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六章 君ガ為のカタストロフィ
20 守護の刃
しおりを挟む巡洋艦薄雪の艦橋に立った隆は、真っ赤になって沈む夕陽を睨みつけていた。
既に辺りは夜の闇が降りてきており、お世辞にも視界がいいとは言えない状況だ。
隆の第十二戦隊は、第一遊撃部隊の第三部隊――通称『西村艦隊』に編制された。
西村艦隊とは、第三部隊の指揮官が西村祥治中将だったためにそう呼ばれた。同様に栗田健男中将指揮の第一部隊は『栗田艦隊』と呼ばれている。
西村艦隊の旗艦は戦艦『山城』であり、その後ろに戦艦『扶桑』が続き、重巡洋艦『最上』、軽巡洋艦『多景』。その後ろに五隻の駆逐艦が続く。
隆の乗る『薄雪』は駆逐艦隊の二番手を進んでいた。
西村艦隊はレイテ島南方のボホール海に差し掛かっている。朝のうちはアメリカ空母艦載機による空襲があったが、その後予想された敵の追撃は無く、今は順調にスリガオ海峡を目指して航行していた。
この太陽が沈んで再び上る頃には、レイテ湾に停泊するアメリカ艦隊の姿が見えているはずだ。
当初の作戦ではレイテ島の北から栗田艦隊が突撃する手はずになっている。栗田艦隊が北から、西村艦隊が南から同時にレイテ湾に迫り、南北挟撃の形を取って敵補給船団を叩く予定だ。
だが、昨日のうちに栗田艦隊は北のシブヤン海でアメリカ軍の猛攻に晒されているという情報も入っており、こちらの現状を栗田艦隊に打電しているものの今に至るも返信は届いていない。
果たして予定通り栗田艦隊が北から突入するのかは、レイテ湾に行ってみないと分からないという状況になっていた。
予定通り突入するのか、それとも引き返すのか。
やきもきした気持ちですっかり暗くなった空を見つめる隆の元に通信兵が駆け込んで来た。
「旗艦山城より入電! 偵察機の報告により敵魚雷艇が集結しているとのこと。先行して敵魚雷艇を掃討せよ! 以上です!」
報告と同時に通信兵から紙片を受け取ると、隆は艦橋にいる全員に指示を出した。
「総員夜戦準備! 配置につき次第行動を開始する!」
各分隊長が持ち場に戻ろうと動き始めた時、もう一人通信兵が駆け込んで来た。
「報告します! 連合艦隊司令長官より西村艦隊全艦宛てに入電! 全艦突撃せよ! 繰り返します! 全艦突撃せよ!」
全員が動きを止めて隆に視線を向ける。
一体どうするのか。どちらの指示に従うのか。全員の目がそう言っていた。
一瞬の逡巡の後、隆は再び宣言した。
「西村中将からの命令は魚雷艇の掃討だ。各員持ち場に戻り、夜戦の準備に掛かれ」
再び各分隊長らが動き始めた。
連合艦隊司令部の命令には具体的な時間等は指示されていない。実際にいつ突撃するかは、艦隊指揮官の西村から追って指示があるはずだ。
すぐに準備完了の報告を受け取った隆は、他の駆逐艦と共に船速を早めた。
見張りの兵に哨戒命令を出すと共に隆も艦橋から双眼鏡で周囲を警戒する。夜の闇に紛れて魚雷艇が集結しているはずだ。そのわずかな灯りを見逃さぬよう、慎重に周囲を見回した。
しばらくすると、また通信兵が駆け込んで来た。
「報告します! 旗艦山城より入電! これより夜戦を開始する! 各艦はレイテ湾に向けて突撃せよ! 以上です」
一瞬、隆の背中に冷たい汗が滲んだ。
いよいよレイテ湾に突入する時が来た。栗田艦隊の動きは分からないが、西村は当初の作戦通りの時間にレイテ湾に突入することを決断した。
隆は伝声管を掴むと、艦内に向けて怒鳴った。
「これより我が艦隊はレイテ湾突入を開始する!
