人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

ex 二対一

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 目の前の敵と自身の間には、絶望的な程に高い壁が存在する。
 分かっていた筈だ。
 理解していた筈だ。

「……ッ」

 それでも実際に相対すると、改めて絶望感を叩きつけられる。

(……参ったな。本当に手も足も出ない)

 消えかける意識をなんとか繋ぎ止めながら、床に伏せていたレベッカはゆっくりと立ち上がる。
 視界の先には未だ無傷で余裕の表情を浮かべる悪魔が立っている。

 ……こちらのあらゆる攻撃が通用しない。
 基礎的な出力も上を行かれて、近接戦闘の技量も向うの方が上手。
 重力を重くしても気休め程度にしかならず、重力方向の変動も汗一つ無く対応してくる。

 そしてこれだけの実力差を付けられて、まだ実力の底が見えてこない。
 ……そして多分それを見る事も無い。

 ただでさえ歯が立たないのに、右の足首をあまり良くない形で痛めた。
 立つ事は出来る。歯を食いしばればある程度動けるだろう。
 だけど普段のように戦う事はもうできない。

「じゃあひとまずこれでお別れだね。続きは全部終わってキミが目を覚ましてからにしようか」

 そう言ったルミアの周囲に精霊術により作り出された球体。
 エイジとエルを逃がしてから既に一度見た攻撃。
 高速にして高出力。壁に跳ね返り軌道を変え、ルミアの任意のタイミングで炸裂させる事ができる。
 ……そしてそれを辛うじて掻い潜っても、隙だらけになったその先に次の攻撃が飛んでくる。

 ……故にその後、自分の意識が此処に残っている自信は無い。
 もうその最初の一撃を辛うじて掻い潜る事もままならない。
 だから……ここまで。

「せーの!」

 そんなあまりに軽い掛け声と共に精霊術が射出される。
 超高速の球体の群。

(……くそ)

 無駄だと分かっていてもレベッカは回避の態勢を取った。

 ……その時だった。

「……ッ!?」

 自身に迫っていた精霊術の球体が不自然な動きを見せ、全ての球体がレベッカを避けるように軌道が変わり……壁に衝突し乱反射した全ての球体がルミアに向けて跳ね返っていく。

「……ッ!?」

 その現象にルミアが驚愕の表情を浮かべる。
 そして次の瞬間、球体が全て同時に炸裂する。

「な、何が……」

 目の前で起きた事を、ただ呆然と眺めていたレベッカは思わずそう呟いた。
 呟きながら考える。
 今まで自分が戦ってきた相手がそんな間抜けなミスをするとは思えなくて、だから何かイレギュラーが起きたと考えるのが妥当で。
 ではそのイレギュラーとは一体何なのか。

「無事かレベッカ!」

 突然背後から聞こえた第三者の声に反応し振り向く。
 振り向いた先に居たのは白髪の人間の少年だった。
 左腕に義手を装着し、右手に白い刻印を刻んだシオン・クロウリーがそこに居た。

(……そっか)

 全部理解した。
 今自分が誰に助けられたのかも。
 シオンの右手の白い刻印の事も。
 左腕の義手の正体も。

(今度はうまく……いったんだ)

 彼の左腕を奪った自分には契約を結ぶ事は出来なかった。
 その資格が自分には無かった。
 だけど顔も名前も知らない、シオンが救いたかった誰かにはあった。
 そして……その誰かはちゃんとシオンの事を受け入れてくれたのだろう。

 その事には少し悔しい思いもあるけれど、安堵できるし祝福できる。

 ……今、視界の先のシオンが、どこか憑き物が落ちた顔を浮かべている。
 だから、それでいい。

「……うん、ウチは大丈夫」

 こちらに歩み寄ってきて隣に立つシオンにレベッカはそう答え、そして言う。

「でも今エイジとエルが大丈夫じゃない。多分今、ウチらが撒いた連中と戦ってる」

「……それはマズいな」

 そう言ったシオンは一拍空けてから言う。

「……正直今の状態のキミに頼むのは酷な事は重々承知だ。だけど頼む……エイジ君達の加勢に行って貰えないか?」

 そう言ってシオンはレベッカの前に立つ。

「今のでルミアを倒せている訳が無い。だけど……極力すぐに片付けて僕も加勢に行く」

「ちょ、ちょっと待って! 一人であの化物と戦うつもり!?」

「一人じゃない」

 そう言ってシオンは義手の手を握る。

「ボク一人じゃルミアには勝てない。だけどこの子と二人ならきっと勝てるさ……負けてたまるか」

 その言葉に虚勢は感じられない。
 本気であの化物に勝つつもりでいる。

「さ、行ってくれ。僕たちは運命共同体だ。誰一人欠ける事無く此処を出るぞ!」

「……わ、分かった!」

 シオン一人……いや、二人にだけにルミアの相手をさせる事に不安はあった。
 だけど此処に自分が居てもまず間違いなく足手纏いで。

 そして……今の様子を見てると、きっと大丈夫だろうと思う事ができた。

 だから……シオンの事は、彼の左腕の精霊に任せた。

 そしてレベッカは通路の方目掛けて落下する。
 自分がエイジ達の元へ行った所でどれだけの戦力になるのかは分からない。

 だけどそれでも、今此処に居る全員でこの地獄を脱出する為に。
 やれる事を全力でやる。

 それだけを考えて拳を握りしめた。
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