260 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ
61 そして始める逃避行
しおりを挟む
暫くして支度は整った。
入れられるだけの荷物をリュックサックとバックに詰めこみ、俺達は目的地である山形県への移動を開始する。
幸い俺達が鍵を使ってたどり着いたアパートは駅から近かったらしく、あと少し歩けば大宮駅という駅に辿りつく筈だ。そして辿り着けば新幹線の切符を買って山形駅まで新幹線で直行する。とりあえずはそういう予定になった。
「結構駅近くて良かったですね」
そう言うエルは頭にキャップを被っている。
これもイルミナティの連中が用意してくれたようだ。そして用意されなければ気付かなかっただろうが、いざこうして用意されるとそのアイテムの重要さが分かってくる。
エルの薄い青髪は目立つ。そうなってくれば色々と面倒な事になりかねない。
流石にエルの情報は一か月前の段階から出回っているだろうし、そして今日起きた事も各支部に通達されるだろう。
どこに俺達が潜伏しているかは把握されない以上、各支部総力を挙げた捜索みたいな事はないかもしれないけれど、そうならなくても例えば非番の隊員に見つかる様なアクシデントも起こりかねない。
故に何かしらの手段でエルの髪を隠しておくことは、せめてもの対策になるだろう。
「そういえばエルってこっちの世界で電車とか乗った事あったっけ?」
「何回か。山手線だけでなんで新幹線とかは乗ったことないですけど。エイジさんは新幹線乗った事あります?」
「いや、実はねえんだ。本当だったら中学の時の修学旅行で乗る筈だったんだけどな。丁度その時期は多発天災末期ってタイミングだったからな。中止になったし乗ってねえ」
「だったらお互い初めてですね」
「だな」
エルと新幹線に乗ってどこかに行く。それだけを考えるとまるで旅行みたいに思える。
できる事ならそういう風に利用したかった。
でもそう思ったなら、また一つ活力は沸いてくる。
俺達はきっと、戻ってきてからの楽しみでも沢山探しておくべきなのかもしれない。
「なあエル」
「なんですか?」
「いつになるか分かんねえけどさ、またこっちの世界に戻ってきたら旅行にでもいく? 新幹線にでも乗ってさ」
「いいですね、それ」
エルはそう言って笑みを浮かべる。
「実は私、ちょっと温泉とか行ってみたかったんです。なんかテレビで見てたらいいなぁって思いまして」
「ああ、この前やってた奴か? なんか温泉饅頭とかうまそうだったところ」
「そう、それです。あれ美味しそうでしたね。それに旅館のご飯って凄いなーとか思って……あ、別に食べ物ばかり気になってる訳じゃないですよ?」
「本当かよ」
「本当ですよ。私、食い意地は張ってるとは思いますけど、それだけじゃないんですよー」
「ははは、知ってるよ」
そう言った上で俺は言う。
「じゃあ戻ってきたら温泉旅館にでも止まりに行くか」
「やった、楽しみです」
ああ、本当に楽しみだよ。
……本当に。
55
駅に辿り着いた俺達は山形駅までの新幹線のチケットを購入した。
日頃からこんなものなのかは分からないが、指定席の新幹線のチケットは容易に取れた。少しでも目立たない方がいい俺達にとって、周囲に誰もいない座席を取れたのはありがたい。
そして駅弁と飲み物。道中食べるお菓子を購入した所で丁度いい時刻になっていた。下手な待ち時間でこの場に留まり続ける様な事態も回避したところも運が良かったと思う。
そしてやがて新幹線は動き出す。ここから本格的に俺達のたった二日半の逃避行が始まるんだと、魔法の鍵なんかじゃなく現実的な方法で東京から遠ざかっていけばいくほど実感してくる。
そしてしばらくした所でエルが言った。
「こうしていると向こうの世界で旅をしていた時の事を思いだしますね」
「そうだな。馬車とか徒歩の移動も結構あったけど、大体は蒸気機関車に乗ってたもんな俺達」
「まだ懐かしいって程の時間は立っていないですけど……なんだか懐かしく思えます」
「環境も何もかも変わっちまったからな……そりゃ変わる前の事は懐かしく思えるよ」
……自分自身がそうであるからそれは良く分かる。
「そうですね。色々と変わりましたね」
エルはそう言った上で一拍明けてから言う。
「私もあの頃は人間が怖かったんです。シオンさんの枷のおかげでまともに接する事ができていても、それでもどうしても怖かったんです。それがまさか人間の親友ができてるなんて思いもしませんでした」
