人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

36 勝つための戦略を 下

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「契約って……俺とお前でか?」

「そだね。いないでしょ、ウチとアンタ以外」

 当然の事を言うようにレベッカはそんな事を言ってから、言葉を続ける。

「ウチとアンタが契約すれば、アンタは精霊を武器にする力を使える様になるでしょ? 他にも――」

「いや、ちょっと待てちょっと待てよレベッカ!」

 レベッカの言葉を遮るようにそう言う俺に対し、レベッカは軽く首を傾げる。

「え? 私なんか変な事言った?」

「言ってんだろ……割りと真面目に」

 ああそうだ。名案の様に提示されたその作戦は本当に無茶苦茶な物だ。
 だってそうだ。

「人間が契約できる精霊の人数は1人だけだろ。まさかそれ知らねえ訳じゃねえよな」

「知ってるよ。契約できる精霊は1人まで。そもそもできないのかやると大変な事になるのかは分からないけどそれは知ってる」

「だったらなんだよ俺と契約しようって。言っとくけどその大変な事が許容できる範囲かもしれないって賭けは無しだからな」

「……もしかして経験済み?」

「……ああ。やって死にかけた。あれは気合いでどうこうできるもんじゃない」

 だからそれをやるのは自殺行為だ。

「だからその案は無しだ。エルを救える可能性が上がる所か潰える」

「なんか勝手に話終わらせようとしてるけど……別に元々多重契約させようなんて思ってないよ。希薄な可能性に賭ける位なら今のままの方がいい。そんなの分かってる」

「それ分かってんなら一体何を……」

 と、そこまで言って思わず押し黙った。
 ……今レベッカの奴、なんて言った?
 そして次の瞬間、レベッカは俺が引っ掛かったその言葉を、より分かりやすく口にする。

「契約している精霊が一人なら何の問題も無いんでしょ? だったら……今だけ契約精霊をウチに切り替えればいい」

「……ッ」

 契約精霊を……切り替える?

「ちょ、お前何言って――」

「アンタらがウチらの所に来た初日に雑談交じりでエルに聞いたんだ。正規契約の事。ちゃんとした契約を結んだ精霊はテリトリーなんてのが無くたって常に全力を出せるみたいじゃない。多分ウチはテリトリー外でも精霊を武器にしている人間相手とやり合える。つまりこれがどういう事か分かる?」

「……お前がより強い力を手に入れる。互角じゃなく優位に戦えるだけの力を」

「それだけじゃない。エイジ……アンタも今より強くなれる」

「今より……強く?」

「アンタ達がウチらの所に来た日、エルに頼まれてあの力の使い方を少しレクチャーしたんだけどね、その時にエルの肉体強化のスペックがどんな程度かは把握できたつもり。それを大雑把にまとめると、今のウチと同程度。テリトリーに入っていないウチと同程度って所なんだ」

 だから、とレベッカは言う。

「ウチと契約すれば、アンタは今より一段階強くなれる」

「……」

 確かに理論上そういう事になるだろう。
 俺達を何度も繋ぎ止めてきた耐久力こそ無くなるだろうが、今の状態から更に一段階強くなれれば、それだけである程度向こうの人間とやり合えるだけの力を得られる筈だ。
 そしてどうやらレベッカが打ち出す契約の切り替えのメリットは更にあるらしい。
 そして、とレベッカは言う。

「ここからは可能性の話だけど……もし精霊を武器にしたアンタが暴走する精霊の力を使う事が出来る様になれば?」

「……ッ」

「もしできればそれこそ最強の力を得られると思うんだ。だから充分試してみる価値はあると思うんだけど、どうかな?」

「……」

 レベッカの出してきた案は、とても合理的な様に思えた。
 事エルを救う為に最も必要なのは戦力で、それを満たす最適解がレベッカの提案だ。
 特に最後の俺が精霊を武器にして暴走の力を使う事が出来る様になれば、それこそレベッカの言う様に最強の力を得られるのかもしれない。
 それこそ……あの天野宗也と相対出来る程の、最強な力を。
 ……だけど。

