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七章 白と黒の追跡者
ex 地獄の主について
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そしてそんな口ぶりのまま、その精霊は言う。
「そしてアンタの契約者も。でないとこの子の契約者と接触しないよね。それに刻印だって黒くない。綺麗な白色」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
今まで出会った事の無い反応を見せるその精霊に思わずエルは問いかける。
「アナタは……いえ、アナタもそういう人間を知ってるんですか!」
「……知ってるよ」
その精霊は二つ返事でそう答える。
……だけど何かが決定的に違った。
例えばもし自分があの精霊の立場だったら。尋ねられる側だったとすれば、一体どう考えただろうか。
答えは、少なくとも目の前の精霊の様に不快な存在を思いだす様な、そんな声音にはならない。
そう、目の前の精霊はそんな声音でエルの問いに答えた。
そんな人間いるとすれば。そんな人間の存在を信じられたのだとすれば、きっとそれはそんな酷い声音で語る様な存在では無い筈なのに。
そしてその精霊は、その不快な存在について口にする。
「だってここの人間がそうだから。知らない筈がない」
「……ここの?」
「そう、ここの研究者」
そしてその精霊は一拍空けてから言う。
「……地獄の主とでも言った方がしっくり来るかな。地獄が地獄たる所以だよあの人間は」
そう言って、その精霊は渇いた笑い声を上げる。
その精霊の反応を見て、目の前の精霊は一体何を言っているのだろうと思った。
彼女曰くこの場所は地獄で。その地獄の主と言われる人間は研究者で。
それだけなら分かる。確かに精霊を研究する施設なら精霊にとって地獄なのは間違いなくて、その地獄を統べる研究者はまさしく地獄の主だろう。
でも目の前の精霊はその地獄の主を、精霊の事を資源だとは思わない類の人間だと言った。
だとすれば、此処が地獄である筈がないのだ。
「……それ、どういう事ですか」
エルはその精霊に問う。
「その人、精霊の事をまともに見られる人なんですよね」
「……そうだよ。あの研究者は精霊を資源だとは思っていない。精霊術という力を持っている事以外は人間と何も変わらないって思ってる。そう言ってた」
「だったら……一体何がどうなってるんですか」
分からない。
だとすれば意味が分からない。
「そんな人が此処の主だったなら、此処が地獄になる筈ないじゃないですか」
だってそうだ。エルは知っている。
まともな人間をエルは知っている。
瀬戸栄治に宮村茜。土御門誠一。シオン・クロウリー。
土御門陽介を始めとした五番隊の面々に、牧野霞や荒川圭吾。
そして他の部隊の人にも優しい人は大勢いて。対策局以外で顔見知りになった人もそんな人ばかりで。
そして……天野宗也を始めとした精霊に憎しみを向ける様な人だって、今まで精霊がやってきた事の性でそうなっているだけで、そんな事が無ければもっとまともな関係を築けたであろう人達ばかりで。
きっと、好きで精霊を殺している様な人なんて誰もいなくて。
だから、分からない。
そんな、まともに精霊の事を見られる人間がいるにも関わらず、地獄と言われる理由が。
いや、そもそもこんな施設を運営している理由が。
そしてその精霊は少し不思議な物を見る様な視線をエルに向ける。
「……なる筈ないって、なんで?」
「……なんでって」
「……寧ろ逆。そういう人間だから此処は地獄なんだ」
「……」
流石に意味が分からなくて押し黙った。
そんなエルを見てその精霊は言う。
「……ここまで言って分かんないんだ。アンタはアレだね、多分今までずっと相当生温い環境で生きてきたんじゃないかな」
「……ッ」
言われて思わず反論したくなってくる。
そんな事はない筈だ。
少なくともエイジに出会う前までは、精神的にギリギリな所にまで追い込まれていたのだと思う。
その後だって何度も何度も修羅場を潜ってきた。それは決して生温くはなかった筈だ。
だけど……次の言葉でようやく気付く。
今自分が考えてきた事が見当違いだった事を。
「……理不尽で純粋な悪意って、触れた事無いでしょ」
「……ッ」
理不尽で純粋な悪意。
それが一体どういう事を指すのか、具体的な例が思いつかない。
……そして思いつかないのが答えだった。
「出会って来た精霊も、何人かは分からないけど出会って来た人間も、精霊への価値観云々の前にまともな人間性を持っていた。持っている精霊や人間としか出会ってこなかった」
「……」
「……理不尽な悪意を向ける様な誰かと、出会った事が無かった」
「……はい」
確かにその通りだとエルは頷いた。
多分自分は、そういう存在と出会った事が無いのかもしれない。
この世界の人間は悪意とかそういう問題ではなく、根本的な価値観の問題だから除外するとして、ではそれ以外は。
天野宗也を始めとした精霊に対して憎しみを向ける人間の視線には確かに悪意があったのだろう。
だけどそれは正当なものだ。誰が悪いかと言われれば少なくとも、そういう視線を向けてきた人間は悪くない。向けるだけの正当な理由があって、それを理不尽だするならば、多くの事が理不尽で片付いてしまう。
そして今まで出会ってきた精霊はどうだっただろうか。
少なくとも理不尽な感情を向けられる事は無かった。
だとすれば本当に出会った事がない。
「……だったらアンタは運が良いよ。でも覚えといた方がいいよ。どうせこれから嫌という程知るだろうけど……いるんだよ、嫌な奴は」
そして精霊は、本当に不快な事を口にするように重苦しい口調で言う。
