人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
上 下
348 / 431
七章 白と黒の追跡者

39 敗北した者 上

しおりを挟む
「……ルミア……マルティネス?」

「精霊学において神童と呼ばれている女の子だ。僕が学会からいなくなった今、彼女が実質的に精霊学という分野において頂点を極めていると言ってもいい」

 神童……普通に聞くと良い印象を感じさせる言葉ではあるが、事精霊学という言葉が付くだけで、その冠を被るルミアという少女がとてもろくでもない人間に思えてくる。
 ……それでも実際は精霊に対する価値観が歪んでいるだけのまともな人間なんだろうけど。
 ……でも、だとすれば。

「そいつに奪われたって……どういう事だよ。一体何がどうなったらそうなる」

 そんなのはおかしい筈なんだ。

「ソイツ、神童って呼びれる位には社会的に地位のある人間なんだろ? そして……言いたくねえけど、この世界で精霊は人間が所有する物扱いの筈だ。だったら……俺みたいな奴からならともかく、お前から奪うような事があれば窃盗だとか強盗だとか、そういう類いのアレになるだろ。なのになんでそんな自分の地位を脅かすような事……っていうかそんな事した奴がなんでまだ普通に研究者でいられてるんだ」

 そういう行動をする事事態が考えにくい事で、……それに実際シオンが被害を被っているからそれが事実だとして、どうして今も憲兵に捕まっていない。
 この世界の人間の人間性を考えれば……是が非でも捕まえるだろう。
 それが誰であっても。

 そしておかしいのはそれだけではない。
 シオンがあの精霊を奪われたのだとして、そもそも大前提からしておかしい点があるんだ。

「それに、お前の連れていた精霊って……」

 ドール化した精霊。
 言ってしまえば珍しくもない、どこにでも売っている精霊だ。あえて色々なリスクを被ってまで奪うような価値はこの世界の人間にとっては皆無に等しいんじゃないかと思う。

 そんな風におかしな点が山程あって。
 そんな中でシオン達に……シオン達に一体何があったんだ。
 そして俺の言葉にシオンは答える。
 耳を疑うような言葉で。

「戻ったんだ……あの子に、感情が」

「……え?」

 思わずそんな声が出た。
 だってそうだ……驚かない訳がない。
 そして今のシオンの事を殆ど知らないであろうレベッカも、その黒い刻印などからあの子というのがドール化された精霊だと察したらしく、驚愕の表情を浮かべている。
 そうやって二人して驚く位には、シオンの発言は耳を疑う物だった。
 正直普通は聞いても中々本当の事だとは思えないかもしれない。

 だけど分かっている。それは本当の事だ。

 シオン・クロウリーはそれだけの為に全てを捨ててあの精霊と旅をしていた。
 それに全てを賭けていた。
 そんなシオンが……よりにもよってそんな事で嘘を付く筈がない。

「予兆はあったんだ。覚えてるかい? アルダリアスの地下での戦いの直後にキミは僕に聞いたよね、どうやって戻ってきたのかと」

「……あ、ああ」

 言われて思い返す。
 あの時、あの地下で既にシオンはいつその場で倒れてもおかしくない状態だったらしい。そんな状態でどうやって合流地点まで戻ってこれたのかと。その事をシオンに聞いたのは覚えている。
 そして結局その答えは結局分からず終いだった。
 理由は分からないが、露骨にはぐらかされたから。

「あの時、実は途中で力尽きた僕の前にあの子が現れたんだ。待機してろって命じていた筈なのにね」

「……マジかよ」

 実際にドール化した精霊を使役する様な真似をした事は無いけれど、ある程度この世界に身を置いていればそれがどれだけ異質な事かは良く分かる。
 だってそれはつまり……その子の意思でそこに現れたのだから。
 そもそも自我がなければ成立しない。

「そこからは紆余曲折あったけれど、あの子があの場に現れなければ僕はキミと合流する事は無かっただろうね」

「……ちなみになんであの時はぐらかしたんだ?」

「言えばキミがあの先どう動くか分からなかった。それだけ言えば察してもらえるかな?」

「……ああ、察する」

「助かるよ」

 それだけで十分察する事ができる。
 あの時の俺が、ドール化した精霊の自我を取り戻す術があるという事を知れば、一体どう動いたか分からない。
 分からない位には嫌な想像は色々と浮かんでくる。
 そして俺の反応を聞いてから、シオンは言葉を続ける。

「それでそれから、あの子は事ある事に表情を変えるようになった。勝手に動く様にもなった。まだ何も知らない誰かがあの子を人間としてみれば、廃人に片足を踏み入れている様な、そんな希薄な感情表現でしかなかったけれど……確かに、あの子には感情が戻っていたんだ……そこに目を付けられた」

「……そういう事か」

 シオンの言わんとしている事を察してそう呟くと、シオンがそれに反応する。

「分かったかい?」

「ああ」

 俺はシオンの言葉に頷いてから答える。

「基本的に自我が戻る筈の無いドール化した精霊に自我が戻った。そりゃ多分、その分野の研究者にとっちゃ研究価値の塊。宝石みたいに見えんだろうな」

「……そういう事だよ。だから僕はルミアにあの子を奪われた」

 確かに、これで態々シオンの連れていたあの子が狙われた理由は分かった。
 でも……そこから先は?

「……でも、なんでお前はあの子を奪われたんだ」

「……」

「いや、違うな。どうやってお前から奪えたんだ、そのルミアって奴は」

「……嵌められたんだよ」

「……嵌められた?」

「……ルミアに見事犯罪者に仕立てられたんだ。もっともそうなるに至ったのは僕の煽り耐性の無さも原因ではあるんだけどね」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...