人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

54 局長の選択

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 やがて俺達は対策局本部へと辿り着いた。

「さ、覚悟決めとけ」

「んなもんとっくにできてる。それで俺達はこれ普通に正面から入れるのか?」

「入れるだろ、実際許可取ってきてるわけだし、そもそもお前や茜と違って俺のカードキーは生きてる。事前連絡無しでもとりあえず中には入れたさ」

 そんなやり取りを交わした後、正面入り口から対策局内部へと俺達は足を踏み入れる。
何度も来たから違和感にはなれたが、精霊と戦う組織ではあるが少なくともエントランスは一般的な企業の様になっている。
 そのエントランスにある案内窓口のカウンターに腰かける様にその男は立っていた。

「待っていたよ二人とも」

 荒川圭吾。
 今俺達が足を踏み入れた組織を取り纏める対策局局長。
 そして天野宗也の師匠。
 その周囲には何度か対策局内で顔を合わせ、あいさつ位はしたことがある魔術師が四人。恐らく荒川さんの部下だろう。
 そしてそんな部下を従えた荒川さんはこちらに複雑そうな表情を向けながら言う。

「立ち話もなんだ。言いたい事はたくさんあるが歩きながら話そう。当然誠一君も付いて来るだろう?」

「はい、そのつもりです」

「では行こうか」

 そう言った荒川さんとその部下と共に俺達はエルの居る場所に向けて歩きだした。




 俺達は対策局の地下へと進んでいた。
 対策局の主要施設は基本地下に存在している。一応対策局を中心として対精霊術用の結界が張ってあるそうだが、それでもやはり地面から突き出ている部分は的になり戦闘で倒壊する恐れがある。そういう意味では地下という選択肢はとても合理的だ。
 そしてそういう意図は組み込まれていないだろうが、この場から逃げなければならないような人間の動きを阻害する事にも一躍買ってる。
 アルダリアスでエルを助けたときもそうだったが、壁を突き破って脱出できる地上と違い、地下は天井を突き破りでもしない限り正規ルートで脱出しなければならない。
 ……そして今の防御主体の日本刀へと姿を変えるエルで、かつての大剣で放った程の威力の斬激は放てない。あの威力はあの形態のエル固有の物だ。
 そしてもし建物の強度維持に魔術的な何かが使われていれば……今回ばかりはなんとか正攻法で脱出しなければならないだろう。
 今こうして歩いている道のりを戻らなければならない。

「……ところで」

 ここまで歩く間に天野や誠一の兄貴といった、精霊を暴走させている犯人を探している魔術師に俺達がやろうとしている事を伝えたという事と、伝えられた彼らが限界まで探すと言う返答を返した事をこちらに告げた荒川さんは、そういえばという風に俺達に問う。

「宮村さんはどうした? てっきりこの場には彼女も付いて来ると思ったのだが」

 確かに形式上は今この場所で俺とエルは異世界へと向かう事になるから、その別れの場に親友である茜が顔を出さないのは不自然に思われるのかもしれない。
 だがそういう問いが投げ掛けられる事は誠一にとって想定済みだったのだろう。言葉を詰まらせる事なく返答する。

「あいつはこの選択に納得してないんですよ。そういう世界にエルを送るのが嫌なんだと。だから兄貴達と同じで最後まで必死に犯人探しするみたいです。それで俺が対策局に報告入れる前に飛びだしていきました。前後の会話を考えると多分兄貴達の所に向かった筈です。今頃着いてんじゃないですかね?」

「……まあ許容できないか。向こうの世界の話を聞いた者として気持ちは分かる。私とてそれは同じだ」

 荒川さんはそう言った後、一拍空けてから言う。

「……すまなかったな」

 口にしたのは謝罪の言葉だ。

「宮村の気持ちが分かるくらいには、異世界は酷い所だという認識を私も持っている。その選択を対策局という組織は取らせてはいけなかった。そうしない為の選択肢を……いや、何も選択しなくてもいいようにしてやらなければならなかった。なにせこんな状況になっても、キミは一般人で彼女はそれに準ずる保護対象である事に変わりはない。それでもこういう結果になってしまったのは一我々の力不足が原因だ」
 荒川さんはこちらに対して本当に申し訳なさそうにそう言って、一拍空けてから俺に問う。

