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七章 白と黒の追跡者
ex 帰る為に
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空中であれば少なくとも結界の男の妨害を受ける可能性は引くかった。
だから対象を殺す手段としては最適解だったのかもしれない。
だが空中は遮蔽物も何もない距離で、そこに居たのはエルと殺すべき相手の人間だけで。
そうなれば遠距離の攻撃手段を持つものにとって、空中のエルは分かりやすい的でしかない。
そして今地上には一人、遠距離からの攻撃を可能とする、今の自分と同等かそれ以上の敵がいる事は分かっていた。
……だからこれはきっと、なるべくしてなった結果なのだろう。
「……ッ」
激痛に意識が飛びそうになりながら、ダメージで風のコントロールを失ったエルは上空から地上へと落下する。
腹部を撃ち抜かれはしたが、それだけで絶命はしていない。
戦いの前に見たような大規模を破壊する出力を持つ一撃は、おそらくある程度の溜めが必要な攻撃だったのだろう。あくまでエルを打ち抜いたのは口径の大きい銃弾程度。だからまだ意識はそこにある。
だけどそれはエイジやエルでなければ、それだけで死に至る程の致命傷で。
……そして既に全身が内側からも外側からもズタボロになっていたエルの体にとってその一撃は致命傷一歩手前の一撃である事に間違いは無かった。
意識が朦朧とする。気を抜けば意識は簡単に掻き消えそうで、そんな状態で地面が近づいてくる。
そしてエルは地面への直撃を避ける為に再びなんとか風を操作して地面に風のクッションを作りだし、少しでも衝撃を抑える。
「……ッ」
それでも衝撃を抑えられただけだ。
「ぐぁ……」
地面に激突し鈍い声を漏らしながら地面を転がる。
「……ぁ……が……」
元々大怪我を負っていた所に腹を精霊術の銃弾で打ち抜かれ、そして地面に叩き付けられた。
……それはいくら肉体強化が戦闘の続行能力に長けているとはいえ、とてももう動ける様な怪我では無かった。
……それでも。
「……ッ」
自らの血液で濡れる地面に両手を突き立て、徐々に徐々に体を起こしていく。
通常時のエルならば到底できない事だ。動く事すらままならず、徐々に血液と体温を失い死に至る。そういう状態の筈だった。
それでも今のエルは動いた。
普段では到底不可能な風の操作を可能としたバーストモード。その状態で発動する肉体強化は元より化物染みていた戦闘続行能力をより高い物へと昇華させている。
だからまだ動ける。
だからまだ……そこに帰る意思はある。
(……帰るんだ、エイジさんの所へ)
幸い件の結界の男が無防備になったエルに追撃を仕掛けてくる様な事は無かった。
もしかすると件の遺体の元へと走っているのかもしれない。
そして今の所エルの視界に映る範囲では敵の姿は見えなかった。
何しろ此処は戦場の最後方だ。ここに敵が集まるようならもうそれは撤退戦を始めている時だ。
……逆に言えば、それが始まれば此処に集まる。
「……ッ」
ゆっくりと、足を引きずりながら歩くエルの視界に一人の人間が映った。
……おそらく今の満身創痍のエルにとっては最悪の相手なのだと思う。
現れたのは通常の人間と精霊のペアではなかった。そのどちらか片割でも相当苦しい中、それですらあってくれなかった。
そして結界の男でもない。
現れたのは、エルが知る限り結界の男と同等にこの場で出会いたくなかった相手。
……マスケット銃を手にした、エルの腹部を打ち抜いた張本人。
考えられる限り、人間側の戦力で1、2位を争う程の実力者。
「……まだ生きているのか」
おそらくその男はその一撃でエルを殺せたと思っていたのだろう。
そしてその後、なんらかの要因がありこの最後方の場へと戻ってきたのだろう。
結果、こうしてエルと対峙した。
そして……満身創痍のエルを見据えて、意味深な言葉を呟く。
「この感じ……お前もそうか」
この感じというのが一体何を指すのか、それは自然と理解できた。
今エルが纏っている雰囲気が普通の精霊と違う事は知っている。
それが禍々しい雰囲気だという事は知っている。
この感じというのはそういう事だろう。
そしてそれを纏えるのはこの場においてもう一人。
本来目の前の男と戦っている筈のレベッカ。
そのレベッカと対峙しているが故に、お前もという事を言ったのだろう。
だけど、そんな事はどうでもよくて。
今はそんな事を考えている余裕はなくて。
なんとか目の前の男を退け、エイジの元へと帰る。
それだけを考えた。
まだまともに動ける相手を前に今の自分が打ち勝つという事がどれだけ難しい事なのかは嫌という程分かっていても。
……辛うじて動く事はできても。意識は今にも掻き消えそうで。そんな状態で戦う事なんてできない事位よく分かっているけど。
それでも。一歩前へと足を踏み出した。
歯を食いしばり拳を握った。
エイジを一人にしたくない。
自分も一人になりたくない。
死にたくない。捕まる様な事にもなりたくない。
こんな所で……終わりたくはない。
「……ッ」
自らを鼓舞する為に叫び声を上げる程の気力もなかった。
それでも戦う為に。生き残る為に一歩一歩と前へと踏み出した。
それがもう精霊術を使っていない生身の相手も倒せない程、緩やかでふら付いた動きだとしても。
右手に風の塊を形成して、目の前の男を退ける為に。
(……待っててくださいエイジさん。絶対に帰りますから)
そして足元に風の塊を形成。
足りない速度を補う為に、着地のことなど考えずに加速した。
