人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

47 精霊と世界の意思について 下

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「別にそれがねえわけじゃねえよ」

「……ないだろう」

「まあ、今はな」

 シオンの重い言葉に俺はそう答える。
 この世界にも地球にも精霊の居場所はない。
 いや、この世界にはそれがある事にはあって、俺はつい先程までそこにいた訳だけれど、それでもそれは酷く脆い。
 ただ今回が大丈夫だっただけで、きっと吹けば飛ぶような空間だ。
 それこそ精霊を狩る人間側の戦力だけが一方的にインフレし始めた今なら。
 だから。もうきっとこの世界はどうしようもないんだと思う。
 世界曰くまともな人間が作るこのまともな世界では、どうやっても精霊達の居場所は生まれない。
 ……だけど。

「だけどこれからできるよ。その為に誠一と宮村が動いてくれている」

「……動くって、一体何をするつもりなんだ彼らは」

「向こうの世界の問題を全部解決して俺達を迎えに来てもらう。って事はまあ、精霊が地球にいても暴走しない様にするって事だろ」

「そんなの、一体どうするつもりだ」

 シオンは先程俺がした話を思い返す様に言う。

「そうする事は即ち、そのイルミナティという組織が張り巡らせている結界を解くしかない。だけどそれは即ち……高確率でキミの世界が滅びるという事になるのだろう?」

「28パーセントの確率でな」

「1パーセントでもその可能性があれば、そう実行できるものではない。ましてや28パーセントだ。それでも説得し人間を動かそうとするのか、それとも全く違う手段を取るのか。いずれにしても茨の道所じゃない。そもそも道があるのかどうかも怪しい……一体何をどうするつもりなんだ」

「……それは知らねえ」

「知らねえって……」

「どうにかする手段があるのかも分からねえ。少なくともあの時の誠一の中にその策があったのかどうかって言われれば、多分まだ何も思いついてなかったんだと思うよ」

「……なんだそれ。そんなのキミもセイイチ君も、理想論を語っているだけじゃないのかい?」

「ま、そうかもしれねえな」

 だけど。例えこれがただの理想論に過ぎなかったとしても。

「それでも誠一がやるって言った」

 それだけで。たったそれだけでもその理想論を抱くには十分なんだ。

「……」

 俺がそれ以上の根拠のある理由を言わない事に驚いたのか、少しの間シオンは黙り込んでいたが、やがて言う。

「信頼しているんだね」

「ま、親友だからな。アイツなら絶対になんとかするって思ってる」

「親友……か」

 シオンはそう呟いて、一拍空けてから言う。

「……まあ、それだけで信じるだけの理由にはなるか」

 そう言ったシオンは微かに笑みを浮かべていた。
 ……冷静に考えれば、今そういう親友云々の話をシオンの前でしても良かったのだろうか?
 シオンは今そういう関係だった相手と色々あったみたいだから。
 それでも笑みを浮かべているという事は、もしかすると俺が思っている程深刻な関係じゃ無くなっているのかもしれないけれど。
 まあ、とにかく。

「まあ、そんな訳だから……今は無理でも、じきにそういう場所が生まれる。俺はそう信じてる」

「……そうなればいいね」

「ああ」

 俺は頷射てからシオンに言う。

「もし地球がそうなったら、お前も来るだろ?」

「……どうだろうね。それはその時になってみないと分からないさ」

 まさかそんな曖昧な返答が帰ってくるとは思わなかった。

「いや、来いよ。どう考えたって選択肢はそれ一択じゃねえのか?」

「……まあ、そうかもしれない。しれないけれど……色々と、あるんだよ。色々とね」

 シオンはそう言葉を濁して、それ以上その事について何も言わなかった。
 代わりにシオンは話題を変える。

「……それでエイジ君。キミはどうして僕にこの話をしようと思った」

「……え?」

「キミは精霊が資源であるという事を僕と共有しておかなければならないと言った。だけどね、エイジ君。それは基本的にこの世界がどうしようもないという事を突きつけているだけだよ。結果的に話の流れでキミの世界の事やこの先セイイチ君やミヤムラという希望がある事は分かったけれど、それでもキミの世界の話やこの先に希望があるという話は、いくらでも言葉を濁せたはずだ。向こうの世界に行けば精霊は暴走する。それをどうにかする為に動いている仲間がいる。その程度の事でも良かった筈だ」

