 そう言って私は踵を返す。

「今までお世話になりました」

 そうして私は謁見の間を後にした。

 謁見の間を出るまでに小声で話す近衛兵の声が聞こえてきたが、その声の主に至っては私がこの国に厄災を招き入れていると思っているらしい。
 ……いや、その近衛兵だけじゃない。
 きっとこの場に居る全員が、そんな事を考えているのだろう。

 国外追放処分で、命までは奪わない。
 そうして温情を掛けたつもりなのだろう。

 だからもう、知らない。
 恐らくこの国には厄災が招き入れられる。
 新しい聖女の顔と共にそんな予感が浮かび上がってくるけれど。

 ……もう、知らない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

処理中です...