「自分達と同じ様に思っている相手を、平気で実験動物みたいに扱える倫理観の狂った奴が」
「そしてアンタの契約者も。でないとこの子の契約者と接触しないよね。それに刻印だって黒くない。綺麗な白色」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
今まで出会った事の無い反応を見せるその精霊に思わずエルは問いかける。
「アナタは……いえ、アナタもそういう人間を知ってるんですか!」
「……知ってるよ」
その精霊は二つ返事でそう答える。
……だけど何かが決定的に違った。
例えばもし自分があの精霊の立場だったら。尋ねられる側だったとすれば、一体どう考えただろうか。
答えは、少なくとも目の前の精霊の様に不快な存在を思いだす様な、そんな声音にはならない。
そう、目の前の精霊はそんな声音でエルの問いに答えた。
そんな人間いるとすれば。そんな人間の存在を信じられたのだとすれば、きっとそれはそんな酷い声音で語る様な存在では無い筈なのに。
そしてその精霊は、その不快な存在について口にする。
「だってここの人間がそうだから。知らない筈がない」
「……ここの?」
「そう、ここの研究者」
そしてその精霊は一拍空けてから言う。
「……地獄の主とでも言った方がしっくり来るかな。地獄が地獄たる所以だよあの人間は」
そう言って、その精霊は渇いた笑い声を上げる。
その精霊の反応を見て、目の前の精霊は一体何を言っているのだろうと思った。
彼女曰くこの場所は地獄で。その地獄の主と言われる人間は研究者で。
それだけなら分かる。確かに精霊を研究する施設なら精霊にとって地獄なのは間違いなくて、その地獄を統べる研究者はまさしく地獄の主だろう。
でも目の前の精霊はその地獄の主を、精霊の事を資源だとは思わない類の人間だと言った。
だとすれば、此処が地獄である筈がないのだ。
「……それ、どういう事ですか」
エルはその精霊に問う。
「その人、精霊の事をまともに見られる人なんですよね」
「……そうだよ。あの研究者は精霊を資源だとは思っていない。精霊術という力を持っている事以外は人間と何も変わらないって思ってる。そう言ってた」
「だったら……一体何がどうなってるんですか」
分からない。
だとすれば意味が分からない。
「そんな人が此処の主だったなら、此処が地獄になる筈ないじゃないですか」
だってそうだ。エルは知っている。
まともな人間をエルは知っている。
瀬戸栄治に宮村茜。土御門誠一。シオン・クロウリー。
土御門陽介を始めとした五番隊の面々に、牧野霞や荒川圭吾。
そして他の部隊の人にも優しい人は大勢いて。対策局以外で顔見知りになった人もそんな人ばかりで。
そして……天野宗也を始めとした精霊に憎しみを向ける様な人だって、今まで精霊がやってきた事の性でそうなっているだけで、そんな事が無ければもっとまともな関係を築けたであろう人達ばかりで。
きっと、好きで精霊を殺している様な人なんて誰もいなくて。
だから、分からない。
そんな、まともに精霊の事を見られる人間がいるにも関わらず、地獄と言われる理由が。
いや、そもそもこんな施設を運営している理由が。
そしてその精霊は少し不思議な物を見る様な視線をエルに向ける。
「……なる筈ないって、なんで?」
「……なんでって」
「……寧ろ逆。そういう人間だから此処は地獄なんだ」
「……」
流石に意味が分からなくて押し黙った。
そんなエルを見てその精霊は言う。
「……ここまで言って分かんないんだ。アンタはアレだね、多分今までずっと相当生温い環境で生きてきたんじゃないかな」
「……ッ」
言われて思わず反論したくなってくる。
そんな事はない筈だ。
少なくともエイジに出会う前までは、精神的にギリギリな所にまで追い込まれていたのだと思う。
その後だって何度も何度も修羅場を潜ってきた。それは決して生温くはなかった筈だ。
だけど……次の言葉でようやく気付く。
今自分が考えてきた事が見当違いだった事を。
「……理不尽で純粋な悪意って、触れた事無いでしょ」
「……ッ」
理不尽で純粋な悪意。
それが一体どういう事を指すのか、具体的な例が思いつかない。
……そして思いつかないのが答えだった。
「出会って来た精霊も、何人かは分からないけど出会って来た人間も、精霊への価値観云々の前にまともな人間性を持っていた。持っている精霊や人間としか出会ってこなかった」
「……」
「……理不尽な悪意を向ける様な誰かと、出会った事が無かった」
「……はい」
確かにその通りだとエルは頷いた。
多分自分は、そういう存在と出会った事が無いのかもしれない。
この世界の人間は悪意とかそういう問題ではなく、根本的な価値観の問題だから除外するとして、ではそれ以外は。
天野宗也を始めとした精霊に対して憎しみを向ける人間の視線には確かに悪意があったのだろう。
だけどそれは正当なものだ。誰が悪いかと言われれば少なくとも、そういう視線を向けてきた人間は悪くない。向けるだけの正当な理由があって、それを理不尽だするならば、多くの事が理不尽で片付いてしまう。
そして今まで出会ってきた精霊はどうだっただろうか。
少なくとも理不尽な感情を向けられる事は無かった。
だとすれば本当に出会った事がない。
「……だったらアンタは運が良いよ。でも覚えといた方がいいよ。どうせこれから嫌という程知るだろうけど……いるんだよ、嫌な奴は」
そして精霊は、本当に不快な事を口にするように重苦しい口調で言う。
「自分達と同じ様に思っている相手を、平気で実験動物みたいに扱える倫理観の狂った奴が」
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