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七章 白と黒の追跡者
ex 地獄の底で
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酷く憔悴している。
そんな言葉が最も当てはまるような表情を、研究所の檻の中でエルは浮かべていた。
断末魔に近いような悲鳴を、耳を塞ぐ事すら出来ずに聞き続けた事。そんな事が平然と起こる場所に自分が捕らえられているという事。それだけでも蓄積する精神的な負荷は莫大な物だったと言ってもいい。
そして原因は分からないが、時折付けられた枷から激痛が走る事が何度かあった。
耐えられないような物ではないが、それもまた負荷に拍車を掛ける。
だけどそれだけならまだ良くて。良くはなくてもなんとか耐えられて。
だけどここ1、2時間程はもう、そんな事を言える様な状況では無かった。
まず一つ。
刻印からエイジの身に生死が関わるような危機が迫っている事が伝わってきたのだ。
今は落ち着いていて、刻印も消えてなくて。
だから無事一は取り留めたのだろう。
だけど一度そういう事があれば……きっとまた同じ事が起きるかもしれなくて。寧ろ起きない可能性の方がきっと低くて。
そうなればいつこの手から刻印が消えてなくなるか分からない。
自分の事と同じかそれ以上に、その事が不安で仕方がなくて押し潰されそうになる。
そして追い討ちを掛けるようにもう一つ。
「……一体どうしたら……ッ」
一緒の檻の中に閉じ込められている金髪の小柄なドール化した精霊。
シオン・クロウリーの契約精霊で、ドール化している筈なのに僅かに自我を感じ取れる特異な精霊。
そんな彼女がここ数時間ずっと激痛に悶えるように倒れている。
彼女に取り付けられた枷が異変が起きると同時にずっと淡く発光していて、彼女を苦しめているのが、自分に数秒単位の短い時間だけ数回訪れた激痛と同じものだという事が理解できる。
そしてそれを数秒なんて生易しい時間ではなく数時間単位で受けるという事が、そこに本当に自我があるのだとすれば、地獄に等しいという事も。
「……ッ!」
そして視界の先でそんな風に苦しんでいる相手がいるのに見ているだけでなにも出来ない。枷が邪魔で触れる事すら出来ない。
それは悲鳴を聞き続けるよりも、より酷く精神の衛生状態を蝕んでいく。
(……せめて精霊術が使えれば……ッ)
腕と首に付けられた枷を壊すことができれば全て終わる。だから精霊術を使えれば助けられるのだ。
……精霊術を使えれば。
それができるのなら、枷と一緒に檻も壊して脱出を測っているのだけれど。
枷を壊すための精霊術を、他ならぬ枷が押さえ込んでいるのだけれど。
……とにかく。見ているしかない。
そしてそんなエルに追い討ちを掛けるように、こちらに近付いてくる足音が聞こえた。
「……ッ!?」
少なくともそれがエイジではない事だけは分かって、だとすればろくでもない事が起きる事も分かってしまって。
それが分かってしまえば、昨日の悲鳴を初めとした最悪な光景がフラッシュバックしてきて、思わず塞げない耳を塞ぎたくなってしまう。
だけど、それを止めるように……刻印から伝わってきた。
(……エイジさん?)
刻印から、エイジが急速に近付いてくるような。そんな感覚が感じられた。
それがつまりどういう事なのか。
(エイジさんが……助けに来てくれた……ッ!)