エルはそう言って笑って……そして今度は俺に話を振ってくる。
「エイジさんも色々変わりましたよね」
「……そうだな。もうあの頃の自分と今の自分がまるで別人に思えてくるよ」
エルが言う変わったというのがどういう部分かはある程度察しが付く。
……きっと俺の誇りの話だ。それに振り回される瀬戸栄治という人間の人間性についての話。
あの時、エルにも伝わるように、自分の意思を捻じ曲げた。捻じ曲げられた。
俺にとってそれは別人と言えるほどの変化だろう。それだけ自分の正しいと思った事から目を反らさなかったかつての俺は、自身を形成するパーツとしてとても大きな存在で……そんな物を踏みにじった。
「私……嬉しかったんです。エイジさんの誇りがどれだけ大きい物だったかなんてのはよく知ってましたから。あの時、それを折ってでも私を助けようとしてくれて。今も助けてくれていて。本当に嬉しいんです」
……そうしてでもエルを助けたかったからな。
そう思わせる程に俺の中でエルは大きな存在になっている。
何よりも大切な存在になっている。
もっともそんな事は本人の目の前では言えない。
そうだ、言えない。言える訳がない。
そういう事を口にすれば、それは告白と変わらないだろうから。
それはとても勇気がいる。
だけど何も口にしなくても話の流れは移り変わる。
「それで……その、ちゃんと私が話を聞ける内に聞いておきたい事があって……なんていいますか、簡単に踏み込んじゃいけない話かも知れないけれど……私から踏み込んで良い話なのかは分からないですけど、それでも教えてほしいんです」
多分この先も。自分から踏み出せなかったと思う話。
「そうまでして助けようとした相手は、エイジさんの瞳にどう映っていますか?」
俺がエルに向ける感情の話。
「私がエイジさんの事が好きですって言ったら、それがどうしようもなく間違っていたとしても、エイジさんはこの手を取ってくれますか?」
エルが俺に向けてくれていた感情の話。
入れられるだけの荷物をリュックサックとバックに詰めこみ、俺達は目的地である山形県への移動を開始する。
幸い俺達が鍵を使ってたどり着いたアパートは駅から近かったらしく、あと少し歩けば大宮駅という駅に辿りつく筈だ。そして辿り着けば新幹線の切符を買って山形駅まで新幹線で直行する。とりあえずはそういう予定になった。
「結構駅近くて良かったですね」
そう言うエルは頭にキャップを被っている。
これもイルミナティの連中が用意してくれたようだ。そして用意されなければ気付かなかっただろうが、いざこうして用意されるとそのアイテムの重要さが分かってくる。
エルの薄い青髪は目立つ。そうなってくれば色々と面倒な事になりかねない。
流石にエルの情報は一か月前の段階から出回っているだろうし、そして今日起きた事も各支部に通達されるだろう。
どこに俺達が潜伏しているかは把握されない以上、各支部総力を挙げた捜索みたいな事はないかもしれないけれど、そうならなくても例えば非番の隊員に見つかる様なアクシデントも起こりかねない。
故に何かしらの手段でエルの髪を隠しておくことは、せめてもの対策になるだろう。
「そういえばエルってこっちの世界で電車とか乗った事あったっけ?」
「何回か。山手線だけでなんで新幹線とかは乗ったことないですけど。エイジさんは新幹線乗った事あります?」
「いや、実はねえんだ。本当だったら中学の時の修学旅行で乗る筈だったんだけどな。丁度その時期は多発天災末期ってタイミングだったからな。中止になったし乗ってねえ」
「だったらお互い初めてですね」
「だな」
エルと新幹線に乗ってどこかに行く。それだけを考えるとまるで旅行みたいに思える。
できる事ならそういう風に利用したかった。
でもそう思ったなら、また一つ活力は沸いてくる。
俺達はきっと、戻ってきてからの楽しみでも沢山探しておくべきなのかもしれない。
「なあエル」
「なんですか?」
「いつになるか分かんねえけどさ、またこっちの世界に戻ってきたら旅行にでもいく? 新幹線にでも乗ってさ」
「いいですね、それ」
エルはそう言って笑みを浮かべる。
「実は私、ちょっと温泉とか行ってみたかったんです。なんかテレビで見てたらいいなぁって思いまして」
「ああ、この前やってた奴か? なんか温泉饅頭とかうまそうだったところ」
「そう、それです。あれ美味しそうでしたね。それに旅館のご飯って凄いなーとか思って……あ、別に食べ物ばかり気になってる訳じゃないですよ?」
「本当かよ」
「本当ですよ。私、食い意地は張ってるとは思いますけど、それだけじゃないんですよー」
