人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

ex 地獄での邂逅

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 「……ッ」

 この場所が地獄であるという事は知っていた。
 だけど改めてそれを身をもって知っている様な誰かから直接聞かされれば流石に臆する。
 ……それだけ目の前の精霊の表情は絶望的なものだった。
 そしてその精霊は表情を変えずにエルに言う。

「……災難だったね、よりにもよってこんな所に連れてこられて」

「……ここはどこなんですか」

 おおよその予測はついていた。
 だけど予測は予測に過ぎなくて、そして目の前の精霊はその答えを知っている。
 だとしたら。例えそれが踏み込まないほうがいい事だと分かっていても、踏み込まずにはいられない。
 そしてエルの問いに対して、その精霊は渇いた笑い声をあげながら言う。

「ハハハ、だから地獄だって言ってるじゃん」

 そう言った精霊はしばらく笑っていたが、その声もやがて小さくなり、そして笑い声が止まってから一拍空けて精霊はエルに言う。

「……本当に知りたいの?」

 その問いにエルが頷くと、その精霊は今度こそこの場所の事を口にする。

「……研究所だよ。頭のイカれた人間のね」

「……」

 予想通りだった。予想通り最悪な場所だった。
 だけどここが加工工場でないと確信が持てたのは大きかった。
 加工工場でないのなら、またマシだと思えたから。
 すぐさま決定的に終わってしまわないだけマシだと思えたから。
 そしてそのほんの僅かな安堵をその精霊は見抜いたのかもしれない。その精霊はエルの心境を見抜いた様に生気の無い目を向けて言う。

「……余裕そうだね。工場じゃなくて良かったと思った?」

「……」

「……工場に送られた精霊の方が幸せだよ。文字通りここは地獄だからさ」

「……ッ」

 分かっている。此処が地獄なのだという事は。
 だけど他ならぬ精霊に工場の方が幸せだなんて事を言われれば、自分の想像を絶するような場所なのではないかと思ってしまう。

「……そんなに酷い所なんですか、ここは」

「……多分ここ以上の地獄はこの世界のどこを探したって見つからないよ」

 そう言った精霊は、再び渇いた笑い声をあげてからエルに言う。

「……でもアンタは運が良いよ。私よりも幾分かマシだ」

「どういう事ですか?」

「……そっちの牢は特別なんだ」

「特別?」

「……そっちの牢に入れられていた精霊は一人だけ。その精霊は特別な精霊で、人間からの扱われ方も私達とは違ってた……ああ、こっちの牢は何人も纏めて精霊が入れられてたんだ。もう誰もいないけど」

 その言葉に思わず血の気が引いた。
 工場でドール化されるわけでは無い。研究所で、研究対象の精霊がいなくなる。
 それはつまり……どういう事なのかは少し考えただけでも理解できて、少なくとも対策局で霞がエルを研究材料として行っていな様な研究とは比べるのもおこがましい様な、そんな事が行われているのは間違いなくて。
 ……一体ここで何が行われているのか。それが恐ろしくてこれ以上踏み込む気力を削ぎ落されている様だった。

「……そんな顔しなくても、アンタはひとまず大丈夫だよ。アンタもあの子と同じで何か特別な事があってそっちに入れられているんだろうから。だったら丁重に扱われるよ。ひとまずはね」

「……」

「……心当たりある?」

 特別な事。
 それが何なのかは大体理解できる。
 白い刻印。
 武器化する精霊。
 そして禍々しい雰囲気を纏う精霊。
 確かに研究材料としては特別なのかもしれない。

「……はい。色々と」

「……そっか。ならアンタは間違いなく希少な実験体だ。先の見えてる私と違う……まあ生き地獄なのかもしれないけど」

「……」

 その言葉に返すべき言葉は見つからなかった。
 何を言っても気休めにしかならなくて。そして気休めを言える立場でもなかったから。
 今のエルには時折壊れた様な笑みを浮かべるその精霊にしてあげられる事は無い。
 そしてその精霊はエルに言う。

「……とにかく、この先どれだけ私が生きてるかは分からないけど、三人で仲良くやろうよ」

「……三人?」

 思わずそう聞き返した。
 だってこの場には自分と目の前の精霊しかいない。
 ……あと一人は?
 その答えが自然とエルの中に浮かんでくるとほぼ同時に、目の前の精霊がそれに答える。

「……今連れだされているだけで、アンタの牢のもう一人は多分ここに戻ってくるから。そしたら三人」

 だがそう言った精霊は自分の発言を訂正する様に言う。

「……あーでも、実質二人かな。あの子喋らないし」

「……それだけ精神的に参ってるって事ですか?」

 多少丁重に扱われたとしても、この場所が酷い場所だという事は間違いではない。
 だとすればその現実に打ちひしがれて気力を失って、塞ぎ込むのもおかしな話ではないだろう。
 だけど目の前の精霊はエルの言葉を否定する。
 否定して、予想外の言葉を告げる。

「……違うよ。まあ精神的に参ってるってのも間違いでもない気がするけど……あの子はそんなのとっくに壊されてるから」

「……それってどういう――」

「……ドール化されているんだよ。だから会話なんて成立しない。話しかけても返答はないし、向こうから何か言う事もない」

「ドール化……」

 その言葉を聞いて一つの疑問が沸いた。
 ドール化した精霊。人間にとっての資源として加工された精霊は、特別扱いする様な存在になり得るのだろうか
 ……否、それは違うはずだった。
 この世界の人間にとってドール化された精霊なんてのはただの消耗品にすぎなくて。そしてどこにでもいる様な存在で。
 だからきっと、特別扱いされる様な事はあり得ないと思った。
 だけど特別扱いされる何かがその精霊には備わっているからこそ、特別扱いされている。
 そして目の前の精霊は言う。

「……あの子、感情があるらしいんだ。ドール化された精霊なのに」

「……感情が?」

 それは聞いた事の無い話だった。
 ドール化された精霊は文字通り操り人形そのものの様で、そこに感情などある筈がなくて。
 そもそもその感情を破壊して言う事を何でも聞かせられる様にする為に、ドール化という技術が存在していて。
 そして一度ドール化した精霊が元に戻るなんて話は聞いた事がなくて。
 ……もしそんな精霊がいたのだとすれば、確かにその精霊は特別だ。

「でも会話が成立しないんですよね。それ感情があるって言えるんですか?」

「……まああくまで此処の人間が話ていたのを聞いただけだから実際の所どうなのかは分からない」

 だけど、とその精霊は言う。

「……その子、自分の手の黒い刻印をずっと見てた。まるで大切な宝物でも眺めているみたいにね。まあ感情があったとして、あんなものにあんな視線を向ける感情は理解できないけど」

 ……確かに理解できない。
 それが自分の様に白い刻印であったなら、大いに理解できる。それが互いの信頼の証で、大切な人と自分を繋ぐ糸の様な物だから。
 だけど黒い刻印は人間が一方的に結ばせた契約の刻印だ。精霊にとって刻まれるような事があってはならない刻印だ。
 ……もしも本当にその精霊に感情があったのならば、一体その精霊はその刻印にどんな感情を抱いていたのだろうか?

 そしてそんなやり取りの中で、目の前の精霊は何かに気付いた様に言う。

「……あ、戻ってきたかも」

 言われてみれば静かなこの空間に足音が聞こえたような気がした。
 そしてその足音はゆっくりと近づいてきて、そしてエルと今まで会話していた精霊の牢。その間の通路に白衣を来た人間と、枷を嵌められた精霊が立ち止った。
 そしてその立ち止った精霊を見て、思わず絶句する。

「……ッ」

 ……そこにいたのは、此処にいてはいけない存在だった。
 いや、ここにいていい精霊なんて存在しない。
 だけど……それでも、彼女だけは他のどの精霊よりもこの場所にいる事がおかしい精霊はいない。

 金髪のロングヘアーで小柄な体型のドール化された、黒い刻印を右手の甲に刻んだ精霊。
 自分やエイジを助けてくれて、片腕を失ってまでレベッカを助けた人間の隣にいなければおかしい存在。

 シオン・クロウリーの契約精霊がこの地獄で、枷に繋がれそこにいた。
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