人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

16 壊れた枷

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「ところでエルはブラック同盟に入れる逸材だったりする?」

「なんか悪の組織みたいになったなオイ……」

 ハスカとエリスにコーヒーを淹れて貰い、まさかありつけるとは思わなかったコーヒーを味わいながら、ふとそんな話になった。
 そしてその問いへの回答はとても残念なものになる。

「いや、エルは加糖派だよ。加糖派の代表だぜアイツは。シュガースティックを何本もぶち込むよ冗談抜きで」

 それはまさにブラック派からすれば衝撃的な光景である。
 やはりアレをコーヒーと呼んでいいのかが分からない。MAXコーヒーをコーヒーと呼べるか否かよりも判断が難しい可能性すら浮上する。

「何本も……って事はエルは甘党なんだ」

 ちょっと引き気味にそう言ったハスカだが、それには首を振る。

「いや、最初は俺もそう思ったんだけどそうじゃないんだ。コーヒーはやたらと砂糖入れるけど、それはあくまでコーヒーに限った話でな、例えば俺の世界に麻婆豆腐って食い物があるんだけど、それに関しては甘口よりも辛口派だったりするし。エル曰く甘い麻婆豆腐とかもう麻婆豆腐じゃないとか」

「麻婆豆腐ってのがどんなのかは分からないけど、それコーヒーに砂糖入れまくる子の言うセリフじゃないよね」

「まあ結果的にコーヒー以外は概ね味の好みが同じだから別にどうだっていいよ。まあ何故コーヒーだけそんなに入れんの? ってのは普通に思うけども。それはもう味覚の違いとしか言いようがないし」

「ま、何事も人それぞれって事か」

 そう言ったハスカは、「私はやっぱブラックだなぁ」と呟きながらコーヒーをすする。
 そしてそれからハスカは、俺に訪ねてくる。

「ところで今日どうするかとか決めてあるの?」

「どうするか? ……ああ、まあほぼ何も決まってねえな。そもそも何ができるのか。何ならやってもいいのかがまるで分かってねえわけだし」

 地球で暇だから何しようって考えるのとは訳が違う。そんなに簡単に行動は決められない。
 だけど一つだけ、昨日再び眠りに付く前にエルとの会話で気になった所はある。

「でもなんか温泉あるらしいじゃん。なんか俺が入れそうな感じだったら、ちょっと入っときたいなーとは思う」

 日本人の嵯峨かは分からないが風呂は好きである。
 だがそれ以上に、風呂は入れるときに入っておきたいという願望の方が強い。
 なんというか……基本毎日風呂、もしくはシャワーを浴びるという生活を続けていると、極力そうしなければならないという感覚が染みつく。
 だからたまに漫画とかで旅をしてるキャラとかに、コイツいつ風呂入ってるんだろとかいう野暮すぎる疑問を偶に抱いたりするわけで、そして今そのポジションに自分がいるわけで。
 だからまあ、入れるときに入っとくという選択肢は何もおかしくはない。
 ……ただこの場所が場所だし。俺が入るには誰も入っていないという状況が必要なわけで。

「入れそうな感じだったらってそりゃ普通に……ああ、そういう事か」

 どうやらハスカにもおわかり頂けたようだ。
 まあ中々難しい状況だとは思う。だって女湯しかないじゃん。
 ただでさえ立ち場が微妙な状況の今、それで何かあったらもう収集付かなくなるんじゃないだろうか。
 そんな事を考えていた時だった。

「ん、おはようございます」

 エルが半分寝ぼけているような雰囲気を醸し出しながら、眠そうな目を擦りながら外に出てきた。

「ああ、おはようエル」

「……なに飲んでるんですかエイジさんって、コーヒーですか」

「エルも飲む?」

 ハスカの問いにエルが頷く。

「あ、頂きます。あの、砂糖は――」

「あーうん、大体わかってる。アンタの彼氏から聞いた」

「あーなるほど。じゃあそれでお願いできますか」

「はいよー。とりあえずお湯もう一回沸かすか。とりあえず水汲んでこよ」

 この世界の自然環境は地球と比べると遥かにいい。だから普通にこの近くに流れている川の水質も地球でいうミネラルウォーターのようなものだと思ってもいい。
 そしてインスタントコーヒーが手に入ったのと同じ流れで、ある程度の道具もこの場所に揃っているらしく、火だって簡単に起こせるし湯も沸かせるらしい。……なんかちょっとしたキャンプみたいじゃねえか?