「……」

「世界の意思。エネミー。それらを抑える結界。そして精霊という存在について。ただどうしようもないという現実を突きつけるだけの様なそういう話を、キミは何故僕と共有しなければならないと思った?」

 確かに。俺の語った話は基本的に精霊に対してまともな価値観を持っている相手を傷付ける話だ。
 精霊が資源である。その裏付け。それを取り巻く精霊の救いのない状況。
 それらを濁して都合のいい話だけをする。そうするのがもしかすると正しい事なのかもしれない。
 知らない方が幸せな事だってきっとあるだろうから。
 だから俺はエルにこの話はしないと誓っているのだから。

 だからシオンに現実を突きつけたのには。
 全てを伝えたのには意味がある。

「精霊を助けられる可能性を少しでも上げるためだよ」

 そうだ。シオン・クロウリーがこの事実を知るという事が、それ即ち精霊を救う事に繋がるかもしれないんだ。

「どういう事だい、エイジ君」

「まあ楽観的で無茶苦茶な話かもしれねえけど……お前はこれで精霊に対する知識で欠けていた要素がある程度埋まった事になる筈だ」

「……そうだね。全てを鵜呑みにするかは別として、それが限りなく正しい事であるという認識は持っているつもりだ。認めたくはないけどね」

「だったら……だからこそ、この先に見えてくるものもあるだろ。精霊が世界から生み出された資源であるという事やSB細胞の存在。世界の意思や精霊と同じく世界から生み出されるエネミーという存在。そういう事が正しいという認識の上で、何かできる事をお前なら見つけられるかもしれない」

「……なるほど、そういう事か」

 シオンはそれを聞いて笑みを浮かべる。

「確かに僕になら、何かできる事はあるかもしれない」

 そうだ。
 他ならぬシオン・クロウリーなら何かができるかもしれないんだ。
 俺が持っていても誰かに伝えることしかできない情報を。何かに役立てる事ができるかもしれないんだ。

「少なくとも、僕が作った枷がSB細胞を僅かに抑え込むだけの効力を有している事は分かった。そこから対SB細胞用の枷を作る事だってできるかもしれないし……精霊と同じく生まれてくるエネミー。それをその結界以外にどうにかする術だって見付けられるかもしれない」

「ああ、お前ならそれができるかもしれない」

「だけど簡単な事じゃないよ」

 シオンは言う。

「精霊の研究は基本的に精霊の犠牲の上で成り立っているものだ。そして当然、これ以上の犠牲も出せなければ、そもそも研究に没頭できるだけの環境も今の僕にはない。だからこの先これを進めるにしても厳しい状況化の中でそれを進めていかなきゃならない」

「協力できる事はやるさ」

「当たり前だ。もちろんキミが言いだした以上、キミには色々と協力してもらうつもりだ。僕だけじゃない。僕達で精霊を救うんだ」

 まあ、とシオンは言う。

「それもこれも、この先の戦いで生き残れた時の話だけど」

「……まあな」

 この話は全部、今からの厳しい戦いを勝ち抜けた後の話だ。
 ここで負ければそれどころじゃ無い。

「……せめてあの力をもっとうまく運用できれば」

 あの力。そうだ、シオンには精霊術以外の何かがあるんだ。
 ……後でレベッカを交えて作戦会議はするけど、先にその話聞いておこうか。
 もしかしたら説明を受ける事で、俺にだって付け焼刃でもその力を使える様になるかもしれないし。
 俺がそう聞こうとした時だった。

「そういえば聞こうと思っていたんだ」

 先にシオンがそう言ってきた。

「さっきから話に出てきた魔術って力の話だけど――」

 俺が詳しくは説明していなかった、俺達が使えないその力の事について聞いてきた、その時だった。


 ……レベッカが血相を変えてこの場所に戻ってきたのは。
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