人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

ex あなたが私を見てくれるなら

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「お前は今自分のやっている事が、本当に正しいとでも思っているのか……ッ!?」

 天野宗也のその言葉に動揺したのはエイジだけではない。エルもまた揺さぶられていた。
 その問いにエイジがどういう反応を示すかという事がまず一つだ。
 エイジが正しいと思う事を何が何でもやろうとする人間なのはよく知っている。今エイジがその問いに叫んだのもきっと考えを反らそうとしてくれているだけなのだと思う。
 きっと正しいと思った事とやりたいと思った事は違うであろうと、そう信じたかったからそう思う事にした。
 だけどエイジがどれだけ考えを反らそうとしても、それでも結局それは考えてしまう事で、それをどうやっても考えてしまうから、初めて出会った日に助けてくれた瀬戸栄治という人間が出来上がったのだろう。
 そしてきっとエイジは今自分がやっている事を正しいとは思わないだろう。
 手段もなく、甚大なリスクだけがそこにある。そんな事を正しいと思うわけがない。
 そしてエルの動揺はそれだけでは無かった。
 結局エイジがそれを正しいと思わないであろうと思う位には、天野の言葉に対してエル自身が否定してしまっている事だった。

 そうだ。だって今の自分はとても危険な存在なんだ。

 心から一番大切だと言えるエイジにすら、無意識で首を絞めるような真似をした。
 そして思い返してみればそれは他の精霊の物と比べれば軽度な暴走だったかもしれないが、次に同じような事が起こればそれこそ多発天災という形でこの世界を蹂躪した他の精霊と同じような状態に陥ってしまうかもしれない。
 そうなれば下手をすれば天野の言う通り、自分は無関係な人間を殺してしまうのかもしれない。
 その無関係の人間が向こうの世界。こちらから見て異世界の人間であれば多分何も思わなかっただろう。
 向こうの人間が精霊に殺される様な事になれば、それはある意味で因果応報だ。そしてエル自身これまで向こうの人間と戦う時は殺してでも前に進むつもりで戦っていた。だからもし対象となるのが向こうの世界の人間であるならば、本当に何も思わなかっただろう。
 だけどこちらの世界の人間なら話は別だ。
 こちらの世界の人間は向こうの人間とは違う。
 こちらの世界の人間はそんな風に蔑ろな扱いをしてはいけない。
 エイジや対策局の人間だけじゃない。この世界で生きていればそれだけこの世界の人間と交流を持つことになる。そうして知り合った人間の中には向こうの世界の人間の様などうしようもない連中はいなかった。皆普通に接してくれるのだ。 

 だとすればそんな相手を自分の意思とは関係なく殺すかもしれない危険人物を、なんの解決策もなく助けるなんて事はとてもじゃないが思えない。
 だから、何も言えなかった。
 助けてほしくて助けてほしくて助けてほしくて。
 それでも誰かを殺す事になるかもしれない重圧に、何も言えなくなっていた。
 だけど。

「……エル、俺を信じてくれ」

 エイジに不意に言われたそんな言葉。
 その言葉で結局この手は伸びた。
 果たしてエイジがそう言った意図がエルが思った様な事なのかどうかは分からない。だけどそれでもエイジがこちらに手を伸ばしてくれている気がして、その手を掴みたいと思った。
 エイジの事を信じたいと思った。
 この手を掴んで離さないで欲しいと思った。
 だから。だから縋るように手を伸ばした。

「はい」

 故にエルはそう答え、そしてエイジは天野に言葉を返した。

「いや、そうじゃない。俺は間違ってるよ。こんなのは間違いだ。正しいわけがねえんだ」

 そうして出てきた言葉は自分をエルを助けるのが間違いだという言葉。
 そういう言葉が出てくるのは予想できていて、それを言葉にされると少し苦しい思いになる。だけどそれでもエイジを信じたいと思ったし、エイジが何かと戦っているんだという事は自然と理解できていた。
 だからその先の言葉に。エイジの言葉に身を委ねた。

「俺のやろうとしている事はリスクの塊。大勢の人間を危険に晒すかもしれない。それも可能性が薄い解結策すらもねえ。正直な話何をどうすりゃいいのかすら分かんねえんだよ」

「だったら尚更だ! 何故お前は止まらない!」

「んなもん……決まってんだろ」

 そして苦しそうに。それでも力強くエイジは声を絞り出した。

「エルを守りたいからに決まってんだろうが!」

 この手を確かに掴んでくれた。

「正しいかどうかなんて関係ねえ! 例え間違っていようがんなもん知るか! 例え無関係の人間を勝手に天秤に掛けるようなクズみてえな真似をしてでも俺はエルを守るぞ!」

 その言葉を聞いて自分はどうしようもない奴だなぁと思った。
 その言葉はエイジを全否定する言葉だ。
 あれだけエイジが大切にしてきた誇りを全て捨て、その誇りとは正反対の道を選んででも自分を助けると言ってくれた。
 自分自身を蔑ろにしてまで手を伸ばしてくれたのだ。
 それは大切な人に自分で自分を殺させたような物なのだ。
 なのに。
 そうまでしてエイジの心に自分が写っていたのならこれほど嬉しい事は無いって、泣き出しそうになったんだ。

「お前を倒すぞ天野宗也!」

 この先を進む事がどれだけ間違いでも。どうしようもなく身勝手で間違いな物だとしても、救い上げて抱きしめてほしいと、そう思ったのだ。
 そして気が付けば自分の姿が変わっていた。
 大剣から日本刀へ。まるで自身の意思を根本から捻じ曲げてでも守ろうとしてくれた心に反応するように。
 そんな自分を手にしてエイジは動きだす。
 間違った選択を。選んでほしかった選択を。
 エルの手を引いて進みだす。
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