「……本当に明日まで待てないのか?」

 誠一の兄貴達が今もイルミナティの連中を探し出す為に動いているように、荒川も同じような心境でいてくれているのだろう。
 だけどそれは駄目だ。

「はい。今使えるこの力がいつまで使えるか分かりませんから」

 待てば全部終わってしまう事も分かっているから。

「そうか。ならもう止められないな……止めなくてはならないのかもしれないが」

「ちなみにエルにこの話は?」

「しようとは思ったさ」

 荒川さんはそう言った上で、それを否定する。

「だがこの話は第三者から告げていいような話とは思わない。瀬戸君が言うべきだろうと私は思った……もっともその判断が誤りだとは思うよ。何せそうでもしなければ我々はキミの話の真偽を掴む事ができない」

「真偽?」

 何が言いたいのかは分かったが、こちらの事情を悟られないように何も気付かないふりをして俺はそう問いかけ、荒川はそれに答える。

「本当にキミが異世界へと渡る術を持っているのかという話だ。キミも今エルがどういう状況に置かれているかは誠一君から聞いているのだろう? だとすれば強硬策に出る可能性も十分にあると思っている」

 話を聞いていて自然と冷や汗が出そうになった。
 もしかするとこのまま事の真偽を掴む方向に切り替えられるのではないかと、そう思ったから。
 だけど結果的にそういう事にはならなかった。
 そういう事にしない人だから、そもそもエルに話が行っていないのだろう。

「だがここはキミ達を信用する事にしたよ。私は部下の話を信用したいし、その部下が信頼している相手の事も信用したい。そして周りを信じない選択肢を取る為に、彼女に伝えるべきでない人間が事を伝えるという事をしなければならないと考えれば、私はやはり信じる道を選びたい。私の立場でこんな花畑の様な考えを振るってはいけないのだろうが……もうそういう風に決めた」

 本当にそうだ。多分それは局長という立場の人間が下していい判断ではないのだろう。
 実際俺達は今からその信頼を踏みにじる。この人は今から俺達に裏切られる。
 ……だけど多分、こういう人がトップにいるおかげで今までのエルの立場があったかもしれなくて、そして多分というより間違いなく、この荒川圭吾という男は良い人で。だからこそその信頼を踏みにじる事には胸が痛い。
 そんな荒川さんに誠一は言う。

「俺達を信頼してくれてるのはありがたいですけど……その、人を信頼しすぎんのも大概にしとかないと、その内壺とか買わされますよ」

「もう三つ程買ってる。しかもどうやらニセモノらしい。」

 軽く笑いながら荒川はそう答えて続ける。

「まあ私の事はどうでもいい。キミ達を信頼して瀬戸君とエルを送りだすと決めた以上、話すべきなのはキミ達の事だ」

 そう言った後、荒川さんは俺に問う。

「向こうに頼れる様な人間はいないのか?」

 その問いはきっと何かを探る言葉ではなく、単純に荒川が一般人と言った俺を心配して言ってくれているのだろう。
 それに関しては言葉を選ぶ必要も何もなく、俺は素直に答える。

「……いません。一応精霊をまともに見ている奴は知っていますけど」

「それはシオン・クロウリーという少年だったか」

 荒川の口からその名前が出てきて思わず驚愕する。

「何でその名前を――」

「エルがこの世界に来た日、それまでの話を彼女から聞いた。シオンという名前はそこで知った。……そうだ。そのシオンという少年に助けてもらう様な事はできないのか?」

「いや、それはできないです」

 荒川さんの発案を否定する。

「アイツはアイツで大変なんです。それにアイツはあの世界に溶け込めているけど、俺は多分向こうで指名手配とかされてるテロリストですから。迷惑を掛けるなんてもんじゃない。これ以上関われば俺はアイツの人生を今以上に引きずり下ろす事になる」

 シオンは恩人だ。巻き込めない。
 それでもエルと天秤に掛ければエルに傾くけれど、それでも無理にアイツを貶めるような真似をしていいわけがない。

「そうか。なら精霊は?」

「俺が助けた精霊が何人かいますけど……その殆どからは信頼も何も得られてないです。だから多分顔合わせても味方にはなってくれない」

 確かアイツらは絶界の楽園以外にどこか行くところがあると言っていた気がするけど、多分そこに辿りついても俺は足を踏み入れられないだろう。
 だからもう、誰かに頼るという選択肢は向こうの世界ではとれない。

