人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
上 下
399 / 431
七章 白と黒の追跡者

76 盤上整理

しおりを挟む
「シオンそっち一人頼む!」

「分かった!」

 俺とロングソードの男の間に割って入ってきたシオンに片割は任せ、目の前のハンマーを持つ男に全神経を集中させる。
 させなければ切り抜けられない。

「……ッ!」

 男の振り下ろしてきたハンマーを辛うじて躱す。だが今までと違って容易に反撃へと移れない。
 隙が少なくそして……攻撃がそこで終わらない。

「ッ!」

 足元から突き上げるように、衝撃波が全身に叩き付けられた。
 まるで地面に叩き付けられたハンマーの衝撃がそのまま床から跳ね返って来たように。
 だが左程威力は無い。精々が全身に激痛が走る程度。
 耐えられる。大丈夫だ。
 だけど衝撃で体が浮いた。

「……ッ!?」

 そして僅かな隙も殆ど見せず、ハンマーを高速で男は振り払う……だけど。
 殆どだ。全く隙が無いわけじゃない。
 そして……それを隙だと認識できている時点で、勝機は十分にある。

 瞬時に左手を頭上に向けて風を噴出し、宙に浮いていた体を床スレスレの低い体制へと落とす。
 そして頭上をハンマーが通過した瞬間、風で体勢を整え低い重心のまま男の腹部に右ストレートを叩き込んだ。
 それで男の動きが僅かに止まった。
 それを認識した……次の瞬間だった。

「……ッ!?」

 突然視界に映る、ハンマーを持った男以外の全ての光景が変貌を遂げた。
 戦いの喧騒は無く、シオンもレベッカも他の敵だって見えない。
 否、見えないのではなく……いない。

 ……そして。

「が……あ……」

 白衣の男の口から血反吐が溢れだした。
 俺の拳の影響……なのかどうかは分からない。
 ただ完全に動きの止まった男は吐血だけではなく鼻血を流し、首筋や腕の血管も浮き出ているのが分かった。
 明らかに男の体に外傷以外の異変が起きている。
 今こうして状況が一変した事も合わさって、一体何が起きているのだろうか。
 だけど……それを必ずしも究明する必要なんてない。

「悪いな」

 追い討ちを掛けるように男の顎にアッパーカットを叩き込んだ。
 衝撃で僅かに体を浮かせた後、男は地面に倒れ伏せる。
 どうやら気を失ったようで、それ以上動く事はなかった。

「……よし」

 明らかに心身に異常をきたしていた男の隙に付け入るような勝ち方は気持ちのいい物では無かったが、そもそも戦いに快楽を求める様な人間ではないつもりで。そして同情なんてしていられる立場でもなくて。
 だから今はどうでもいい。そんな事に意識を割いてはいられない。
 俺にとってどうでもいいような奴らから目を背けて踏みにじってでも前へ進まなければならない。

 ……先へ進もう。
 男の身にだけでなく自分の身に何が起きたのかも推測するしか無い訳で、仮に答えを出す為のピースがこの手にあったとしても、少なくとも今は何故こうなったのかという事よりも、こうなった上でどうするべきかを考える方が先決で。
 だからとにかく、立ち止るな。

「……エル、今行く」

 可能ならばシオンとレベッカと合流してエルの元へ。それが無理でも早急にエルと合流し、シオン達とも
合流する。
 少なくとも立ち止っている理由なんてない。
 だから俺は部屋に一つだけあった扉を開いて全力で走り出した。
 比較的先程よりもエルとの距離は近く感じる。
 ……そして。

「くそ……なんかあったのか?」

 エルの方からもこちらに向けて動き出している感覚が刻印から伝わってきた。
 それが誰か此処の人間に連れられてなのか、エルが何かしらの手段で逃げだした結果なのかは分からない。だけど状況を考えれば圧倒的に前者の可能性が高い。
 とにかく……とにかく一秒でも早く合流するんだ。

「頼む……無事でいてくれ……ッ!」

 そう口にしながら、拳を強く握り絞めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

慟哭の時

レクフル
ファンタジー
物心ついた時から、母と二人で旅をしていた。 各地を周り、何処に行くでもなく旅をする。 気づいたらそうだったし、何の疑問も持たなくて、ただ私は母と旅を続けていた。 しかし、母には旅をする理由があった。 そんな日々が続いたある日、母がいなくなった。 私は一人になったのだ。 誰にも触れられず、人と関わる事を避けて生きていた私が急に一人になって、どう生きていけばいいのか…… それから母を探す旅を始める。 誰にも求められず、触れられず、忘れ去られていき、それでも生きていく理由等あるのだろうか……? 私にあるのは異常な力だけ。 普通でいられるのなら、こんな力等無くていいのだ。 だから旅をする。 私を必要としてくれる存在であった母を探すために。 私を愛してくれる人を探すために……

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

ダブル魔眼の最強術師 ~前世は散々でしたが、せっかく転生したので今度は最高の人生を目指します!~

雪華慧太
ファンタジー
理不尽なイジメが原因で引きこもっていた俺は、よりにもよって自分の誕生日にあっけなく人生を終えた。魂になった俺は、そこで助けた少女の力で不思議な瞳と前世の記憶を持って異世界に転生する。聖女で超絶美人の母親とエルフの魔法教師! アニメ顔負けの世界の中で今度こそ気楽な学園ライフを送れるかと思いきや、傲慢貴族の息子と戦うことになって……。

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...