人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

53 他力本願の決死戦

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 次の瞬間、轟音が周囲に響き渡った。
 爆音と共に悲鳴を上げた右肩が脱臼し、右腕の骨が粉々に砕け散る。
 意識を消し飛ばしかねない程の激痛は腕だけではなく、反動により全身にも響き渡った。
 だけどそれでも、俺の意識は此処にある。

 大丈夫だ。この程度の怪我なんてもう慣れたものだから。

 そして目の前にはもう……敵の姿は無い。

 防がれる事なく完璧に決まった。
 男の体は遥か遠くまで弾きとんでいる。

 決まった。ほぼ間違いなく倒せた。そうでなくとも動けないような傷は負わせた筈だ。
 だとすればもうアイツは過去の存在だ。今終わった事に割ける意識なんてどこにもない。
 残った二人に全神経を集中させろ!

「……ッ」

 俺の体は攻撃の反動で弾き飛ばされた男と反発するように後方に飛ぶが、それでもそもそも風の塊を踏んで加速し躍り出たんだ。
 精々が数メートル。実質的に反動は殺せてる。
 故にまだ戦闘の中心地。

 俺は風を操作し、レベッカ達の方を向いて着地。
 そして視界の先では既に戦闘が始まっている。

 三節棍を持つ男はまるで突然手にした三節棍が重くなったとばかりにその場で動きを止めている。
 俺が見ていない一瞬の内にレベッカがそうなるに至るような行動を取ったのだろう。
 だが止まっているのは三節棍の男だけだ。
 もう一方。黒いガンドレットを手にする男は、レベッカが突入と同時に付与させた重力を物ともしないようにレベッカに急接近する。
 次の瞬間放たれたのは拳による一撃。
 高速で放たれたその拳をレベッカは後方に飛びながら腕をクロスして受ける。

「……ッ」

 その拳の一撃一撃がとても重い一撃の筈だ。
 だからきっと躱せるなら躱すべきだった。
 防御しても結局それはダメージを負う所が腕に変わるだけたから。
 だけどそれでも回避する素振りも見せずレベッカは身を守った。
 それは単純に躱せなかったのか。それとも……交わして下がるよりもはやく俺と合流する事を狙っての事なのか。

 後方に飛んで勢いを殺したレベッカは、拳の勢いと自身の跳躍で俺の目の前へと飛んでくる。

「エイジ!」

「ああ!」

 そして俺はレベッカの腕を掴む。
 次の瞬間、俺の体は追撃してきたガンドレットの男の拳から逃れるように、シオンのいる方角に向け斜め上。上空に向かって浮いた。
 否、落下し始めた。

 重力変動。
 俺とレベッカへと掛かる重力の向きが反転し、即ち空へと落ちる。
 逆スカイダイビング。
 落下速度か具体的にどの程度のものなのかは知らないが、それでも体感的に結構早い。
 間違いなく逃走手段としては上等。
 後は少しでも加速し敵の動きを妨げる為に、俺は左腕を突き出して風を放出する。

「うまくいったわね」

「ああ!」

「てかそれ腕大丈夫?」

「大丈夫な訳ねえだろ死ぬほどいてえよくっそおおおおおおおッ!」

 ……だけど。

「だけどこの位で俺は死なねえ! だから大丈夫だ」

「いや、どっちよソレ」

 まあでも、本当にうまくいって良かった。
 俺もレベッカもとりあえず無事だ。
 上空を経由してシオンの元まで戻る過程で、障害物に阻まれる事はない。
 一方向こうは足場が悪い。木々という障害物もある。もし向こうが慎重に進むのを止め、一気に突っ込んできても、それでも俺達が向こうに辿り着いて体制を立て直せるだけの時間は稼げる筈だ。
 後は遠距離攻撃による迎撃に気を付ければ、向こうが飛んできでもしない限りは……。

「……ッ」

「……ちょ、嘘ッ!」

 先程のガンドレットの男が、超高速で空をミサイルの如く飛んで来た。
 そう、超高速。
 レベッカの重力変動と、俺の風の操作の会わせ技を優に上回る程の速度で。

「エイジ! 先にあの人の所へ!」

「ちょ、レベッ――」

 それを言い切る前に、俺に掛かる重力の向きが変わった。
 シオンのいる方角に目掛けて、文字通り落下する。
 次の瞬間、ガンドレットの男がレベッカを地上に向けて蹴り落とした。

「レベッカ!」

「……」

 そして男と目が合った。
 その男は俺に対して叫び散らす様な事はしない。
 だけど確かにその目に怒りを。殺意を灯していた。
 当然の事なのかもしれない。
 なにせ突然現れた指名手配犯のテロリストに味方を不意討ちの奇襲でやられたのだから。
 だが男が俺に向けたのはそこまでだった。
 男は自身の正面に結界を展開。そのまま空中で体を回転させ結界に両足を付けると、地面に向けて跳躍するかの如く自身が蹴り落としたレベッカのいる方角に向けて急加速する。

 ほぼ間違いなくレベッカを追撃する為に。

「……クソッ!」

 一瞬風を操作してどうにか俺もレベッカを追えないかと思考を巡らせたが、瞬時にそれを掻き消した。
 レベッカならあの男とも恐らく相対できる。
 そして。

「……ッ」

 落下しながらも僅かに一瞬だけ、三節棍を持つ男の姿を視界に捉えた。
 一時的に動きを止められていた男だったが、もう既に動きだしている。

 シオン・クロウリーがいる方角へと動き始めているんだ。

 レベッカには先に戻れと言われた。
 そしてそのレベッカは一人で戦えるだけの力がある。
 シオンがどうかは分からない。
 そして不意討ちを決めて戻ってくるというのが、俺達の中で決めた作戦だ。

 ……今はとにかくシオンの元まで戻る!