「だから向こうじゃ俺とエルだけですよ」

「……そうか」

「でもまあ生きてりゃなんとかなりますよ。なんとかしてみせます」

「……そんなキミに大人として、頑張れとしか言ってやれない事が本当に不甲斐ないよ」 

 そう言った所で俺達は開けた空間に足を踏み入れた。
 そこで立ち止った荒川さんはその先の通路を指さす。

「さあ、この先を進んだ先にエルが居る部屋がある。もう覚悟が決まっているなら行くといい」

「……付いてこないんですか?」

 てっきりこのままエルの所まで同行してくると思っていた。というより此処まで案内しておいてここで別れるのはかなり不自然だ。

「そんな野暮な真似はしないさ。顔を合わせて二つ返事で事が進むとは思わん。そしてそこに干渉するつもりなら、もうとっくにそうしている。我々はあくまで此処までの道案内。それ以上の事をするつもりは無いよ」

 この先に。このすぐ先にエルがいる事は間違いない。それは感覚で良く分かる。
 そしてそれ以上の事をするつもりはないというのも嘘では無いのだろう。ただし今の所はという限定的な条件付きで。
 状況によってはその言葉は覆る。
 この広い空間。そして今来た道とこれから進むべき道。その二カ所しか通路はなく、ある意味この広い空間は数の理を最大限に活用できるという意味でも敵を迎え打つには最適な空間とも言えるのかもしれない。
 だからこれは荒川さんの保険だ。
 何事もなければそれで済む。だけどもし何か起きた場合にそれを封殺する。善意によって、いくらでも打てた先手を放棄した結果生まれたであろう、後手に回った不自然な待機。
 そしてそれを追及する事は、俺が異世界に飛ぶのだとすれば必要のない事だ。
 故にその不自然さを消す必要もない。反応を見せてしまえばそれはもうそういう事だ。
 だから、これ以上の事は追及しない。この露骨さに表情を変えるな。俺には関係のない話の筈なんだ。

「これが部屋の鍵だ。そのまま異世界へと持って言ってもらって構わない」

 そう言って俺に鍵を渡した荒川さんは、続けて誠一に視線を向ける。

「キミはどうする。キミはその場に立ち合える様な立場の人間だとは思うが」

「いや、俺は此処まででいいです。別れの一つ位は言うべきかもしれないですけど、そもそも別れだと悟られる方向に話が進んじまったら、俺はもうそこに入れる気ぃしないんですよ」

 だから、と誠一は言う。

「俺はいいです。栄治とも別れは先に済ませました。もう俺にできる事は此処で栄治を送りだしてやる事位なんですよ」

 そう言った上で誠一は俺に言う。

「絶対エルを守り抜け。何が何でもだ」

「ああ、約束する」

「頑張れ、栄治」

 そんな、短い会話。
 それがひとまずの俺達の最後のまともな会話となる。今日これから先に交わす言葉はアドリブメインの完全な演技だ。

「じゃあ、行きます。色々とお世話になりました」

「ああ。死ぬなよ」

「死にません。そして、死なせません。とにかくありがとうございました」

 そう荒川さん達に頭を下げて、俺はエルの元へと赴く。
 さて、とりあえず一旦荒川さん達の事は頭から離そう。
 どうせあの人達と戦うのは端から既定路線だ。作戦通りだ。どういう動きをされようと、特別何か動く必要はない。仮にあったとしてもそれは誠一がうまくやってくれる。
 だから今から考えるべきことは、エルの事だ。
 エルに異世界へと飛ぶという選択肢を納得させる。
 おそらくは荒川さん達を相手にするより難易度は高いだろう。
 それでも何とか納得してもらうしかない。
 エルの理想には間違いなく届かないどうしようもない選択肢に対して頷かせるんだ。
 ……よし。
 エルの部屋の前で軽く深呼吸してから、ノックをする。
 すると中からエルの声が聞こえてきた。

「入ってください、エイジさん」

 向こうも俺が部屋の前に来ている事が分かって居たのだろう。
 俺はエルの言葉に頷き、扉を開く。
 そこにはエルが居た。
 熱などの副作用で消耗しきった様子のエルが、ベッドに座ってこちらに視線を向けていた。
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