人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
上 下
203 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ

16 相対する力

しおりを挟む
「天野って……エイジさん、あの人……」

 エルは不安そうに、午前中に一度すれ違っている相手に視線を向けながらその名前を呼ぶ。
 自身の敵になるかもしれない相手の名前を。
 もう既に敵として立っているであろう男の名前を。

「その精霊から離れろ瀬戸栄治」

 視界の先に立つその言葉はつまりは警告だった。
 その精霊を始末するからどいていろという様なそういう意味。
 多分それは俺の思い違いではないのだろう。
 こういう馬鹿げた状況は魔術や精霊術を使わなければ起こりえない。そしてどう考えてもそれをやったのは目の前の相手。
 そしてあのレンタルビデオ店で合理的に手を引いたにも関わらず、今このタイミングで大掛かりな魔術を使ってまでこちらの目の前に現れたんだ。
 それは即ち……エルを殺しに来たと見て間違いないだろう。
 どうやってかは分からないがエルの暴走を知り、エルの暴走により天野を留める枷もなくなって……今此処にいるのだろう。

「……エルをどうこうするつもりはねえんじゃ無かったのかよ。エルは別になんでもねえ。普段と変わらねえぞ」

 だけどそれでもシラを切った。
 それで押し通せるなら押し通したかった。楽観的な希望。
 だけどそれがもう通用しないからこそ、きっと天野はこの場所にいるのだ。

「もう一度言う。その精霊から離れろ」

 言いながらこちらを威嚇するように呪符を手にした左手をこちらに向けてくる。
 それはつまり銃を向けられているのと同義だ。
 つまりはもうそういう事なのだろう。
 俺達に残されている選択肢はおとなしく投降するか……それとも目の前の男と戦うか。
 前者は当然論外だった。だったら選ぶのは後者。
 戦う道だ。それしかない。
 そう考えた瞬間、俺はエルを剣へと変えようとする。
 当然抵抗はあった。
 精霊が危険だからと処分しにかかる相手に対して件の精霊をそのままぶつけるという行動そのものにも。
 そして……今の状態のエルを戦闘に巻き込む事。本来ならば離れた所に待機させて、俺が必死になって守らないといけない様な、そんな状態な筈なのに。
 そうじゃなくてもきっと戦うべきではない。戦わせるべきではない相手なのに。

「……やるぞ、エル」

「……はい」

 それでも俺はエルの震えた声を聞いた後、エルを剣の姿へと変化させる。
 これしか選択肢がないから。
 必死に特訓してきたつもりだ。それでも今だ俺の力は土御門誠一に届かない。そしてその誠一が適わない相手だ。だったら徒手空拳では適う訳がない。
 どうぞエルを殺してくれと差し出す事と同義だ。
 だから俺達の全力で戦う。

「……それは俺の警告を無視したと捉えていいのか?」

 その問いに言葉は返さない。ただ剣を構えて目の前の相手を見据える。
 どんな攻撃が来ても防げるように。この力で天野を打ち倒す為に。
 だけど心の何処かで考えていたのはその先の事だ。目の前の相手の事では無く天野を打ち倒した後の事。
 天野がエルの暴走を感知したという事は、対策局もまたそれを感知している可能性が高い。
 いや、恐らくはしているだろう。聞いた話を纏めるに、俺達がこの世界へとやってきたその日、誠一達がエルの前に現れたのは、他とは違う精霊の反応が出ていたからだ。
 つまりは筒抜け。結局情報が回る。多分あの時点では何も知らなかった誠一達の元にも。つまりは電話を切ったりしたのも、その言い訳の為の嘘を考えていたのも無駄だったのかもしれない。
 ……本当にどうすればいいのか分からない。天野がエルの状態に気付いた。その情報一つを耳にしただけで甘すぎた考えが全て破綻して焦りが沸いてくる。
 ……そう、焦るのはその先の事だ。
 天野一個人に対してではない。
 だってそうだ。天野宗也は此処に一人で立っている。

 そう、一人なんだ。

 これまでエルの力を借りてでも死にかけた戦いが何度もあった。
 アルダリアスの裏路地の悪党。
 精霊加工工場に集結した憲兵。
 この世界へと向かうまでのに遭遇した精霊捕獲業者。
 それらの戦いで確かに俺は死にかけた。
 だけどそれは数に押されたに過ぎない。そうでなければああいう大怪我も追わなかった。
 カイルと戦った時の様に。エルを剣にして戦えば強者相手にも圧倒できる。
 経験則でそう認識して、目の前の最強の魔術師にもそれを当てはめた。
 こちらの力は規格外とも言える力で、一対一では負けやしないと。
 あれだけ一度に大勢と戦って生き残ってきたこの力なら勝てると。
 心の何処かでそういう風に考えて。それ故にその先の事ばかりを考えて。
 だから目の前に飛んできた何かを反射的に弾いた時、文字通り目の前で何が起きているのかが分からなくなった。
 それは紛れもなく攻撃で、それを辛うじて今弾き返した。
 突然の事という条件があったにしてもそれが一体何なのか理解できない速度で打ち込まれた攻撃を、辛うじて弾き飛ばしたのだ。

 そう……辛うじて。あろうことか辛うじてだ。
 そして次の瞬間には俺達の目の前にすでに天野は迫っていた。
 その手に呪符はない。恐らくは誠一が使っている様な物と同じであろう指ぬきグローブを装備した拳を構えてこちらに突っ込んでくる。

「……ッ!」

 咄嗟に風を使って剣に推進力を持たせて、勢いを付けて引き戻して天野の拳と迎え撃つ。
 激しい衝突が手に伝わってくる。思わず押し負けそうなそんな威力。だがそれでもなんとかその拳の威力を相殺する。
 ……いや違う。相殺された。止められたんだ。その拳に。
 簡単に腕をへし折る程の威力を持ったこの剣の威力をだ。
 そう気付いた瞬間には剣に伝わる感覚が消え、天野に懐に潜りこまれていた。
 そして次の瞬間鳩尾に激痛が走る。

「ぐあッ!?」

『エイジさん!?』

 脳裏にエルの声を聞きながら後方に弾き飛ばされる。
 その次の瞬間、激痛に耐えながらバックステップ。天野と僅かに距離を取って剣を構える。
 一瞬の攻防。それを終えただけなのにその息は荒い。

「……無駄な抵抗は止めろ。その精霊を渡せばお前には危害は加えん」

 実力を見せつけ、再び忠告するように、一旦追撃を止めた天野は俺に対してそう言う。

「……せねえぞ」

 そんな言葉に対して回答したつもりは俺にはなかった。

「させねえぞ!」

 それは自分に向けられた言葉。自分を鼓舞するようなそんな叫び。
 前提条件が初めて覆った。エルの力を使えば勝てるような、そんな前提条件が完全に掻き消えた。
 目の前の相手はこちらの力に相対するだけの力を持っている。それはつまりエルの力を使っても勝てないかもしれない相手だという事だ。
 その事実を受け入れて、それでも勝つために。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 叫びを上げて今度はこちらから動きだす。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...