人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
上 下
336 / 431
七章 白と黒の追跡者

34 黒髪の追跡者

しおりを挟む
 そしてエリスからバイクを受け取った俺達は、流石に乗り回せる地形でもない事もあり、バイクを持って急ぎ足で森の出口を目指す事にした。
 そう、バイクを持って。

「……なんというか、シュールな光景だな」

「そう?」

「だってお前、バイクって普通肩に担いで持ち運ぶ物じゃねえからな?」

「まあ普通にしてたら重いし。ウチが特別か」

 重力を操作する精霊術を使えるレベッカは、触れたものの重力を変動させる事ができる。
 だからこそまるで御輿でも担ぐ様に持ち運べる訳だが……まあとにかくシュールな光景だ。
 でもまあシュールだろうとなんだろうと、運べて乗れればそれでいい。
 どんな形であれ、早急にエルの元へと向かえればそれでいい。

 そしてやがて、俺達は森の外へと出た。
 此処から先は広い平原が広がっていて、森の中とは違い悪路でもない為バイクでの移動は十分に可能だ。

「さて、じゃあここからはコレ使っての移動ね」

「そうだ、ヘルメットは?」

「なにそれ?」

「まあいいや」

 どうせ振り落とされても死なねえだろうし。

「なんかよく分からないけど、別にいいなら早く乗った乗った」

 既に重力の変動を解除して車輪を地面へと付けたレベッカは、軽い身のこなしで座椅子に腰かけてからエンジンを掛け、勢いよく空吹かしさせる。

「おう」

 俺もそう答えてレベッカの後ろに腰かけた。
 準備完了。後は進むだけだ。

「よし、レベッカ。出してくれ」

「……いいけど肩とか腰に捕まっとかなくて大丈夫? 結構とばすつもりだから危なくない?」

「大丈夫だ。バイクの後ろのフックみたいのあるだろ? これに捕まってりゃいいから」

 運転免許は持ってないが二人乗りは頻繁にやってたからな。その辺の知識はある。

「ふーん。ならいいけど」

 ああ、うん、それでいい。
 断じて女の子にこういう形で触れるのが恥ずかしいとかそういう訳じゃない。
 多分肩なら普通に掴める。
 腰に手を回すのは……なんかこう、セクハラ感が凄いから凄い抵抗あるよね。男女逆だと。
 だから肩掴んでないのはそういう事だ。正直スピード出すんだったら前の何かを掴んでた方が絶対バランスいい気がするけどそういう事だ、うん。
 まあそれはもうどうでもいい。

「じゃあ行くよ! 振り落とされないように気をつけて!」

「ああ! 遠慮なくぶっ飛ばせ」

 今は気合いを入れて、エルを助ける事だけ考えていればそれでいい。
 そして俺が指示した方角に向けて、レベッカの運転するバイクは勢いよく動き出したのだった。




 だけど飛ばすって言っても限度があると思いました。


「れ、れれれれレベッカ!?」

「いっええええええええい! 風が気持ちいいいいいいいいいいいいいい!」

 俺はなんとか下を噛まないようにレベッカの名前を呼ぶが、運転を初めてからテンション高めにも程がるレベッカに声がまともに届いている様子がない。
 だけどとにかく届けたい。
 なんというか……早すぎる!

「やばいやばいやばいってこれ! ちょっとアカン奴だこれ!」

「え? なに? 最高って!? アンタ分かる奴じゃん!」

「てめえどんな耳してんだぶっとばすぞ!」

「え? もっと飛ばせって?」

「誰がんな事言って……うぉッ!」

 既に無茶苦茶な速度で走行していたバイクが更に加速する。
 ……ってオイオイ! スピードメーカー振りきってねえか!?
 って事はなに!? 今300キロ出てんの!? ふ、ふふふふざけんじゃねえぞこの野郎!

 次の瞬間、若干地面に段差があったのか、凄い勢いで車体がホップアップする。

「ふぅ!」

「うおぉッ!?」

 そして俺の体もホップアップ。
 割りと冗談抜きで。

「ちょ、ちょちょちょ、死ぬ死ぬ死ぬ!」

 車体から浮いた体は車体後方のクラブバーを握った手だけを残し、ヒモが付けられた風船の如く宙に浮かび上がる。

「……ッ!?」

 それでもなんとか風を操りバランスを取って地面に落ちない様にする。
 ……あ、なんだこれ。バランスさえ取れたら結構行けんじゃないか? とにかく早く進むこと事態はいいことなんだし。
 ……いやいやいや! 結局肉体強化も使って風も操って無茶苦茶体力使ってる! つーかやっぱ怖い怖い怖い!

「レベッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「……なによ、うるさいわね……ってエライ事になってるぅッ!?」

「よぉし! 一旦ゆっくり減速するんだ! いいか! ゆっくりだぞ! じゃねえと俺多分死ぬから!」

「りょ、了解!」

 とりあえず道路交通法って大事だなぁと思った。


 まあそんなハプニングの様な事を起こしながらも、こんなくだらないことで命を失う様な事はなく、無事一度減速して止まる事ができた。
 そして今度は流石に恐怖心が羞恥心を遥かに上回ったので、より安定しそうな体勢とレベッカが改めて進めてきた腰に手を回す体勢を大人しく取ることにした。

「最初からそうしておけば良かったのに」

「うるせえ。あんなアホみたいなスピードで走る事想定してなかったんだよ」

「でも少しでも早く辿り着きたいんでしょ」

「ああ。だから今こうしてる。これなら行けそうだからもう一回最高速でぶっ飛ばせ」

「了解。任せといて」

「……」

「……」

「……」

「……なんか手付きがいやらしくない?」

「そ、そんなやましい気持ちでやってねえぞ!? 提案したのお前の癖にそ、その言い方はねえだろうが!」

「妙に拒否ったり動揺したりする辺り、なんかこう、あれよね……アンタ全く免疫ないよね」

「……」

 俺は何も答えない。だけど否定もできない。
 ……実際どうよ。こういうのって普通なんとも思わねえの?

「……その調子だとアレね。中々エルに手ぇ出せなさそうだね。やることなすことぶっ飛んでそうなのに、そういう所は無茶苦茶奥手そう」

「……」

 何も答えない。当然否定もできない。
 実際恋人繋ぎだけであの有り様なんだから。今まで何度もそれ以上の事はしている筈なのに、何気ない状況の中ではそれが限界。
 ……完全にヘタレのそれだし。まさか自分がここまでヘタレだとは思わなかったよ本当に。

「無言って事はもうそれ答えって事でいいよね。やーいヘタレヘタレ」

「もういいよそれで。実際ヘタレだよちくしょう。手とか出せる気しません!」

 そんな俺の言葉にレベッカは笑う。
 そして笑った上で、少しだけ真剣な雰囲気で俺に言う。

「でもこの先エルと再開できたら、その時位は男らしく振る舞いなさいよ。多分今意識があるとしたら、不安な気持ちで一杯だろうから」

「ああ、分かってる」

 少しでもエルを安心させられるように。
 今は。今位は少しでも強い自分でエルの前に立ちたい。
 それだけの強い心持ちでエルの前に立とう。
 ……もしかしたらエルの前に立つと泣いてしまうかもしれないけど。

「……そういう言葉は普通に強いし、きっとできるから此処にいるのに。なんでそんなにヘタレなのかなー全く」

 少し呆れる様にそう言ったレベッカは、一拍開けてから言う。

「じゃあもう準備はいい? そろそろ行くよ!」

「じゃあ準備万端だ。全速力で行ってくれ、レベッカ」

「振り落とされないでよ!」

「ああ!」

 そして再びバイクはそのスペックで出すことができる最高速で走り出す。
 目指すはエルの捕らわれたどこか。
 そこがどこなのか。これからどれだけ強大な敵を相手にしなければならないのか分からないけど。
 それでも、行くんだ。
 エルの前に立って抱き締めて、もう大丈夫だって言ってやる。
 だから……無事でいてくれ、エル。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

双子の姉妹は無双仕様

satomi
ファンタジー
双子の姉妹であるルカ=フォレストとルリ=フォレストは文武両道というか他の人の2~3倍なんでもできる。周りはその事実を知らずに彼女たちを貶めようと画策するが……

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

処理中です...