 っていうかちょっと待って。彼氏から聞いたってなんで俺達が付き合ってんの知ってんのコイツ。
 俺の眠っている間にも色々とあっただろうし、その中でだろうか。
 ……まあどうであれ、別に知られたから悪い事なんてない。なんとなく少しこっ恥ずかしい感じがするだけだ。
 そして水を汲みに行こうとしたハスカは、言い忘れた事を告げるように言う。

「ああ、さっきの温泉の件だけど普通に大丈夫だと思うよ? この時間あまり使われてないし、誰かが向こうに行ったのもみてないし」

「マジで? じゃあこれ飲んだら行ってみようかな?」

「あ、温泉の話ですか? 私もエイジさんの後に入ろうかな」

「いやいや、後って別に一緒に入ればいいじゃん。他の精霊はともかくそれは問題ないよね」

 エルの発言にツッコミを入れるようにハスカがそんな事を言う。
 そして自然と俺達は互いの顔を見つめて考えた。

 ……あれ? 問題、無いんだっけ? 問題……いやいやいや!?

 自然となんか色々想像して恥ずかしくなって顔を背ける。
 そしてどうもエルも同時に同じく顔を背けたらしい。

 そしてそんな俺達を見たハスカは、なんか色々と納得した様に言う。

「あーうん。なるほど。私も色恋沙汰には当たり前に疎いけどさ、こう……色々と察した」

「……そうか、察したか」

「……察しましたか」

 俺達はほら、アレだからさ。恋人繋ぎとかで凄い恥ずかしくなるようなレベルで、そもそも恋人らしい事何もしてないような状態だし、あと俺間違いなくヘタレだし……こう、いきなり色んな工程ぶっ飛ばした様なイベントなんて起こせない訳ですわ。
 ……なんか昨日から知りたく無かった自分の未知の部分が見えてきて、なんか色んな意味で自分が嫌になるんだけど。
 俺、こんなヘタレだったかぁ……。

「と、とりあえずエイジさんお先にどうぞ。他の精霊が来てしまう前に」

「お、おう。じゃあ着替えとタオル用意していくかなー」

「……おかしいな。この二人無茶苦茶積極性あるタイプだと思ったんだけどなぁ」

 ……そうだな。そうなんだよ。こういう事以外は。




 で、その後とりあえず体を洗い流して温泉に浸かって戻ってくるという、あまりにも何も起こらない普通の入浴で事は終わったのだった。
 ……とりあえずエルの場合でも大変だけど、エル以外だと何かあった時マジで洒落にならないので、何もなくて本当に良かったと思うよ。
 ……これに関しては冗談抜きで。
 
 だが一つ。俺個人で終わる話ではあるが、ある意味何かが起きたとでも言うべきなのかもしれない。
 ……周りに誰も、エルもいなかった。そんな状況で思わず俺は呟いたのだ。
 ……今頃誠一達はどうしているのだろうかと。
 そして俺自身何も干渉は出来ないけれど、どうすればイルミナティの連中や世界の意思の問題を解決できるか。考えながら、その断片を自然と口にしていた。

 ……そう。口にしたんだ。

 つまりはイルミナティの男に掛けられた口封じの魔術は既に解けてしまっているという事だ。
 それは世界を渡ったからなのか、それとも既に誠一達が何かしらの策を講じた結果なのかは分からないけれど、俺はイルミナティや世界の意思などの事について自由に話す事が出来る様になったわけだ。
 ……あの時教えなかった事を。エルに聞かれて答えられなかった、イルミナティと邂逅したあの時の事を、エルに伝える術を得たわけだ。
 これでもしふとした時にあの時の事を聞かれれば答える事ができる。エルに真実を伝えられる。
 ……もっとも伝えられるだけで。伝えるわけがないのだけれど。

 ……言える訳がないのだけれど。エル問い詰められても、それだけは言わないつもりだけれど。

 だから俺が知る中でこの世界でこの話ができる奴がいるとすれば、それはきっとシオン・クロウリー位のものだろう。
 そしてそれはきっと起こりえなくて、故にこれはなんのメリットもない進展だ。
 俺が失言しないように付けられたリミッターを壊してしまった様な、それだけにすぎない。

 ……俺が温泉に使っている間に起きた事は、その程度の事である。
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