対する白衣の男は静かにマスケット銃をエルに向けられる。
そして。
銃声が響き渡った。
だから対象を殺す手段としては最適解だったのかもしれない。
だが空中は遮蔽物も何もない距離で、そこに居たのはエルと殺すべき相手の人間だけで。
そうなれば遠距離の攻撃手段を持つものにとって、空中のエルは分かりやすい的でしかない。
そして今地上には一人、遠距離からの攻撃を可能とする、今の自分と同等かそれ以上の敵がいる事は分かっていた。
……だからこれはきっと、なるべくしてなった結果なのだろう。
「……ッ」
激痛に意識が飛びそうになりながら、ダメージで風のコントロールを失ったエルは上空から地上へと落下する。
腹部を撃ち抜かれはしたが、それだけで絶命はしていない。
戦いの前に見たような大規模を破壊する出力を持つ一撃は、おそらくある程度の溜めが必要な攻撃だったのだろう。あくまでエルを打ち抜いたのは口径の大きい銃弾程度。だからまだ意識はそこにある。
だけどそれはエイジやエルでなければ、それだけで死に至る程の致命傷で。
……そして既に全身が内側からも外側からもズタボロになっていたエルの体にとってその一撃は致命傷一歩手前の一撃である事に間違いは無かった。
意識が朦朧とする。気を抜けば意識は簡単に掻き消えそうで、そんな状態で地面が近づいてくる。
そしてエルは地面への直撃を避ける為に再びなんとか風を操作して地面に風のクッションを作りだし、少しでも衝撃を抑える。
「……ッ」
それでも衝撃を抑えられただけだ。
「ぐぁ……」
地面に激突し鈍い声を漏らしながら地面を転がる。
「……ぁ……が……」
元々大怪我を負っていた所に腹を精霊術の銃弾で打ち抜かれ、そして地面に叩き付けられた。
……それはいくら肉体強化が戦闘の続行能力に長けているとはいえ、とてももう動ける様な怪我では無かった。
……それでも。
「……ッ」
自らの血液で濡れる地面に両手を突き立て、徐々に徐々に体を起こしていく。
通常時のエルならば到底できない事だ。動く事すらままならず、徐々に血液と体温を失い死に至る。そういう状態の筈だった。
それでも今のエルは動いた。
普段では到底不可能な風の操作を可能としたバーストモード。その状態で発動する肉体強化は元より化物染みていた戦闘続行能力をより高い物へと昇華させている。
だからまだ動ける。
だからまだ……そこに帰る意思はある。
(……帰るんだ、エイジさんの所へ)
幸い件の結界の男が無防備になったエルに追撃を仕掛けてくる様な事は無かった。
もしかすると件の遺体の元へと走っているのかもしれない。
そして今の所エルの視界に映る範囲では敵の姿は見えなかった。
何しろ此処は戦場の最後方だ。ここに敵が集まるようならもうそれは撤退戦を始めている時だ。
……逆に言えば、それが始まれば此処に集まる。
「……ッ」
ゆっくりと、足を引きずりながら歩くエルの視界に一人の人間が映った。
……おそらく今の満身創痍のエルにとっては最悪の相手なのだと思う。
現れたのは通常の人間と精霊のペアではなかった。そのどちらか片割でも相当苦しい中、それですらあってくれなかった。
そして結界の男でもない。
現れたのは、エルが知る限り結界の男と同等にこの場で出会いたくなかった相手。
……マスケット銃を手にした、エルの腹部を打ち抜いた張本人。
考えられる限り、人間側の戦力で1、2位を争う程の実力者。
「……まだ生きているのか」
おそらくその男はその一撃でエルを殺せたと思っていたのだろう。
そしてその後、なんらかの要因がありこの最後方の場へと戻ってきたのだろう。
結果、こうしてエルと対峙した。
そして……満身創痍のエルを見据えて、意味深な言葉を呟く。
「この感じ……お前もそうか」
この感じというのが一体何を指すのか、それは自然と理解できた。
今エルが纏っている雰囲気が普通の精霊と違う事は知っている。
それが禍々しい雰囲気だという事は知っている。
この感じというのはそういう事だろう。
そしてそれを纏えるのはこの場においてもう一人。
本来目の前の男と戦っている筈のレベッカ。
そのレベッカと対峙しているが故に、お前もという事を言ったのだろう。
だけど、そんな事はどうでもよくて。
今はそんな事を考えている余裕はなくて。
なんとか目の前の男を退け、エイジの元へと帰る。
それだけを考えた。
まだまともに動ける相手を前に今の自分が打ち勝つという事がどれだけ難しい事なのかは嫌という程分かっていても。
……辛うじて動く事はできても。意識は今にも掻き消えそうで。そんな状態で戦う事なんてできない事位よく分かっているけど。
それでも。一歩前へと足を踏み出した。
歯を食いしばり拳を握った。
エイジを一人にしたくない。
自分も一人になりたくない。
死にたくない。捕まる様な事にもなりたくない。
こんな所で……終わりたくはない。
「……ッ」
自らを鼓舞する為に叫び声を上げる程の気力もなかった。
それでも戦う為に。生き残る為に一歩一歩と前へと踏み出した。
それがもう精霊術を使っていない生身の相手も倒せない程、緩やかでふら付いた動きだとしても。
右手に風の塊を形成して、目の前の男を退ける為に。
(……待っててくださいエイジさん。絶対に帰りますから)
そして足元に風の塊を形成。
足りない速度を補う為に、着地のことなど考えずに加速した。
対する白衣の男は静かにマスケット銃をエルに向けられる。
そして。
銃声が響き渡った。
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