人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

23 二人の親友

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 どうする事もできなかった。
 俺の持ちうるいかなる手段を要いても間に合わない。仮に間に合ったとしてもそれらの手段で止められるかどうかも分からない。
 必死に動く。なんとかしようとする。だけど現実はそんなところで、叫びながら視界に映る光景はもう絶望以外の何でもない物だった。
 エルが死ぬ。エルが殺される。
 それが現実味を帯びてくる程の酷い状況。それは俺には変えられない。
 だけど状況は変わった。
 視界の奥。エルよりも先の光景。
 その先の交差点。車も歩行者も見受けられない無人の空間。
 そこに猛スピードで飛び出してきた一つの影。

 バイク。見慣れた代物。
 搭乗者は二人。運転するのはそれをノーヘルで運転する少年。
 土御門誠一。
 そしてもう一人。その顔は見えないが、後部座席に搭乗しながらその手に刀を持ち、それを地面に擦りつけ、そして振り上げる。
 そして次の瞬間、轟音と共にエルと天野の僅かな間に壁を作るように視認できる大きな斬撃が走った。
 目に見えて高威力の一撃。それを前に天野はその場に立ち止る。
 そしてバイクからその人影が跳びあがり、上空から天野に向けて刀を構え急落下してくる。
 それを天野はバックステップで回避し、エルと天野の間にもう一人の搭乗者が刀を手に立つ事となる。
 長い黒髪の少女。エルの親友。
 宮村茜。彼女がエルを守るように陣取った。
 その後方ではエルの近くにバイクを止めて、呪符を構えてアスファルトに立つ誠一の姿もある。

「……お前ら」

 つまりは助けに来てくれたのだ。
 俺の親友とエルの親友が。この絶望的な状況に一石を投じてくれたんだ。

「……ッ」

 そしてその登場を好機と見て俺も全力で動く。
 天野の意識が突然登場した二人に僅かでも向いている間に突っ切る。
 俺は足元に風の塊を形成。それを踏み抜き、天野の頭上を飛び越えるようにエルの元へと移動を始めた。
 後方からの不意打ちも通じない。そして仮に通じたとしても……そんなことよりやらなければならない事がある。
 そして視界の先。天野に警戒を向けながらもエルに視線を向けた宮村が、一体どんな表情を浮かべたのかは俺からは分からない。だけど再び天野に向けられた視線に籠るのが怒りである事は理解できた。 
 そして立ち止って居る天野の頭上を超え、俺はエルの元へと辿り着く。
 エルを守る宮村と誠一の元へ。
 多分、俺は何度頭を下げても足りないほどに、二人に感謝しなければならないのだろう。
 とにかく礼を言わないといけないのだろう。
 だけどそれよりもまずやるべき事がある。

「エル!」

 震えた声でそう叫んで回復術を発動。エルの応急処置に取りかかる。
 エルの傷は深い。その出血量で素人目でも分かる。
 そして俺は素人じゃない。
 エルと同じ精霊術を使う俺だからこそ分かるボーダーライン。今のエルはそこでギリギリ踏みとどまっているような、そんな危うい状況に置かれている。
 まだ意識があるのが不思議な程の酷い状況。
 そうだ……意識がある。それも禍々しい雰囲気など纏っていない。いつもの。いつも通りのエルの意識がそこに。
 こんな酷い怪我の中、まだそこにあって苦しんでいる。
 せめて意識がなければ少しは苦しまずにすんだのに。
 こんなときにまだエルが禍々しい雰囲気を漂わせるような状態だったら、今ほど苦しまずにすんだかもしれないのに。
 こんな時に限ってエルの意識はそこにいる。

「……ッ」

 生きてればいいってもんじゃない。最終的に助けられればいいってもんじゃない。
 こんな目に遭わせたら……駄目だろ。
 こういう事にさせない為に。エルを守るために今まで頑張ってきたんだろ。
 ……それなのに俺は一体何をやっているんだ。