 俺は風を操作し加速する。
 あの三節棍の奴が到達する前に俺が辿り着き体制を整えて迎え撃つ。

 そして。

「とりあえず一人潰したぞシオン!」

 風を操作し体制を建て直しつつ、滑るようにシオンの元へと着地する。

「……よし! ってちょっと待てレベッカは……いや待てなんだその腕は!」

「レベッカは向こう一人と交戦中! 俺の腕は気にすんな! 一人潰す為の必要経費だ!」

「必要経費……クソ、無茶苦茶やるなキミは!」

「無茶苦茶だって勝てりゃなんでもいいんだよ! んな事より一人こっちに来るぞ! で、二対一になっちまったけど、三対二で戦える環境ってのは一体――」

 そう言いながら、俺はシオンに視線を向けた。
 そして思わず目を見開く。
 気が付けば、地面に手を添えるシオンを中心として何か魔方陣の様な物が展開されていた。
 だけどその陣に違和感を感じた。
 精霊術にも同じように魔方陣の様な物が展開される物はある。
 例としては契約を結ぶ為の精霊術がそれにあたるだろう。そういう風に別にシオンの中心にそうした物が刻まれている事に違和感を感じるのはおかしい話なのかもしれない。

 だけどそれでも違和感があった。

 ……例えば、魔術にも地面に魔方陣を刻み込む類いの術式が存在する。
 術式を魔力を注ぎながら対象物に刻み込み、そして陣を形成して発動させる。
 成一達が使っていた物としては呪符を使った魔術がそれにあたる。

 そしてシオンのは魔術のソレに近かった。

 術式の発動と共に魔方陣が展開される精霊術のソレとは違う。
 刻み込む。その形式を発動させる為の陣を刻み込む。

 そういう力をシオンは振るっていた。

 精霊と契約した人間に魔術は使えない筈なのに。

 そして、それと同時に視界に映った光景に思わず目を見開いた。

「……ッ」

 シオンの足元に無数の血痕が広がっていた。
 そして口元からは血が滴った後が残っている。
 そして。

「グフ……ッ」

 シオンが咳き込み……吐血する。
 それこそ、まるで体の内側から壊れていく様に。
 先程回復術を掛けていた時の違和感の正体を告げている様に。

「シオン、お前……」

「だい……丈夫だ。こんなのは勝つための、必要経費だ!」

「……ッ」

「そうだろ? エイジ君!」

「……ああ、そうだな」

 シオンが一体何をやっているのかは知らない。
 だけどそれが自分の身を削っている行為だという事は理解できる。とても代償の大きい物だという事は分かる。
 そしてきっと、俺達が勝つにはそうして身を削らなければならない事も。

「……シオン」

 元よりこんな腕をぶら下げている俺に、シオンに何かを言う資格なんてない。
 何かこれ以上シオンに言葉を掛けるとすれば、それは代償の先の話だ。

「それ終ったらどうなる」

「僕達に勝利する可能性が生まれる。ちょっと待ってて、もう終わる」

 そして次の瞬間、シオンを中心に広がっていた魔法陣が更に大きく広がり……そして、光の残滓を残して消滅。
 そしてシオンはゆっくりと立ち上がる。

「種は撒いた。後は実ってくれる事を祈るだけだ」

「祈る……か。随分他力本願だなオイ」

「そう、他力本願だよ」

 シオンはそんな事を馬鹿真面目な表情で言う。

「僕達で状況を打開できるとは思えない。そこまで自惚れない。僕達にできるのは、せめて他力本願で解決できる様な状況までは地を這ってでも進む事だ」

「他力本願って……レベッカか?」

 他力本願。
 今この状況で思いつくのは。そもそも俺達の味方はアイツしかいなかった。

「ああ。今の僕達にとって彼女の戦闘力は僕達の核だ。彼女の存在をどう活かすかが僕達の勝つための鍵だと僕は思うよ。だから正直良かったよ、分断されたのは。それだけ一度に掛かる彼女の負担が減る」

「一度に……じゃあなんだ。これアイツに一人ずつ倒してもらおうって流れか」

「そうなるね。情けないけど」

 シオンは言う。

「彼女が一人を戦闘続行が可能な状態で打ち倒す。その間僕達は僕達を倒して彼女の方に追っ手が向かわない様に死ぬ気でもがく。可能なら少しでも相手にダメージを与えておく。そして無事彼女が戻って来れば三対一で全身全霊の袋叩き。ここまで持ってこれれば僕達にも勝機は生まれる」

「なるほど。他力本願な上に泥仕合。トドメに袋叩きか。カッコ良さのカケラもねえな、マジで」

 だけど。

「ま、そんなもんいらねえ。情けなくても醜くくても、勝って立ってりゃそれでいい」

「だったら立っていられるように頑張ろうか。察しているとは思うけど、僕が使ったあの力は僕らをどうこうするものじゃないからね。彼女の勝率を1%でも引き上げる為の力だ。だから此処からは本当に地獄の茨道だよ」

「知ってる。種撒いて祈るってのはそういう事だろ」

「そうだね。そういう事」

 ほぼ間違いなくシオンが使った何かはレベッカを援護する為の力だ。
 だから此処から先は俺達の力だけで、一先ず生き残らなければならない。
 まさしく地獄の茨道。

 そして俺がシオンと話ながら走らせていた風に何かが引っかかる。

 ――もうすぐ近くまで来てやがる。

「シオン、来るぞ」

「了解」

 そう言って俺は左拳を握って、周囲に風を展開する。
 シオンもその場で身構えた。

 そして到達する。

 三節棍を手にした男が。
 戦いの素人に無双させるだけの力を持つ精霊を武器にした力。
 そんな理不尽な暴力が。
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