……各員、奮起せよ。 以上!」
伝声管越しにヒリついた空気が伝わって来た。
これから敵艦隊の待ち受けるスリガオ海峡に突入するのだ。誰しも怖くないと言えば嘘になるだろうが、もはや覚悟を決めて飛び込まねばならない。
二時間ほどそのまま進んだが、薄雲の前を行く時雨が突然照明弾を放った。
瞬間的に周囲の闇が照らされ、少し先に魚雷艇らしき船影が浮き上がった。
同時に時雨から敵船に向けた砲撃が始まる。
「敵船発見! 砲撃用意! 撃てー!」
号令と共に轟音が響き、時雨に続いて薄雪からも敵魚雷艇に対する砲撃が始まる。
はるか後方から山城と扶桑も砲撃を開始し、敵船はたまらずに後退を始めた。
「撃ち方ヤメ!」
号令から少し遅れて砲撃が止まった。
既に照明弾の光も無くなっており、無闇な砲撃はこちらの位置を敵に報せるだけとなる。その後、スコールによって視界が悪くなったため、薄雪を含む掃討隊は反転して本隊に合流した。
夜戦開始から既に六時間が経過した深夜、再び時雨が敵艦を発見し、照射射撃を開始した。今度は各艦からも照明弾が発射され、周囲は一時昼間のように明るくなった。
腹に響く轟音が何度も繰り返されるが、敵の反撃は無い。
隆達日本側は気付かなかったが、この時アメリカ側から発射されていた魚雷によって戦艦扶桑が撃沈されていた。
そんなことに構う余裕も無く、今度は正面のレイテ島方面から接近する多数の艦影を確認した。
敵艦発見と同時に隆は海中を走る白い影を見つけた。
「魚雷だ! 退避行動!」
船が急速に右に傾き、白い影の何本かが後ろに逸れる。
だが、魚雷はそれで止まず次々に西村艦隊に迫って来た。
「退避行動! 急げ!」
今度は船体が左に傾く。
今度も何とか交わすことが出来たが、薄雪の前を行く駆逐艦満潮と駆逐艦山雲が相次いで被雷して沈んだ。
「左方より雷跡!」
伝声管から見張りの声が響き、同時に船体が大きく揺れた。
船首の辺りに敵の魚雷が命中し、船体が大きく左に傾き始める。
――沈没する!
瞬時に伝声管を掴んだ隆は、「隔壁封鎖! 右舷注水!」と叫んだ。
即時沈没は何とか免れたものの、船足が一気に遅くなる。
左前方には敵の砲撃による閃光がいくつも見え、すぐに周囲にいくつもの水柱が上がった。
モタつく薄雲の横を旗艦山城が追い越してゆくが、隆の目には山城が左に傾いているように見えた。
すぐに伝令兵が駆け込んで来る。
「山城より入電!――」
瞬間、大きな爆発音と共に薄雪の船体が大きく揺れた。
少し先を行く山城の左舷側で大きな火が見える。恐らく敵の魚雷を受けて山城の船体が誘爆を起こしたのだろう。
揺れが収まった時、再び伝令兵が声を発した。
「や、山城より入電! 我魚雷攻撃を受く、各艦は我をかえりみず前進し、敵を攻撃すべし! 以上です!」
伝令兵の声が終わらぬうちに再び大きな爆発音が聞こえた。山城に第二の誘爆が起きたのだろう。先ほどよりも大きな衝撃が薄雪を襲う。
その時、山城の後ろを航行していた多景が隆の目の前に現れた。
様子を見る限り、多景は回頭して脱出する動きをしている。
再び伝令兵が駆け込む。
「多景より入電! これより戦闘海域を離脱する! 我に続け! 以上です!」
すぐに反応した隆は、伝声管に怒鳴った。
「180°回頭! 海域を離脱する!」
一拍遅れて薄雪が回頭を始める。
最後尾の最上も同様に回頭を始め、西村艦隊の突撃は中止を余儀なくされた。
回頭中も敵の砲撃と雷撃は止まず、周囲に次々と水柱が上がる。
山城に視線をやると、今までで一番大きな爆発が起こって山城の艦橋が崩れ落ちた。
恐らく火薬庫に引火したのだろう。指揮官の西村中将以下、西村艦隊の首脳部がたった今壊滅したことを理解した。
何とか回頭が完了し、薄雪は南に向かって離脱を開始した。
足が自慢の駆逐艦だが、被弾の為に速力が低下しており多景の後ろにつく格好になっている。
未だ周囲は夜の中だが、間もなく夜が明ける。足の遅くなった駆逐艦など良い的になってしまうから、夜明けまでにできるだけ敵から離れなければならない。
敵の砲撃音が絶え間なく続き、その度に水柱が上がる。
その時、前を行く多景の艦橋に二発の砲弾が命中した。
――直撃!?
「蒲生さん!」
叫ぶ隆の目の前で多景の艦橋が火を噴くのが見えた。一拍遅れて多数の破片が多景の甲板に降り注ぐ。隆は、その様子がまるでスローモーションのようにゆっくりに見えた。
多景の艦橋と防空指揮所は炎上を続けているが、多景の足は止まっていない。
同時に、今まで間断なく続いていた敵の砲撃が止んだ。
多景、最上、薄雪、時雨の四隻はその隙に南方へ離脱し、何とかアメリカ艦隊の射程圏外へと離脱した。
この日の戦闘で西村艦隊は壊滅し、その日の午前中には北から突入予定だった栗田艦隊も敗走。その他の艦艇も大きな損害を受けた。
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