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六章 君ガ為のカタストロフィ
ex ただ、それだけで
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どうして立ち止ったのだろうか。
逃げだした自分の後をエイジは追って来て。追ってきてくれて。立ち止れば追いつかれる。無意識というどうしようもない理由で彼を殺そうとした自分のところに追いついてしまう。
追いつかれればどうなるのだろう。もしかすると、もしかするとだ。再び顔を合わせて、それからまた同じようにエイジの首を絞めているかもしれない。
それで済めばまだいい。
もしかすると目を覚ました瞬間、もうエイジがどこにもいなくなっているかもしれない。いなくしているかもしれない。
それが怖かった。自分が怖かった。エイジを殺める自分が怖かった。訳が分からず半ば錯乱している状態でもそれが根底にある行動原理だという事は理解できた。
だけど結局それが理解できても……それ以前の本質には抗えない。
エルという精霊は一人で何かに耐えられる程の強い心を持ち合わせていない。
だから手を差し伸べた人間に縋りついた。
だから離れ行く人間の手を取る為に死地へと赴いた。
だから彼を待つように立ち止った。
自分を見つけてほしくてそこに隠れた。
結局は限界だったのだ。
なんとか一人で抱え込もうとして、だけどあまりにもその恐怖は大きくて、不安で怖くて仕方がなくて。
だから自分が殺めかけた大切な人に縋りたくて仕方がなかったのだと思う。
そして……みつけてくれた。
「……エル」
アスファルトに座りこみ膝に顔を埋めていたエルは、その声に反応してその声の主に視線を向ける。
エイジに視線を向ける。
「……」
エイジの姿を見た自分が一体どういう表情を浮かべていたのかなんてのは分からなかったが、きっとそこに鏡があれば酷い表情を浮かべていたのだろう。
そして心の中も酷い物だ。
エイジがそこにいてくれて安心する自分。彼の向ける視線が半殺しにして来た相手に向ける様な軽蔑の眼差しでない事へ安堵する自分。
エイジがそこにいる事で手に残った感覚をより強く感じてしまう自分。その手で殺めてしまわぬように逃げだしたくなる自分。
その二つの意識が混在している。
そしてそんなエルにエイジは言う。
「こんな雨の中こんな所にいたら風邪引くぞ? だから帰ろう」
それは気休めでも色々な事を解決する為の言葉では無く、きっとただ自分を心配してくれている言葉。
……きっとそういう言葉。
そしてエイジはしゃがみ込んでこちらに視線を合わせて、そしてとてもぎこちなく、それでも優し気な表情を浮かべて手を差し伸べてくれた。
「……帰ろう」
そこでどうするべきだったのかは分からない。
自分の両手からは首を握り絞めた感覚が消えなくて、その手がいつエイジを傷付けるかも分からなくて。
だけどそれでもそんな自分に差し伸べてくれたその手を取りたくて。
例え引きずり上げられる事がなかったとしても手を握ってほしくて。
ただそれ以上の贅沢はいらないから、エイジに傍にいてほしくて。
だから震えながらも自然とその手は伸びた。
途中何度も躊躇って手を引こうとするけれど、それでもこの手はエイジが差し出したその手を握っていて、エイジは優しく、そして強く握り絞めてくれる。
……この手を離さないでいてくれる。
「よし、じゃあ帰ろう。立てるか?」
エイジの言葉に頷いて立ち上がる。
そしてそんな自分の手をエイジは優しく引いてくれる。
それだけで。
それだけで十分だった。
例え現実が何も変わってくれなくても。
エイジがそうやって隣りにいてくれる。
それだけでもう……救われているような、そういう風に感じた。
どれだけ辛くて、どれだけ苦しくて。何もかもが分からなくなっても。それでも自分は救われていると。
激しい雨に打たれる中、エイジと共に歩きながらそう思った。
逃げだした自分の後をエイジは追って来て。追ってきてくれて。立ち止れば追いつかれる。無意識というどうしようもない理由で彼を殺そうとした自分のところに追いついてしまう。
追いつかれればどうなるのだろう。もしかすると、もしかするとだ。再び顔を合わせて、それからまた同じようにエイジの首を絞めているかもしれない。
それで済めばまだいい。
もしかすると目を覚ました瞬間、もうエイジがどこにもいなくなっているかもしれない。いなくしているかもしれない。
それが怖かった。自分が怖かった。エイジを殺める自分が怖かった。訳が分からず半ば錯乱している状態でもそれが根底にある行動原理だという事は理解できた。
だけど結局それが理解できても……それ以前の本質には抗えない。
エルという精霊は一人で何かに耐えられる程の強い心を持ち合わせていない。
だから手を差し伸べた人間に縋りついた。
だから離れ行く人間の手を取る為に死地へと赴いた。
だから彼を待つように立ち止った。
自分を見つけてほしくてそこに隠れた。
結局は限界だったのだ。
なんとか一人で抱え込もうとして、だけどあまりにもその恐怖は大きくて、不安で怖くて仕方がなくて。
だから自分が殺めかけた大切な人に縋りたくて仕方がなかったのだと思う。
そして……みつけてくれた。
「……エル」
アスファルトに座りこみ膝に顔を埋めていたエルは、その声に反応してその声の主に視線を向ける。
エイジに視線を向ける。
「……」
エイジの姿を見た自分が一体どういう表情を浮かべていたのかなんてのは分からなかったが、きっとそこに鏡があれば酷い表情を浮かべていたのだろう。
そして心の中も酷い物だ。
エイジがそこにいてくれて安心する自分。彼の向ける視線が半殺しにして来た相手に向ける様な軽蔑の眼差しでない事へ安堵する自分。
エイジがそこにいる事で手に残った感覚をより強く感じてしまう自分。その手で殺めてしまわぬように逃げだしたくなる自分。
その二つの意識が混在している。
そしてそんなエルにエイジは言う。
「こんな雨の中こんな所にいたら風邪引くぞ? だから帰ろう」
それは気休めでも色々な事を解決する為の言葉では無く、きっとただ自分を心配してくれている言葉。
……きっとそういう言葉。
そしてエイジはしゃがみ込んでこちらに視線を合わせて、そしてとてもぎこちなく、それでも優し気な表情を浮かべて手を差し伸べてくれた。
「……帰ろう」
そこでどうするべきだったのかは分からない。
自分の両手からは首を握り絞めた感覚が消えなくて、その手がいつエイジを傷付けるかも分からなくて。
だけどそれでもそんな自分に差し伸べてくれたその手を取りたくて。
例え引きずり上げられる事がなかったとしても手を握ってほしくて。
ただそれ以上の贅沢はいらないから、エイジに傍にいてほしくて。
だから震えながらも自然とその手は伸びた。
途中何度も躊躇って手を引こうとするけれど、それでもこの手はエイジが差し出したその手を握っていて、エイジは優しく、そして強く握り絞めてくれる。
……この手を離さないでいてくれる。
「よし、じゃあ帰ろう。立てるか?」
エイジの言葉に頷いて立ち上がる。
そしてそんな自分の手をエイジは優しく引いてくれる。
それだけで。
それだけで十分だった。
例え現実が何も変わってくれなくても。
エイジがそうやって隣りにいてくれる。
それだけでもう……救われているような、そういう風に感じた。
どれだけ辛くて、どれだけ苦しくて。何もかもが分からなくなっても。それでも自分は救われていると。
激しい雨に打たれる中、エイジと共に歩きながらそう思った。
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