「瀬戸くん」

 エルを治療する俺の背後から、宮村が声を掛けてくる。

「キミには言いたいことが色々あるよ。だけどそれは後で。お願いだからエルちゃんを……私の友達を助けてあげて。その時間は私が稼ぐから」

 そういう宮村に視線を向けた瞬間、宮村は天野に向かって動き出した。
 速い。
 少なくとも今の俺の動きを遥かに凌駕している。
 明らかに別次元の動き。エルを剣化した時の俺や天野の動きと相対できる動きだ。
 その動きを駆使して天野に刀を振りかざし、天野もそれに応戦する。文字通りまともな攻防がそこでは繰り広げられていた。
 その光景に思わず困惑していた所で、慌てた様子で呪符を構手にした誠一が天野を警戒しながらもエルの元へかがみ込む。

「コイツはひでぇな……オイ栄治! お前の回復術で治しきれるのか!?」

 エルを心配するようにそう問い掛けてきた誠一に、俺は答える。

「なんとかする……なんとかしてみせるッ!」

 ボーダーラインで踏みとどまる。それは即ちまだどちらにも揺らぐであろう状態。まだ回復が絶望的な域に達していないというだけの状態。
 だからそれはもう自分を鼓舞するだけの言葉にすぎない。

「……そうか」

 それを誠一も察したのかもしれない。そんな曖昧な言葉にそれ以上の追及をしてこなかった。
 代わりに述べるのはもっと別の事。

「……それで、エルの状態はどうなってる? 今は普通の状態に思えるが」

 流石に目の前に見えている事を聞く筈がない。
 ……だとすればそれはエルの精霊としての状態の話だ。

「……ッ」

 ……エルのあの状態は誠一には見られていなかった筈だ。
 そして天野が動いた動機がエルの暴走という事も知らない筈だ。
 ……なんで誠一がそれを知っている?
 知られたくなかった事を知っている?

「……その驚きようをみると、やっぱあの電話の時点でそういう事になってたんだな」

 どうやら表情に出てしまっていたらしい。
 そんな俺の表情を見て誠一は合点がいったという風にそう言う。
 そんな誠一に思わず訪ねた。

「……なんでエルが暴走したことを知ってる」

「あの電話の後、お前に書け直してもどうせ出ねえだろうから探す事にしたんだよ。俺らも心配だったしな。だから見失ったエルを茜が魔術で見つけ出そうとした。そしたら引っかかった。明らかにそういう魔術を妨害する魔術反応。そしてエルの居場所が。それを追ってたらエルの反応がそういう風に変わった」

 ……という事はだ。

「……じゃあお前らは知ってて助けてくれたのか」

「助けねえとでも思ったか?」

「……」

 俺はその問いに一拍空けてから答える。

「……流石に助けてくれないかと思った」

 あの電話を切った時、勝手に一緒に考えてもらえると考えていた。そこまでは考えていた。
 だけどその後、エルのリスクを知られて一体どんな顔をされるか分からなかった。
 歯車が致命的にずれてしまうかもしれないと思った。
 それはつまりそういう事なのだろう。
 俺は信用しているつもりでいて。信頼しているつもりでいて。
 宮村の事は良く知らないにしても、自分の親友を信じきれていなかったのだと思う。
 こんな状況で。きっとその先に碌な事がまっていない事を察していて。
 それでも嫌な顔をせずに親身になってくれる親友の事を、信頼しきれていなかったのだろう。
 とにかくその事を恥じよう。

「馬鹿か。助けるに決まってんだろ。無謀だってんなら話は別だが、まだ無謀だって決まったわけじゃねえんだ。そこに一ミリでも可能性があるんだったら。その可能性を否定できねえんなら俺は動くぞ。誰にでもそうできるなんて聖人めいた事は言えねえが、家族だとかダチの為ならやってやる」

 そして再び誠一は立ち上がる。

「茜のダチで親友の彼女だ。一緒に足掻いてやるよ。とにかくお前はエルを何とかしろ。天野さんは俺達で抑える! 全部終わったらてめえの奢りでラーメンな!」

 そう言って俺を横切るように誠一は動きだした。
 そしてそれから一拍空けて、俺は声を絞り出した。

「……ありがとう、誠一、宮村」

 俺達に手を差し伸べてくれる親友に。
 そして俺には深い拝啓までは読めない。だけどこうして動いている事が一つの答えな宮村に向けて、感謝の言葉を。
 それを述べて。背中を押してもらえた気がして。
 俺は天野の事を一時二人に任せて目の前の事に集中する。
 エルの命を繋ぎ止める。その事に全神経を注いだ。
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