人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

ex 天才の到達点 精霊の到達点

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 今自分の目の前でどういう事体が展開されているのか。

(……嘘、だろ?)

 それがグランには理解できなかった。

「間に……あった」

 満身創痍。目の焦点はあっていない。その体のどこからそんな力が沸いてきているのかは分からない。
 だけど確かに、虚ろな目をした精霊がそこに居た。
 虚ろな目をしながらも、まだ明らかに戦意が消えていない精霊がそこに居た。

(アインは……アインの奴はどうした……ッ!?)

 その精霊の相手は仲間の研究者であるアインが受け持っていた筈だ。
 少なくとも此処に来た三人の中で圧倒的な実力者である筈のアインが戦っていた筈だ。

 アインはグランが知る限り三番目に優れた研究者だ。

 一位二位は別格。シオン・クロウリーとルミア・マルティネスは別格。流石にそこに並ぶとは思わない。
 だけどそれでも、手を伸ばせば、必死に手を伸ばせば届くかもしれない様な位の位置に立っていたナンバー3である事は間違いない。
 シオンやルミアの提唱した、彼ら以外誰も運用にまで至らなかった精霊術の運用法を一部実用レベルで習得し、そして彼は彼で独自の精霊術の運用メゾットを構築している。
 故に彼だけがまともに、ルミアの試作霊装の運用テスト。即ち実践テストに参加できていた。

 それだけの……精霊一人になど負ける筈がない研究者だった筈だ。

 だけどそこに立っているのは、今頃地に伏せていなければおかしい精霊だ。

「……ッ!」

 次の瞬間、そのグラン目掛けて急接近してくる。
 だけど遅い。動きも粗い。明らかに肉体と精神の限界ギリギリで動いているのが分かる動き。

 グラン程度でも問題なく防げる動き。
 防げる筈の動き。

「……クソッ」

 だがグランはその攻撃を三節棍で辛うじて防いだ。
 体が重い。
 先にテロリストによる奇襲を受けた際のソレよりも遥かに重い。
 そして精霊の動きそのものも、ダメージにより大幅に鈍くなっているとはいえ、それでも想像よりもずっと早い。

(なんだ……一体何が起きている……ッ!)

 そしてその瞬間脳裏に浮かんだのは……シオンの笑みだった。

(……まさかシオンの奴が何かしやがったか……?)

 そう考えるが、だとしてもそれが何かまでは分からない。
 遥か遠くで戦っていた精霊を勝利させ、今ここでも明らかに何らかの形で戦闘に干渉している。
 グランは満身創痍の精霊から連続して放たれる攻撃を防ぎながら考える。
 そしてその精霊を弾き飛ばし距離を離すと、精霊を警戒しながらもシオンへと視線を向ける。

「お前、何しやがった!」

 するとシオンは虚ろな、生気が失われかけた視線をグランに向けながら、それでも小さく笑みを浮かべながら言う。

「グラン。キミは……アンチテリトリーフィールドを知っているか?」

 知っている。それはシオンの研究成果を反映させて作られた対精霊の装置だ。
 場に展開する事で、領域内の精霊の能力を低下させる装置。現在では精霊加工工場を始めとした国営の施設に重点的に配備されている天才的な発明。
 それを知らない訳がない。
 そしてシオンは言う。

「その逆だよ」

「……は?」

 その逆がどういう意味なのか分からなかった訳ではない。
 もし自身が辿り着いた答えが正解だったとすれば、自分は今、精霊術の技術革新なんてレベルではない。
 まるで世界の理を捻じ曲げる様な。そんな無茶苦茶な偉業を目の当たりにしている事になるから。
 そして……シオンは言う。

「仮想テリトリーフィールド」

 彼が発動させた秘策の名を。

「彼女は強い……だがアインは僕が知る限りとても優秀だ。結果論になるけれど、テリトリーに入っていない彼女ではアインに勝てやしなかっただろう」

 だから、とシオンは言う。

「この辺り一帯を疑似的に彼女のテリトリーへと変異させた」

「……ッ」

 予想は的中した。
 その原理が一体どうなっているのか。どういう理論でそれを捻じ曲げ、どういう理論でそれを展開し、どういう理論でそれを維持し続けているのか。何も、何も分からない。
 分からないでいるグランにシオンは言う。

「……僕もまだ原理は分からないが、暴走する精霊の力にテリトリーによる出力上昇が加わった……今の彼女は精霊の一つの到達点だ」

 そしてふらついたままようやくゆっくりと立ち上がり、構えを取った。
 そして逆方向では満身創痍の精霊が同じく構えを取っている。

 そして、シオンは言った。

「いくぞ、グラン。第2ラウンドスタートだ」
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