「ははは、知ってるよ」
そう言った上で俺は言う。
「じゃあ戻ってきたら温泉旅館にでも止まりに行くか」
「やった、楽しみです」
ああ、本当に楽しみだよ。
……本当に。
55
駅に辿り着いた俺達は山形駅までの新幹線のチケットを購入した。
日頃からこんなものなのかは分からないが、指定席の新幹線のチケットは容易に取れた。少しでも目立たない方がいい俺達にとって、周囲に誰もいない座席を取れたのはありがたい。
そして駅弁と飲み物。道中食べるお菓子を購入した所で丁度いい時刻になっていた。下手な待ち時間でこの場に留まり続ける様な事態も回避したところも運が良かったと思う。
そしてやがて新幹線は動き出す。ここから本格的に俺達のたった二日半の逃避行が始まるんだと、魔法の鍵なんかじゃなく現実的な方法で東京から遠ざかっていけばいくほど実感してくる。
そしてしばらくした所でエルが言った。
「こうしていると向こうの世界で旅をしていた時の事を思いだしますね」
「そうだな。馬車とか徒歩の移動も結構あったけど、大体は蒸気機関車に乗ってたもんな俺達」
「まだ懐かしいって程の時間は立っていないですけど……なんだか懐かしく思えます」
「環境も何もかも変わっちまったからな……そりゃ変わる前の事は懐かしく思えるよ」
……自分自身がそうであるからそれは良く分かる。
「そうですね。色々と変わりましたね」
エルはそう言った上で一拍明けてから言う。
「私もあの頃は人間が怖かったんです。シオンさんの枷のおかげでまともに接する事ができていても、それでもどうしても怖かったんです。それがまさか人間の親友ができてるなんて思いもしませんでした」
エルはそう言って笑って……そして今度は俺に話を振ってくる。
「エイジさんも色々変わりましたよね」
「……そうだな。もうあの頃の自分と今の自分がまるで別人に思えてくるよ」
エルが言う変わったというのがどういう部分かはある程度察しが付く。
……きっと俺の誇りの話だ。それに振り回される瀬戸栄治という人間の人間性についての話。
あの時、エルにも伝わるように、自分の意思を捻じ曲げた。捻じ曲げられた。
俺にとってそれは別人と言えるほどの変化だろう。それだけ自分の正しいと思った事から目を反らさなかったかつての俺は、自身を形成するパーツとしてとても大きな存在で……そんな物を踏みにじった。
「私……嬉しかったんです。エイジさんの誇りがどれだけ大きい物だったかなんてのはよく知ってましたから。あの時、それを折ってでも私を助けようとしてくれて。今も助けてくれていて。本当に嬉しいんです」
……そうしてでもエルを助けたかったからな。
そう思わせる程に俺の中でエルは大きな存在になっている。
何よりも大切な存在になっている。
もっともそんな事は本人の目の前では言えない。
そうだ、言えない。言える訳がない。
そういう事を口にすれば、それは告白と変わらないだろうから。
それはとても勇気がいる。
だけど何も口にしなくても話の流れは移り変わる。
「それで……その、ちゃんと私が話を聞ける内に聞いておきたい事があって……なんていいますか、簡単に踏み込んじゃいけない話かも知れないけれど……私から踏み込んで良い話なのかは分からないですけど、それでも教えてほしいんです」
多分この先も。自分から踏み出せなかったと思う話。
「そうまでして助けようとした相手は、エイジさんの瞳にどう映っていますか?」
俺がエルに向ける感情の話。
「私がエイジさんの事が好きですって言ったら、それがどうしようもなく間違っていたとしても、エイジさんはこの手を取ってくれますか?」
エルが俺に向けてくれていた感情の話。
0
お気に入りに追加
369
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
ダブル魔眼の最強術師 ~前世は散々でしたが、せっかく転生したので今度は最高の人生を目指します!~
雪華慧太
ファンタジー
理不尽なイジメが原因で引きこもっていた俺は、よりにもよって自分の誕生日にあっけなく人生を終えた。魂になった俺は、そこで助けた少女の力で不思議な瞳と前世の記憶を持って異世界に転生する。聖女で超絶美人の母親とエルフの魔法教師! アニメ顔負けの世界の中で今度こそ気楽な学園ライフを送れるかと思いきや、傲慢貴族の息子と戦うことになって……。
異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる