人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

42 奪った者 奪われた者

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 俺達が会話を交わす中で、レベッカは確かにそこに居た。
 シオンが目を覚ました直後に一言だけだが声を掛けてはいるし、そしてシオンの言葉に反応する様に表情の変化は何度もあって。
 だけど……まともな会話は一度だってなかった。

 確かにレベッカはシオンの事を断片的に知っていても。シオンに感謝し好感を持っていても、シオンという人間や彼を取り巻く環境の事をまともに知っている訳ではない。
 だから今の会話の中に入りこむというのが難しかったのかもしれないが、それにしたってどこかでレベッカからは一歩引いた様な感じが見えて。
 いや、一歩引いたというよりも、二人の間に明確な壁があると言うべきなのかもしれない。

 だからこそ、俺との共闘関係が成立して、そして当然の如くこの場に居るもう一名の協力者であるレベッカに俺とシオンが視線を向けた時、それが露骨に見えだした。

「……」

「……」

 レベッカもシオンも中々口を開かない。
 でも冷静に考えてみればそれは当然の反応だと思った。
 シオンが目を覚ましたのに反応して声を掛けた。それは本能的な当然の反応だったのだと思う。
 レベッカの姿を見た時のシオンの、どうしてここにいるんだという様な反応もまた同じ。
 だけどそうした反応を終えてしまえば。後は自分達の意思で言葉を紡がなければならないとなれば。

 片腕を奪った者と片腕を奪われた者という、どうやったって埋まる事は無いんじゃないかという深い隔たりが二人を阻む。 

 当たり前の様に話を切り出す事なんてきっとできない。

 それでも……俺がとりあえず間を取り持とうとした所で言葉を紡いだのはシオンだった。

「……キミも、それでいいかい? 僕なんかが一緒にいても」

 俺と共闘する。それは即ちレベッカとも共闘する事になる。
 少なくとも腕を奪う位には嫌悪している筈の人間と共闘させる事になる。
 多分普通に考えれば、それでいい訳がないのだ。
 だからきっとその確認。

 明らかに恐る恐ると聞いた事が感じ取れる、そんな問い。
 そんな問いにレベッカは静かに答える。

「……ウチは、それでも……いい」

 おどおどとそう答えるレベッカもこれまで見てきた感じとはまるで別人の様に感じられる。
 そんな様子のまま、それでもレベッカはシオンに向けて言う。

「……でも、アンタは?」

「……僕?」

「ウチ、アンタの腕……そんな風に……」

「……」

「……」

 再び場に静寂が訪れる。
 シオンはシオンで多分今何が起きているのか。そもそもどうして目の前の精霊にそんな言葉を掛けられているのかが分かっていない様子で……レベッカはレベッカで気まずさや罪悪感に押しつぶされそうな表情をしていて。
 そしてそこからなんとか動けたのはレベッカだった。

「ご、ごめ……ッ」

「……え?」

「アンタは……ウチの事……なのに……ッ」

 レベッカの言葉は途切れ途切れで、言いたい事がシオンに伝わっているかどうかは分からない。
 だけどそれでも。

「ごめんなさい!」

 多分それが失わせた腕の謝罪である事は伝わったとは思う。

「……」

 現状、シオンはどうしてそんな謝罪を告げられているのかは、全く理解できていなさそうだけど。
 ……そして多分理解されていないから。本当に何を言われているのか分からないという様な表情をシオンが浮かべているから。
 それこそ罪悪感に押しつぶされそうな表情を浮かべたまま、レベッカは俺に言う。

「え、エイジ。ウチちょっとこの辺りみ、見回ってくるね!」

「あ、おいレベッカ!」

 そう言って逃げるようにこの場から走り去っていく。

「……行っちまった」

 無理もない。本当に、よく言う事は言えたなと思う位に辛そうな表情をしていたのだから。
 だけどどんな形であれ、一応謝罪の言葉は言えたんだ。
 ……多分後でまたしっかりとした謝罪はするとは思うけれど。少なくとも今のレベッカの言葉を理解できない言動で終わらせない為にも。後でしっかりと面と向かって言いたい事を言わせられる為にも。
 ……この二人どちらの為にも。今はひとまず俺がフォローしておこう。
 今それができるのは俺だけで、そして二人の為になんとか言葉を探そうと思える位には、この二人には恩しかないのだから。

「……エイジ君。彼女……レベッカって言ったか。一体どうしたんだ」

 シオンは尚も不思議そうな表情を浮かべて俺に聞いてくる。

「どういう経緯があったのかは知らない。だけどキミと行動を共にしている事は別にそこまで不可解では無いんだ。エルという前例もあるし精霊とコミュニケーションを取る為にエルが懸け橋にもなる。だからキミが精霊と仲良くやれているのは不思議じゃないさ」

 だけど、とシオンは言う。

「だけど僕は精霊にとってはその他の有象無象と同じ存在の筈だ。それどころか僕は彼女に散々悪い印象を与えてしまっている筈なんだ。例え彼女にとってキミは味方でも、僕はどうしようもない敵な筈なんだ。それなのにどうして……僕はあんな言葉を掛けてもらえた? 一体何が……」

「まずその前提条件が間違ってたんだよ」

「……え?」

 尚も混乱するシオンに俺は言ってやる。
 目の前の恩人が必死になって足掻いた事が、決して無駄で無かったと告げる為に。

「アイツは……ちゃんと受け取ってたんだよ。お前の作った枷を」
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