人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

ex 形勢逆転

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 ……勝てる。
 シオンの脳裏に浮かんできたのはそんな確信だった。
 少なくとも今この瞬間だけは、グランは霊装の恩恵を得られていない筈だ。
 それは霊装化したエルがいないエイジの出力が、通常の精霊術の出力の範疇に収まっている事で確信が持てる。
 その霊装を手にしている間のみ、その恩恵を得る事ができる筈なのだ。
 だとすれば今のグランという研究者は、ただ基本出力が常識的な範囲内で高いだけの戦闘の素人。
 そして対するは大きなダメージを負ってこそいるものの、その常識の範囲外の出力を持つ精霊。それもアインを倒せる程の戦闘技能を有した、おそらくこの世界に存在したどの精霊よりも強い最強の精霊だ。

 だから負ける事はないと、そう思った。
 思った直後だった。信じられない様な光景が目の前に広がったのは。

(……え?)

 レベッカの切り返しが明らかに遅かった。
 それは今までの単調な攻撃の様に故意に行われた物では無く……ただもうそういう風にしか体が動かないという風に。
 だから……出力が低下し、尚且つその低下した出力によりこの重力下の元では満足に動けない筈のグランの拳が放たれ……レベッカの攻撃よりもほんの僅かに早く拳が鳩尾に叩き付けられた。
 そしてレベッカの体は拳に弾き飛ばされる形で地面を転がり……グランは辛うじて切り抜けた今の攻防に自分自身も困惑しながらも、肩で息をしながら立っている。

 それでも……それでも立ち上がって次の攻撃を繰り出せば。それで終わりだ。終わりの筈なのだ。
 立ち上がる事さえできれば。

「……?」

 だけどまず最初に反応を見せたのはグランだった。
 ……まるで自身を纏っていた強力な重力から解放されたかの様に、軽くなった体に困惑している様で……それがどういう事を示しているのか気付いた様に、笑みを浮かべた。

「……レベッカッ」

 レベッカが起き上がる気配はなかった。
 気を失っている。
 だからこそ……グランは重力から解放されている

(……何が勝てるだ。馬鹿か僕はッ!)

 考えてみれば何もおかしい事ではなかった。
 レベッカはいつ倒れてもおかしくない様な。寧ろまだ戦えているのが不思議な程に満身創痍な状態だった。
 倒れられない。負けるわけにはいかない。
 そんな気力だけでどうにか立っていた様な状態だったのだ。
 だとすれば急にモーションを切り替え、霊装を弾き飛ばす様な行動の後、まともに体が動くかどうかなんてのは動く方がおかしい。
 化物染みた出力ではなくても、常識の範囲内で高出力なその拳をまともに喰らって……立ち上がれた方がおかしいのだ。
 ……霊装を弾き飛ばした段階で……ようやく勝てる可能性が生まれた程度だったのだ。

 そして、レベッカが倒れたという事は何を意味するのか。

 それはようやくグランを引きずり落としたのに……戦える戦力が居なくなった事を意味する。

(クソ! クソォ! 動け動け動け動け! 今しかないんだ動けぇッ!)

 今を逃せばグランは弾かれた霊装を拾い、元の反則染みた出力へと戻ってしまう。
 そうなれば今度こそ完全に勝ち目がなくなってしまうのだ。
 ……それだけは絶対に避けなければならない。

 だけど体は動かなかった。

 もはや維持する意味の無くなったテリトリーフィールドを解除し、それを維持する為に常時無理矢理作り続けていた力の生産を打ち切る。そうした様に全身へと掛かる負荷を極力減らした。
 だけどそれでもこれから新たにダメージを蓄積していかなくなっただけに過ぎない。
 今まで負ったダメージを無かった事にできる訳ではない。

 そしてそんなシオンを見たグランは、笑みを消して言う。

「俺はもう慢心なんてしねえよ」

 そう言ってグランはシオンへ止めを刺すという選択を取る前に……この先に何があっても切り抜けられるように、満身創痍のシオンとレベッカを殺す事よりも先に、霊装を回収する事を選んだ。
 踵を返す。霊装を回収する為に。
 絶対的な勝利の為に。
 
(……ここまでか)

 確信する。

 もう三人揃っての勝利なんて生温い勝ち筋は残っていない。
 もう誰かが犠牲になる事でこの状況を打開できるなら、誰かを犠牲にしなければならない様な状況だった。

 そして……そうしたそもそも選択を取る事が出来るのは一人しかいない。

(……エイジ君。レベッカ。後はキミ達に託す)

 瀬戸栄治という人間がまだ生きていてくれていると信じて。
 そしてレベッカと共に自分が救いたかった存在を救ってくれると信じて。

 信じて、決意する。

 自らの命を生贄に、グランを一撃で屠る決意を。

 先程までならば、その選択は自暴自棄で犬死でしかない選択だったかもしれない。
 だけど今は違う。違う状況にまでレベッカが持っていってくれた。

 今の自分が放てる高威力の精霊術。
 それに速度や威力に最大限までブーストを掛ければいける。

 その為に、それを放てるだけの力をかき集め無ければならない。
 無ければ作らなければならない。

 命を賭けて。ただその一撃の為に。

 もう時間はない。早急に始めなければならない。

(……さよならだ)

 最後に親友であるカイルと……そして助けたかった精霊の顔を思い浮かべながら。
 再び急速に力の生成を始めようとした……その時だった。

「……え?」

 思わずそんな声が出た。
 グランもその状況に脳の処理が付いていかないと言わんばかりに、自身の目の前で発生した状況に対し立ちつくしている。
 おそらくシオンもグランと同じ立場に立たされれば、同じような反応をしていたかもしれない。

 弾き飛ばされた霊装。その先の木々から現れグランよりも先に辿りついた人間がいた。

 先のレベッカよりも満身創痍という言葉が当てはまり、何故立てているのかというより何故生きているのかが分からない。
 だけどレベッカと同じく……その目にはまだ戦意が宿っている。
 そんな男がそこにいた。

 瀬戸栄治がそこにいた。
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