人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

ex 悪魔の遊戯

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 ルミアが正面に左手を突き出すと同時に、彼女の周囲に十数個の光の球体が出現する。
 間違いなく一つ一つが高い殺傷能力を持っているであろう精霊術。

「よし、私もエルちゃんの初手に見習って、逃げ場を無くすような攻撃で行ってみようか」

「……ッ」

「一応言っておくけど、これ当たっても死なないからその辺安心してね。まあ死ぬ程痛いとは思うけどさ」

 そう言ってルミアが笑みを浮かべた瞬間、周囲の球体が射出される。
 エルに向けてだけではなく、四方八方に向けて。エルの風の槍よりも早い弾速で。

「……ッ!?」

 その高速の球体を身を反らす事で回避する。
 だが瞬間、視界の端でデタラメな方角に向けて射出されていた球体が、壁でバウンドして跳ね返って来た。
 ……だけど。

(……躱せる)

 四方八方。その全てから迫ってくる球体の動きは、空気の……風の乱れで感じ取れる。
 実質的に360度。全ての攻撃を察知する目をエルは持っている。
 そして……そうして得た情報を回避に繋げられるだけの直感、反射神経や出力がエルにはある。
 バーストモードに入ったエルになら、それが可能だ。

 そして研ぎ澄まされた直感で感じ取った。
 ……目の前の強者の攻撃がこの程度で済む訳がないという事を。
 ……今この瞬間にかわした球体周辺から感じられる空気の流れから、ほんの少しだけ違和感がするという事を。

 直後、過ぎ去った球体の方角に結界を展開する。
 結界に風を纏わせるのも間に合わない。そんな一瞬。
 エルは球体の方へ向いて後方へ飛び、腕を交差させて衝撃に備える。

 次の瞬間、球体が炸裂。

「……ッ!?」

 結界を叩き割って激しい衝撃波が降りかかる。
 降りかかって、その一撃で左腕の骨が軋む。
 へし折られる。
 そしてそのまま勢いよく床をバウンドして壁に叩き付けられた。

「ガ……ッ!?」

 背中を叩き付けられて鈍い声が絞り出た。
 息が出来ない。それが思考の混乱に拍車を掛ける。
 それでもただそこで倒れているわけにはいかない。
 今の攻撃は辛うじてこの程度で済んだ。

 そしてそれが済んでも……次が来る。

「次いくよー!」

 そんな軽い掛け声と共に、離れた所でルミアが槍を振り払う。
 すると視界の端から可視できる斬撃が、凪ぎ払うようにエルの元へと飛んでくる。

(上に飛んで……いや違うッ!)

 エルは右手の平に瞬時に風の塊を形成して破裂させ、斬撃の方角に向かって跳ぶ。

 斬撃から風の動きを感じられない。
 おそらくそこに質量が無い。
 故にブラフ。
 本命は槍を振るった直後に正面から迫っていた不可視の衝撃波。

 そう判断して斬撃の残像の方に飛び込んだ。
 だが次の瞬間だ。

(……ッ!?)

 突然残像だった筈の斬撃が質量を持ち始めた。

 だが今更気付いた所でどうにもできない。

 追突。
 飛び込んだ勢いを上乗せした衝撃と共に、エルの体がくの字に折れ曲がる。
 そして再び勢いよく地面に叩きつけられバウンドし、壁へと叩きつけられ、地面へと倒れ込んだ。

「が……ぅ……ぁ……ッ」

 全身が激痛で悲鳴を上げている。
 体が重い、瞼が重い。少しでも気を抜いたら意識が飛びそうだ。
 ……だけど、腕以外の四肢は無事。
 全身いくつかの骨は折れていて、全身に打撲を負っているがそれでも体はなんとか動くし意識もまだ此処にある。

(……立たないと)

 追撃は無い。
 恐らくあえて放たれていない。
 こちらの反応を待っている。

(……どうする)

 荒い息を必死に整えながら、なんとか体を起こして正面を見据える。

「いやーエルちゃん自分から攻撃に辺りに行くとか、正直馬鹿なんじゃないの? もしくはドMさんだったりするのかなー。いやーだとしたら理解不能だね」

「……」

「というかすっごいね。今のでまだ普通に立ってくるんだー。いやいや……これは早速回復術で起こしに行かないと駄目かなーって考えてた所なんだよ」

 そんな事を涼しい顔で言うルミアは、これでもまだ全く底を見せているようには見えない。
 これよりも強く鋭い攻撃を容易く出せるような、出せて当然のような、そんな雰囲気と直感を感じる。
 まだこちらもやれる事の全てをぶつけた訳ではない。
 だけど論理的にも直観的にも、向こうが一枚も二枚も上手な事は理解できて。
 だとすれば自然と思考は倒す事からズレていく。

(……なんとか、この部屋から逃げる。そうすれば)

 ひとまず目の前の相手から逃げる。
 そういう考えに思考が向き始める。
 ……何しろ無事逃げさえすれば合流だってできるのだ。

(……逃げるのは隙を生む。多分そこを突かれる。それでも……エイジさんと合流すれば)

 簡単な事では無いだろう。
 逃げる事は隙を生む。
 それ故に致命的な事態を起こしかねない。
 だけどそれでも……合流さえすれば。
 そこまで考えて。

 ……そこで思考が止まった。

(合流して……それからどうするつもりなの?)

 最初、ぼんやりとエイジと合流さえすれば状況が好転する気がした。
 だけど分かる。今の研ぎ澄まされた感覚ならより強く理解できる。

 ……合流しても、何も変わらない。
 変わらないところが、事態が悪化するのではないかという事を。

「……ッ」

 これまで自分達が陥った窮地の中で、最初は分断されていても合流して切り抜けてきた物がいくつもある。

 アルダリアスの地下。
 精霊加工工場。
 精霊狩りの業者。

 自分達一人だけでは大した力を使えなくても、エイジが自分を武器に変える事により事態を大きく好転させた。させてきた。
 これまで何度も、そういう事があった。

 では今回は?

 果たしてエイジが自分を武器に変えたとして、目の前の頭のおかしい女に太刀打ちできるだろうか?
 寧ろ……寧ろ。
 こんな事は本人の前では言えない。あまり良い反応はしないだろうから言えない。言うつもりはない。

 だけど現実的に……自分を武器に変えたエイジよりも、今のバーストモードに入った自分の方が強い。
 単純な出力だけでいえば多分武器になった自分を手にしたエイジの方が僅かに上。だけどそれ以外は……ン多分今の自分の方が勝っている。

 つまり事態は何も好転しない。
 それどころか。

 ……今の心がずっと弱っているエイジに、とにかく相手の神経を逆撫でしてくるような人間性的に最悪な相手をぶつける事になる。
 一体どんな形でトラウマを抉られるような事になるかも分からない。

 最悪だ。とにかく……最悪なのだ。

 だとすれば。

「……めだ」

 それだけは。

「それは駄目だ!」

 周囲に風の槍を展開する。

 勝たなければならない。
 此処で自分が目の前のサイコパスの息の根を止めないといけない。
 それが叶わなくても……エイジにバトンタッチできるように、やれるだけの事をやらないといけない。

 エイジと生きて此処を出る為に。

 今此処で逃げる訳にはいかない。

「うーん、なんか元気が戻った感じだね」

 そう言うルミアの周囲にも精霊術が展開する。
 数種類の何だか良く分からない精霊術が、エルの風の槍の数倍の規模で。

「よーし。じゃあ私ももっと頑張っちゃうぞー」

 そして再開する。



 勝ち目の無い戦いが。
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