人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

61 そして始める逃避行

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 暫くして支度は整った。
 入れられるだけの荷物をリュックサックとバックに詰めこみ、俺達は目的地である山形県への移動を開始する。
 幸い俺達が鍵を使ってたどり着いたアパートは駅から近かったらしく、あと少し歩けば大宮駅という駅に辿りつく筈だ。そして辿り着けば新幹線の切符を買って山形駅まで新幹線で直行する。とりあえずはそういう予定になった。

「結構駅近くて良かったですね」

 そう言うエルは頭にキャップを被っている。
 これもイルミナティの連中が用意してくれたようだ。そして用意されなければ気付かなかっただろうが、いざこうして用意されるとそのアイテムの重要さが分かってくる。
 エルの薄い青髪は目立つ。そうなってくれば色々と面倒な事になりかねない。
 流石にエルの情報は一か月前の段階から出回っているだろうし、そして今日起きた事も各支部に通達されるだろう。
 どこに俺達が潜伏しているかは把握されない以上、各支部総力を挙げた捜索みたいな事はないかもしれないけれど、そうならなくても例えば非番の隊員に見つかる様なアクシデントも起こりかねない。
 故に何かしらの手段でエルの髪を隠しておくことは、せめてもの対策になるだろう。

「そういえばエルってこっちの世界で電車とか乗った事あったっけ?」

「何回か。山手線だけでなんで新幹線とかは乗ったことないですけど。エイジさんは新幹線乗った事あります?」

「いや、実はねえんだ。本当だったら中学の時の修学旅行で乗る筈だったんだけどな。丁度その時期は多発天災末期ってタイミングだったからな。中止になったし乗ってねえ」

「だったらお互い初めてですね」

「だな」

 エルと新幹線に乗ってどこかに行く。それだけを考えるとまるで旅行みたいに思える。
 できる事ならそういう風に利用したかった。
 でもそう思ったなら、また一つ活力は沸いてくる。
 俺達はきっと、戻ってきてからの楽しみでも沢山探しておくべきなのかもしれない。

「なあエル」

「なんですか?」

「いつになるか分かんねえけどさ、またこっちの世界に戻ってきたら旅行にでもいく? 新幹線にでも乗ってさ」

「いいですね、それ」

 エルはそう言って笑みを浮かべる。

「実は私、ちょっと温泉とか行ってみたかったんです。なんかテレビで見てたらいいなぁって思いまして」

「ああ、この前やってた奴か? なんか温泉饅頭とかうまそうだったところ」

「そう、それです。あれ美味しそうでしたね。それに旅館のご飯って凄いなーとか思って……あ、別に食べ物ばかり気になってる訳じゃないですよ?」

「本当かよ」

「本当ですよ。私、食い意地は張ってるとは思いますけど、それだけじゃないんですよー」

「ははは、知ってるよ」

 そう言った上で俺は言う。

「じゃあ戻ってきたら温泉旅館にでも止まりに行くか」

「やった、楽しみです」

 ああ、本当に楽しみだよ。
 ……本当に。

     55

 駅に辿り着いた俺達は山形駅までの新幹線のチケットを購入した。
 日頃からこんなものなのかは分からないが、指定席の新幹線のチケットは容易に取れた。少しでも目立たない方がいい俺達にとって、周囲に誰もいない座席を取れたのはありがたい。
 そして駅弁と飲み物。道中食べるお菓子を購入した所で丁度いい時刻になっていた。下手な待ち時間でこの場に留まり続ける様な事態も回避したところも運が良かったと思う。
 そしてやがて新幹線は動き出す。ここから本格的に俺達のたった二日半の逃避行が始まるんだと、魔法の鍵なんかじゃなく現実的な方法で東京から遠ざかっていけばいくほど実感してくる。
 そしてしばらくした所でエルが言った。

「こうしていると向こうの世界で旅をしていた時の事を思いだしますね」

「そうだな。馬車とか徒歩の移動も結構あったけど、大体は蒸気機関車に乗ってたもんな俺達」

「まだ懐かしいって程の時間は立っていないですけど……なんだか懐かしく思えます」

「環境も何もかも変わっちまったからな……そりゃ変わる前の事は懐かしく思えるよ」

 ……自分自身がそうであるからそれは良く分かる。

「そうですね。色々と変わりましたね」

 エルはそう言った上で一拍明けてから言う。

「私もあの頃は人間が怖かったんです。シオンさんの枷のおかげでまともに接する事ができていても、それでもどうしても怖かったんです。それがまさか人間の親友ができてるなんて思いもしませんでした」

 エルはそう言って笑って……そして今度は俺に話を振ってくる。

「エイジさんも色々変わりましたよね」

「……そうだな。もうあの頃の自分と今の自分がまるで別人に思えてくるよ」

 エルが言う変わったというのがどういう部分かはある程度察しが付く。
 ……きっと俺の誇りの話だ。それに振り回される瀬戸栄治という人間の人間性についての話。
 あの時、エルにも伝わるように、自分の意思を捻じ曲げた。捻じ曲げられた。
 俺にとってそれは別人と言えるほどの変化だろう。それだけ自分の正しいと思った事から目を反らさなかったかつての俺は、自身を形成するパーツとしてとても大きな存在で……そんな物を踏みにじった。

「私……嬉しかったんです。エイジさんの誇りがどれだけ大きい物だったかなんてのはよく知ってましたから。あの時、それを折ってでも私を助けようとしてくれて。今も助けてくれていて。本当に嬉しいんです」

 ……そうしてでもエルを助けたかったからな。
 そう思わせる程に俺の中でエルは大きな存在になっている。
 何よりも大切な存在になっている。
 もっともそんな事は本人の目の前では言えない。
 そうだ、言えない。言える訳がない。
 そういう事を口にすれば、それは告白と変わらないだろうから。
 それはとても勇気がいる。
 だけど何も口にしなくても話の流れは移り変わる。

「それで……その、ちゃんと私が話を聞ける内に聞いておきたい事があって……なんていいますか、簡単に踏み込んじゃいけない話かも知れないけれど……私から踏み込んで良い話なのかは分からないですけど、それでも教えてほしいんです」

 多分この先も。自分から踏み出せなかったと思う話。

「そうまでして助けようとした相手は、エイジさんの瞳にどう映っていますか?」

 俺がエルに向ける感情の話。

「私がエイジさんの事が好きですって言ったら、それがどうしようもなく間違っていたとしても、エイジさんはこの手を取ってくれますか?」

 エルが俺に向けてくれていた感情の話。
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