「……それは駄目だ、レベッカ」

 俺はレベッカの提案を否定する。
 そしてレベッカの方も、確実に頷いてくるとは思っていなかったらしい。落ち着いた様子で俺に聞いてくる。

「割と真剣に最適な作戦だと思うんだけど……理由は? 一応先に言っとくけど、失敗したらエルを完全に見失うみたいな理由は無しだからね? 失敗イコールウチらの死みたいなもんだからさ」

「ああ、そんなの分かってるよ」

 エルの居る建物に潜入し、そこから契約の切り替えを行う。
 そしてある程度把握できたエルの居場所に向けて突きすすむ。それが失敗した時点でもう詰みで次は無いのは間違いないだろう。だからこそその一回の確実性を上げるための策がレベッカの案でもある。
 ……だけどそうした俺にもよく理解できるメリットに目を瞑ってでも、契約を切り替えない理由もまたいくつもあって。
 そしてなにより、そもそも切り替えなんてのは不可能なのだ。

「なぁ、レベッカ。お前、人間と精霊が契約を結ぶ為には何が必要か分かるか?

「分かってる。ある程度の信頼でしょ? もしそこ心配してるなら大丈夫でしょ。ウチは命張って此処にいる。アンタは精霊をまともに見られる。それで契約は結べる筈」

「ああ、結べるよ」

「だったら――」

「でも無理なんだ」

 お前の事を信頼していて、お前に信頼してもらえていても。それでも無理なんだ。

「ある程度の信頼で結ばれてる契約は簡単に無くせるかもしれない。だけどさ……こんな事堂々と言うのもアレなんだけどさ、俺とエルはもうそんなある程度とかで済ませられる様な関係じゃねえんだよ。だからかな、直感的に分かるんだ。一方的な契約の解消なんてできねえって事が。多分本来一方の都合で解消できる様なもんじゃねえんだよ契約ってのは」

 だからその魅力的に思えるレベッカの案は根本的に不可能なのだ。
 そして仮にできた所で……俺は身勝手で、現実が見えていないのかもしれないけれど……エルとの縁を切る様な真似をしたくない。エルが無事でいてくれる事の証明を……多分俺が立ち上がれている理由を、掻き消したくない。
 そして命がけで俺を救おうとしてくれたエルの手から刻印が消えた時の事を考えると苦しい。これは俺のメンタルが弱いからだろうけど、立場が逆なら取り乱して戻れなくなる気がする。エルの場合は分からないけれど、辛い思いをさせる事は分かるから。
 だから……その案はどんな形であれ丁重にお断りする事になったのだと思う。

「そっか……なら仕方ないか。いい案だと思ったんだけどな」

「実際いいアイデアだったと思うぞ?」

「そう言ってくれたら考えた甲斐はあったね」

 レベッカはそう言ってあっさり引き下がる。
 そして軽く咳払いをしてから俺に向き合って言う。

「じゃあ結局具体的な作戦は無し。それでもなんとか無理矢理にでもエルを助ける。それでいいよね?」

「ああ、それでいい。それでなんとしてもエルを助ける」

 それでなんとかする。
 なんとかしてやるんだ。


 そして、そんな風に強化イベントは未遂で終わり、俺達の話は次の段階に移った。
 無理矢理だとかごり押しだとか、そういう言葉を並べていても、最低限の段取りは打ち合わせをして決めておかなければならない。

「とりあえず突入は外歩いてる人間が少なくなる夜って事でいいよね?」

「いやよくねえよ。あと何時間かかんだよそれ。その間にエルに何かあったらどうすんだ。今すぐにでも突っ込めばいいだろ」

「いやいやそれこそ良くない。馬鹿じゃないの? 極力戦闘減らさないといけないのに、向こうの人間と憲兵と挟まれたりでもしたら洒落になんないでしょ」

「いや、でもなぁ……」

「でもじゃないって。無謀な戦い挑むより多少時間かかっても可能性のある戦い方しないと――」

 と、俺達がそんな風に今後の事を話していた時だ。

 俺達の後方で、眩い光が放たれたのは。 
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