人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
上 下
351 / 431
七章 白と黒の追跡者

42 奪った者 奪われた者

しおりを挟む
 俺達が会話を交わす中で、レベッカは確かにそこに居た。
 シオンが目を覚ました直後に一言だけだが声を掛けてはいるし、そしてシオンの言葉に反応する様に表情の変化は何度もあって。
 だけど……まともな会話は一度だってなかった。

 確かにレベッカはシオンの事を断片的に知っていても。シオンに感謝し好感を持っていても、シオンという人間や彼を取り巻く環境の事をまともに知っている訳ではない。
 だから今の会話の中に入りこむというのが難しかったのかもしれないが、それにしたってどこかでレベッカからは一歩引いた様な感じが見えて。
 いや、一歩引いたというよりも、二人の間に明確な壁があると言うべきなのかもしれない。

 だからこそ、俺との共闘関係が成立して、そして当然の如くこの場に居るもう一名の協力者であるレベッカに俺とシオンが視線を向けた時、それが露骨に見えだした。

「……」

「……」

 レベッカもシオンも中々口を開かない。
 でも冷静に考えてみればそれは当然の反応だと思った。
 シオンが目を覚ましたのに反応して声を掛けた。それは本能的な当然の反応だったのだと思う。
 レベッカの姿を見た時のシオンの、どうしてここにいるんだという様な反応もまた同じ。
 だけどそうした反応を終えてしまえば。後は自分達の意思で言葉を紡がなければならないとなれば。

 片腕を奪った者と片腕を奪われた者という、どうやったって埋まる事は無いんじゃないかという深い隔たりが二人を阻む。 

 当たり前の様に話を切り出す事なんてきっとできない。

 それでも……俺がとりあえず間を取り持とうとした所で言葉を紡いだのはシオンだった。

「……キミも、それでいいかい? 僕なんかが一緒にいても」

 俺と共闘する。それは即ちレベッカとも共闘する事になる。
 少なくとも腕を奪う位には嫌悪している筈の人間と共闘させる事になる。
 多分普通に考えれば、それでいい訳がないのだ。
 だからきっとその確認。

 明らかに恐る恐ると聞いた事が感じ取れる、そんな問い。
 そんな問いにレベッカは静かに答える。

「……ウチは、それでも……いい」

 おどおどとそう答えるレベッカもこれまで見てきた感じとはまるで別人の様に感じられる。
 そんな様子のまま、それでもレベッカはシオンに向けて言う。

「……でも、アンタは?」

「……僕?」

「ウチ、アンタの腕……そんな風に……」

「……」

「……」

 再び場に静寂が訪れる。
 シオンはシオンで多分今何が起きているのか。そもそもどうして目の前の精霊にそんな言葉を掛けられているのかが分かっていない様子で……レベッカはレベッカで気まずさや罪悪感に押しつぶされそうな表情をしていて。
 そしてそこからなんとか動けたのはレベッカだった。

「ご、ごめ……ッ」

「……え?」

「アンタは……ウチの事……なのに……ッ」

 レベッカの言葉は途切れ途切れで、言いたい事がシオンに伝わっているかどうかは分からない。
 だけどそれでも。

「ごめんなさい!」

 多分それが失わせた腕の謝罪である事は伝わったとは思う。

「……」

 現状、シオンはどうしてそんな謝罪を告げられているのかは、全く理解できていなさそうだけど。
 ……そして多分理解されていないから。本当に何を言われているのか分からないという様な表情をシオンが浮かべているから。
 それこそ罪悪感に押しつぶされそうな表情を浮かべたまま、レベッカは俺に言う。

「え、エイジ。ウチちょっとこの辺りみ、見回ってくるね!」

「あ、おいレベッカ!」

 そう言って逃げるようにこの場から走り去っていく。

「……行っちまった」

 無理もない。本当に、よく言う事は言えたなと思う位に辛そうな表情をしていたのだから。
 だけどどんな形であれ、一応謝罪の言葉は言えたんだ。
 ……多分後でまたしっかりとした謝罪はするとは思うけれど。少なくとも今のレベッカの言葉を理解できない言動で終わらせない為にも。後でしっかりと面と向かって言いたい事を言わせられる為にも。
 ……この二人どちらの為にも。今はひとまず俺がフォローしておこう。
 今それができるのは俺だけで、そして二人の為になんとか言葉を探そうと思える位には、この二人には恩しかないのだから。

「……エイジ君。彼女……レベッカって言ったか。一体どうしたんだ」

 シオンは尚も不思議そうな表情を浮かべて俺に聞いてくる。

「どういう経緯があったのかは知らない。だけどキミと行動を共にしている事は別にそこまで不可解では無いんだ。エルという前例もあるし精霊とコミュニケーションを取る為にエルが懸け橋にもなる。だからキミが精霊と仲良くやれているのは不思議じゃないさ」

 だけど、とシオンは言う。

「だけど僕は精霊にとってはその他の有象無象と同じ存在の筈だ。それどころか僕は彼女に散々悪い印象を与えてしまっている筈なんだ。例え彼女にとってキミは味方でも、僕はどうしようもない敵な筈なんだ。それなのにどうして……僕はあんな言葉を掛けてもらえた? 一体何が……」

「まずその前提条件が間違ってたんだよ」

「……え?」

 尚も混乱するシオンに俺は言ってやる。
 目の前の恩人が必死になって足掻いた事が、決して無駄で無かったと告げる為に。

「アイツは……ちゃんと受け取ってたんだよ。お前の作った枷を」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

処理中です...