その事でどこか安堵して、涙が出そうになってくる。
だけど安堵できたのは一瞬で。
それがつまりどういう事かはすぐに理解できた。
分かっていた。それでも待っていた。だけどそれでも自分を助けに来るという自殺行為に対して安堵なんて出来る筈がないのだ。
そう、自殺行為。
かつて単身動いたしたエイジを追う形で精霊加工工場に突入した時とは違い、今此処には武器下した精霊を扱う人間がいて。
対策局で軟禁されていた自分の元にエイジが到達出来たように、言い方は悪いが相手の善意を利用するようなやり方が通用する相手が此処にはいない。
力も交渉も通用しないのだ。
だとすれば……よほどの秘策でもなければ自殺行為に他ならない。
……そして。安堵できない理由がもう一つ。
「……ッ」
もう、檻の前にいるから。
こちらを資源を見るような目を向ける……否、資源を見る目を向ける白衣の男が三人、そこにいるのだから。
そんな言葉が最も当てはまるような表情を、研究所の檻の中でエルは浮かべていた。
断末魔に近いような悲鳴を、耳を塞ぐ事すら出来ずに聞き続けた事。そんな事が平然と起こる場所に自分が捕らえられているという事。それだけでも蓄積する精神的な負荷は莫大な物だったと言ってもいい。
そして原因は分からないが、時折付けられた枷から激痛が走る事が何度かあった。
耐えられないような物ではないが、それもまた負荷に拍車を掛ける。
だけどそれだけならまだ良くて。良くはなくてもなんとか耐えられて。
だけどここ1、2時間程はもう、そんな事を言える様な状況では無かった。
まず一つ。
刻印からエイジの身に生死が関わるような危機が迫っている事が伝わってきたのだ。
今は落ち着いていて、刻印も消えてなくて。
だから無事一は取り留めたのだろう。
だけど一度そういう事があれば……きっとまた同じ事が起きるかもしれなくて。寧ろ起きない可能性の方がきっと低くて。
そうなればいつこの手から刻印が消えてなくなるか分からない。
自分の事と同じかそれ以上に、その事が不安で仕方がなくて押し潰されそうになる。
そして追い討ちを掛けるようにもう一つ。
「……一体どうしたら……ッ」
一緒の檻の中に閉じ込められている金髪の小柄なドール化した精霊。
シオン・クロウリーの契約精霊で、ドール化している筈なのに僅かに自我を感じ取れる特異な精霊。
そんな彼女がここ数時間ずっと激痛に悶えるように倒れている。
彼女に取り付けられた枷が異変が起きると同時にずっと淡く発光していて、彼女を苦しめているのが、自分に数秒単位の短い時間だけ数回訪れた激痛と同じものだという事が理解できる。
そしてそれを数秒なんて生易しい時間ではなく数時間単位で受けるという事が、そこに本当に自我があるのだとすれば、地獄に等しいという事も。
「……ッ!」
そして視界の先でそんな風に苦しんでいる相手がいるのに見ているだけでなにも出来ない。枷が邪魔で触れる事すら出来ない。
それは悲鳴を聞き続けるよりも、より酷く精神の衛生状態を蝕んでいく。
(……せめて精霊術が使えれば……ッ)
腕と首に付けられた枷を壊すことができれば全て終わる。だから精霊術を使えれば助けられるのだ。
……精霊術を使えれば。
それができるのなら、枷と一緒に檻も壊して脱出を測っているのだけれど。
枷を壊すための精霊術を、他ならぬ枷が押さえ込んでいるのだけれど。
……とにかく。見ているしかない。
そしてそんなエルに追い討ちを掛けるように、こちらに近付いてくる足音が聞こえた。
「……ッ!?」
少なくともそれがエイジではない事だけは分かって、だとすればろくでもない事が起きる事も分かってしまって。
それが分かってしまえば、昨日の悲鳴を初めとした最悪な光景がフラッシュバックしてきて、思わず塞げない耳を塞ぎたくなってしまう。
だけど、それを止めるように……刻印から伝わってきた。
(……エイジさん?)
刻印から、エイジが急速に近付いてくるような。そんな感覚が感じられた。
それがつまりどういう事なのか。
(エイジさんが……助けに来てくれた……ッ!)
その事でどこか安堵して、涙が出そうになってくる。
だけど安堵できたのは一瞬で。
それがつまりどういう事かはすぐに理解できた。
分かっていた。それでも待っていた。だけどそれでも自分を助けに来るという自殺行為に対して安堵なんて出来る筈がないのだ。
そう、自殺行為。
かつて単身動いたしたエイジを追う形で精霊加工工場に突入した時とは違い、今此処には武器下した精霊を扱う人間がいて。
対策局で軟禁されていた自分の元にエイジが到達出来たように、言い方は悪いが相手の善意を利用するようなやり方が通用する相手が此処にはいない。
力も交渉も通用しないのだ。
だとすれば……よほどの秘策でもなければ自殺行為に他ならない。
……そして。安堵できない理由がもう一つ。
「……ッ」
もう、檻の前にいるから。
こちらを資源を見るような目を向ける……否、資源を見る目を向ける白衣の男が三人、そこにいるのだから。
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