人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

78 倒す力、殺す力

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 誰かを殺そうとしてエルを刀に変えたのは初めての経験だった。
 だから初めて踏み込んだその領域に、一体何があるのかを俺は知らなくて。
 何かがある事すらも気付けなくて。


 だけど踏み込んだ今、そこに力がある事に気付いた。


 エルと契約を交わして初めての戦いで手に触れて、そこでエルを剣にする精霊術が浮かんできた。
 この世界から地球へと飛ぶあの場所で、そうする為の精霊術が浮かんできた。

 そういう風に精霊術には時が来て初めて使えるようになる類の物が存在する。

 エルを剣にして戦う時、自分の正しさを貫き通すための、敵を倒す為の力を手にした。
 エルを天野から守る時、せめて手の届く範囲だけでも守る事ができるように、風の防壁という守りの力を手にした。

 そういう風に何かの拍子で、武器化したエルは姿形も与えてくれる力も変える。

 では、今は。
 それらを踏まえて今は。

「……」

 姿形は変わらない。
 手の届く範囲にだけ届くような、美しい美術品の様な日本刀。
 だけど思考の海に浮かんでいる。

 倒す力もある。
 守る力もある。
 それらに不純物が混じるように……殺す力が。

 目の前のサイコパスを殺害する為の力が此処に。

「うわ、どういう感情その表情。こわっ」

「……」

 言葉はいらない。
 目の前の敵を見据えろ。
 刀を振るえ。

「うわッ!」

 その場で刀を振るい吹き荒れる。
 激しく強い暴風が。
 殺傷能力を有した無数の風の刃が内包された暴風の刃が。

 少なくとも躱しきれない。
 無傷で逃がすような事があってたまるか。

「ヤバイヤバイヤバイ! これ完全に殺す気の奴じゃん! ひゃー!」

 そう言ってルミアは自身の周囲に無数の細かな結界を展開する。
 展開して、こちらの暴風の刃全てに対応してくる。
 文字通り……全てに。

「……は?」
 
 ……こちらの攻撃の本質を一瞬で見抜かれている。
 攻撃範囲が広く手数もあり、当たりさえすればその切断能力でダメージを与えられる。
 代わりに一撃性は斬撃はおろか、接近しての剣撃にも劣る。俺が放てる中でも最弱の一撃。
 だけどそれでも、生半可な結界では一発で削り切り刃を到達させ、辛うじて人体に届かせる事ができるだけの威力はある。
 これが直観的に分かるこの技の本質。
 それを少し見ただけで完璧に見抜いた。
 それは理解できる。
 見抜くだろう。天才なら。
 シオンにはきっとそれができるし、畑違いかもしれないが天野や誠一の兄貴にだって多分その本質は見抜かれる。

 だけど……目の前の光景は冗談でも見せられているようだった。
 不規則に高速で迫りくる刃に、的確に強度を上げた細かな結界を出し続ける。
 出し続け、その全てを相殺する。

 結界を細かくしたという事は、ルミアの結界の強度そのものは特出した物ではない筈だ。
 故に出されたのは的確に見抜いた上で、出せる最適解。
 空上の机論のような最適解。
 それを目の前で、わざとらしい焦った表情を浮かべたルミアが実施している。

 最低限のダメージを与えるつもりで放った一撃が、そんな冗談みたいなやり方で掻き消されていく。

 ……それでも。動きを止めるな。
 自分が目の前の相手より技術的に劣っている事は最初から分かっている。
 そこで一々圧倒されるな。

 まだこちらの攻撃は終わっていない。

 元より今の一撃で高出力の霊装を使う相手を殺しきれるとは思っていない。
 結界のリソースも集中力も散らした。
 そしてあと数秒、暴風の刃の効力は続く。
 だとすればそこに次を叩き込むんだ。

 接近して、剣撃による本命の一撃を。
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