201 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ
ex ただ、それだけで
しおりを挟む
どうして立ち止ったのだろうか。
逃げだした自分の後をエイジは追って来て。追ってきてくれて。立ち止れば追いつかれる。無意識というどうしようもない理由で彼を殺そうとした自分のところに追いついてしまう。
追いつかれればどうなるのだろう。もしかすると、もしかするとだ。再び顔を合わせて、それからまた同じようにエイジの首を絞めているかもしれない。
それで済めばまだいい。
もしかすると目を覚ました瞬間、もうエイジがどこにもいなくなっているかもしれない。いなくしているかもしれない。
それが怖かった。自分が怖かった。エイジを殺める自分が怖かった。訳が分からず半ば錯乱している状態でもそれが根底にある行動原理だという事は理解できた。
だけど結局それが理解できても……それ以前の本質には抗えない。
エルという精霊は一人で何かに耐えられる程の強い心を持ち合わせていない。
だから手を差し伸べた人間に縋りついた。
だから離れ行く人間の手を取る為に死地へと赴いた。
だから彼を待つように立ち止った。
自分を見つけてほしくてそこに隠れた。
結局は限界だったのだ。
なんとか一人で抱え込もうとして、だけどあまりにもその恐怖は大きくて、不安で怖くて仕方がなくて。
だから自分が殺めかけた大切な人に縋りたくて仕方がなかったのだと思う。
そして……みつけてくれた。
「……エル」
アスファルトに座りこみ膝に顔を埋めていたエルは、その声に反応してその声の主に視線を向ける。
エイジに視線を向ける。
「……」
エイジの姿を見た自分が一体どういう表情を浮かべていたのかなんてのは分からなかったが、きっとそこに鏡があれば酷い表情を浮かべていたのだろう。
そして心の中も酷い物だ。
エイジがそこにいてくれて安心する自分。彼の向ける視線が半殺しにして来た相手に向ける様な軽蔑の眼差しでない事へ安堵する自分。
エイジがそこにいる事で手に残った感覚をより強く感じてしまう自分。その手で殺めてしまわぬように逃げだしたくなる自分。
その二つの意識が混在している。
そしてそんなエルにエイジは言う。
「こんな雨の中こんな所にいたら風邪引くぞ? だから帰ろう」
それは気休めでも色々な事を解決する為の言葉では無く、きっとただ自分を心配してくれている言葉。
……きっとそういう言葉。
そしてエイジはしゃがみ込んでこちらに視線を合わせて、そしてとてもぎこちなく、それでも優し気な表情を浮かべて手を差し伸べてくれた。
「……帰ろう」
そこでどうするべきだったのかは分からない。
自分の両手からは首を握り絞めた感覚が消えなくて、その手がいつエイジを傷付けるかも分からなくて。
だけどそれでもそんな自分に差し伸べてくれたその手を取りたくて。
例え引きずり上げられる事がなかったとしても手を握ってほしくて。
ただそれ以上の贅沢はいらないから、エイジに傍にいてほしくて。
だから震えながらも自然とその手は伸びた。
途中何度も躊躇って手を引こうとするけれど、それでもこの手はエイジが差し出したその手を握っていて、エイジは優しく、そして強く握り絞めてくれる。
……この手を離さないでいてくれる。
「よし、じゃあ帰ろう。立てるか?」
エイジの言葉に頷いて立ち上がる。
そしてそんな自分の手をエイジは優しく引いてくれる。
それだけで。
それだけで十分だった。
例え現実が何も変わってくれなくても。
エイジがそうやって隣りにいてくれる。
それだけでもう……救われているような、そういう風に感じた。
どれだけ辛くて、どれだけ苦しくて。何もかもが分からなくなっても。それでも自分は救われていると。
激しい雨に打たれる中、エイジと共に歩きながらそう思った。
逃げだした自分の後をエイジは追って来て。追ってきてくれて。立ち止れば追いつかれる。無意識というどうしようもない理由で彼を殺そうとした自分のところに追いついてしまう。
追いつかれればどうなるのだろう。もしかすると、もしかするとだ。再び顔を合わせて、それからまた同じようにエイジの首を絞めているかもしれない。
それで済めばまだいい。
もしかすると目を覚ました瞬間、もうエイジがどこにもいなくなっているかもしれない。いなくしているかもしれない。
それが怖かった。自分が怖かった。エイジを殺める自分が怖かった。訳が分からず半ば錯乱している状態でもそれが根底にある行動原理だという事は理解できた。
だけど結局それが理解できても……それ以前の本質には抗えない。
エルという精霊は一人で何かに耐えられる程の強い心を持ち合わせていない。
だから手を差し伸べた人間に縋りついた。
だから離れ行く人間の手を取る為に死地へと赴いた。
だから彼を待つように立ち止った。
自分を見つけてほしくてそこに隠れた。
結局は限界だったのだ。
なんとか一人で抱え込もうとして、だけどあまりにもその恐怖は大きくて、不安で怖くて仕方がなくて。
だから自分が殺めかけた大切な人に縋りたくて仕方がなかったのだと思う。
そして……みつけてくれた。
「……エル」
アスファルトに座りこみ膝に顔を埋めていたエルは、その声に反応してその声の主に視線を向ける。
エイジに視線を向ける。
「……」
エイジの姿を見た自分が一体どういう表情を浮かべていたのかなんてのは分からなかったが、きっとそこに鏡があれば酷い表情を浮かべていたのだろう。
そして心の中も酷い物だ。
エイジがそこにいてくれて安心する自分。彼の向ける視線が半殺しにして来た相手に向ける様な軽蔑の眼差しでない事へ安堵する自分。
エイジがそこにいる事で手に残った感覚をより強く感じてしまう自分。その手で殺めてしまわぬように逃げだしたくなる自分。
その二つの意識が混在している。
そしてそんなエルにエイジは言う。
「こんな雨の中こんな所にいたら風邪引くぞ? だから帰ろう」
それは気休めでも色々な事を解決する為の言葉では無く、きっとただ自分を心配してくれている言葉。
……きっとそういう言葉。
そしてエイジはしゃがみ込んでこちらに視線を合わせて、そしてとてもぎこちなく、それでも優し気な表情を浮かべて手を差し伸べてくれた。
「……帰ろう」
そこでどうするべきだったのかは分からない。
自分の両手からは首を握り絞めた感覚が消えなくて、その手がいつエイジを傷付けるかも分からなくて。
だけどそれでもそんな自分に差し伸べてくれたその手を取りたくて。
例え引きずり上げられる事がなかったとしても手を握ってほしくて。
ただそれ以上の贅沢はいらないから、エイジに傍にいてほしくて。
だから震えながらも自然とその手は伸びた。
途中何度も躊躇って手を引こうとするけれど、それでもこの手はエイジが差し出したその手を握っていて、エイジは優しく、そして強く握り絞めてくれる。
……この手を離さないでいてくれる。
「よし、じゃあ帰ろう。立てるか?」
エイジの言葉に頷いて立ち上がる。
そしてそんな自分の手をエイジは優しく引いてくれる。
それだけで。
それだけで十分だった。
例え現実が何も変わってくれなくても。
エイジがそうやって隣りにいてくれる。
それだけでもう……救われているような、そういう風に感じた。
どれだけ辛くて、どれだけ苦しくて。何もかもが分からなくなっても。それでも自分は救われていると。
激しい雨に打たれる中、エイジと共に歩きながらそう思った。
0
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……
Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。
優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。
そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。
しかしこの時は誰も予想していなかった。
この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを……
アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを……
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる