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六章 君ガ為のカタストロフィ
3 行動理念
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食事を終えてから身支度を整え、エルに見送られて家を後にした。
目的地へと向かう足取りは酷く重い。
たどり着いた高校で受ける授業もまるで頭に入ってこず、クラスメイトとの会話もどことなくうまくいかない。
相変わらずと言うべきか、常に苦痛が纏わりついていた。
ただしそれは別に高校という場所に苦痛をおぼえている訳ではない。それそのものが苦痛になる筈がない。
周囲の人間は普通に接してくれて、それに悪意なんてのは感じられなくて。そもそも授業だって面倒だと思う事はあっても苦痛だとは思わない。この場所そのものに苦痛を覚えるようならば、瀬戸栄治という人間はきっと他にもおかしな方向にねじ曲がっているだろう。
だから悪いのは俺個人だ。
エルといれば落着ける。近くにエルがいると思えれば気分が楽になる。
だけどそうでなければこのザマだ。途端に苦しくなってくる。
自殺志願者が口にする様な生きているのが辛いというのはこういう感覚なのかもしれない。
ああ、そうだ。こうして当たり前に生きている事そのものが酷く辛いんだ。
そしてその事はエルだけじゃない。親友にも見透かされている。
「あんまり無理すんなよ」
昼休みの屋上。購買部で適当に買いそろえてきたパンを誠一と共に食していると、誠一が不意にそんな事を口にした。
一体その言葉が何を意味しているのかは容易に理解できる。
エルどころか親友にすら見破られる程に、俺の虚勢はただのハリボテにすぎないのだろう。
俺は軽くため息を付いた後、誠一に問いかけた。
「やっぱ無理してるように見えるか?」
「まあな。流石に目ぇ覚ました時よりはマシになってるし、だからこそこうして此処に居るんだろうけどよ、やっぱ無理してるようにしか見えねえんだわ。頑張ってるっぽくて指摘しにくかったけど、流石に言うわ。無理すんな。無理しすぎだ」
俺の事を見透かしている親友は心配するようにそう言ってくれて、そして言葉を続ける。
「つーかさ、急ぎすぎじゃね? もっとゆっくり休んでていいんだよ辛いんなら。なんで無理に社会復帰しようとしてんだてめえはよ」
まあ確かに今俺は時期尚早な事をしているのかもしれない。今の精神状態がまともじゃない事位自分でも理解できる。俺の今抱えている苦痛を心の病だと考えれば、本来俺はそれをもっと改善させて初めて今の様な立場に戻るためのスタートラインに立つべきなのかもしれない。
だけど俺は此処にいる。
「何で……か」
それは考えなくても答えに辿りつく。
「とりあえずアレだ。俺が無事社会復帰できたら、それはそうできる位には色々と回復したって事だろ。そうじゃないとしても、そういうもんだと思わせる事位は出来るだろ」
そういう風に思わせたい相手がいる。
「俺はこれ以上エルに心配を掛けさせたくない」
俺が虚勢を張ることも、こうして無理をする事も。その全ては最終的にそれに集束する。
「で、こうして毎日無茶してるわけか。ったく、人の事考えられる様な状態じゃねえだろてめえは」
誠一は少し呆れるようにため息を付いてから、諦めた様に言う。
「まあお前がやるって言ったら止めねえのは知ってっからよ、お前がそうしたいならもう止めねえ。精々頑張ってエルの奴を安心させてやってくれ」
「ああ、そのつもりだ。その為に俺は此処にいる」
ここで必死に虚勢を張っている。
「でもアレだ。この流れでもう一度復唱するのもアレだがな、あまり無茶ばかりすんじゃねえぞ。俺だって心配するし、エルの奴も俺以上にお前の事心配するだろうしな。やれるだけの範囲で頑張れ」
まあそれはごもっともな話だ。
虚勢を張るのは辛い事で、それが今の俺の精神状態を悪化させることにも繋がりかねない。そうなればかえってエルに心配を掛ける事になる。そうなれば本末転倒だ。
「肝に銘じとく」
「おう、銘じとけ銘じとけ。すんげえ刻みこんどけ」
そう言って誠一は微かな笑みを浮かべ、パンと一緒に購入していたコーヒー牛乳を一口飲む。
そんな誠一に俺は違う話題を投げかける。
いや、根底にあるものは何も変わっていないのかもしれない。
「ところで誠一。今日はアレ大丈夫そうか?」
「アレ? ああ、それなら問題ねえ。兄貴達もいつでも連れてこいって言ってる」
「そうか、なら良かった。だったら今日も頼むわ」
頼み。こうして紛いなりにもまともな生活へと戻ろうとする中で、一つまともとは対極に位置するであろう頼みをこの頃誠一に……いや、誠一達にする様になった。
「もう少し位は強くならないと」
俺は空を見上げながらそう口にする。
誠一達……対策局の人間に頼んでいるのは戦い方の指導だ。
現状この世界に辿り着いて俺達は比較的平和な日常を送れている。
エルを狙う人間もいなくて、テロリストである俺を追ってくる相手もいない。ただこの世界に不定期に出現する精霊の暴走に目を瞑れば平和な日常が広がっているんだ。
だけど……それは分かっていても。
もしかすると何かがあるかもしれない。
エルに危険が迫る様な事があるかもしれない。
そんな事を自然と考えてしまうと、居ても立ってもいられなくなった。
だってそうだ。俺には有事の際にエルを守れるだけの力が無い。
これまである程度戦闘経験は積んできたとは思うが、俺には基本的な基礎を含め色々なものが欠落している。技術力がなさすぎる。
だから戦い方を教えてもらわないといけない。戦いの素人のままで停滞している訳にはいかないんだ。
エルを守るために。必死になって強くならないといけない。
ああ、そうだ。エルの為にだ。
それこそが今の俺の行動の軸だ。
目的地へと向かう足取りは酷く重い。
たどり着いた高校で受ける授業もまるで頭に入ってこず、クラスメイトとの会話もどことなくうまくいかない。
相変わらずと言うべきか、常に苦痛が纏わりついていた。
ただしそれは別に高校という場所に苦痛をおぼえている訳ではない。それそのものが苦痛になる筈がない。
周囲の人間は普通に接してくれて、それに悪意なんてのは感じられなくて。そもそも授業だって面倒だと思う事はあっても苦痛だとは思わない。この場所そのものに苦痛を覚えるようならば、瀬戸栄治という人間はきっと他にもおかしな方向にねじ曲がっているだろう。
だから悪いのは俺個人だ。
エルといれば落着ける。近くにエルがいると思えれば気分が楽になる。
だけどそうでなければこのザマだ。途端に苦しくなってくる。
自殺志願者が口にする様な生きているのが辛いというのはこういう感覚なのかもしれない。
ああ、そうだ。こうして当たり前に生きている事そのものが酷く辛いんだ。
そしてその事はエルだけじゃない。親友にも見透かされている。
「あんまり無理すんなよ」
昼休みの屋上。購買部で適当に買いそろえてきたパンを誠一と共に食していると、誠一が不意にそんな事を口にした。
一体その言葉が何を意味しているのかは容易に理解できる。
エルどころか親友にすら見破られる程に、俺の虚勢はただのハリボテにすぎないのだろう。
俺は軽くため息を付いた後、誠一に問いかけた。
「やっぱ無理してるように見えるか?」
「まあな。流石に目ぇ覚ました時よりはマシになってるし、だからこそこうして此処に居るんだろうけどよ、やっぱ無理してるようにしか見えねえんだわ。頑張ってるっぽくて指摘しにくかったけど、流石に言うわ。無理すんな。無理しすぎだ」
俺の事を見透かしている親友は心配するようにそう言ってくれて、そして言葉を続ける。
「つーかさ、急ぎすぎじゃね? もっとゆっくり休んでていいんだよ辛いんなら。なんで無理に社会復帰しようとしてんだてめえはよ」
まあ確かに今俺は時期尚早な事をしているのかもしれない。今の精神状態がまともじゃない事位自分でも理解できる。俺の今抱えている苦痛を心の病だと考えれば、本来俺はそれをもっと改善させて初めて今の様な立場に戻るためのスタートラインに立つべきなのかもしれない。
だけど俺は此処にいる。
「何で……か」
それは考えなくても答えに辿りつく。
「とりあえずアレだ。俺が無事社会復帰できたら、それはそうできる位には色々と回復したって事だろ。そうじゃないとしても、そういうもんだと思わせる事位は出来るだろ」
そういう風に思わせたい相手がいる。
「俺はこれ以上エルに心配を掛けさせたくない」
俺が虚勢を張ることも、こうして無理をする事も。その全ては最終的にそれに集束する。
「で、こうして毎日無茶してるわけか。ったく、人の事考えられる様な状態じゃねえだろてめえは」
誠一は少し呆れるようにため息を付いてから、諦めた様に言う。
「まあお前がやるって言ったら止めねえのは知ってっからよ、お前がそうしたいならもう止めねえ。精々頑張ってエルの奴を安心させてやってくれ」
「ああ、そのつもりだ。その為に俺は此処にいる」
ここで必死に虚勢を張っている。
「でもアレだ。この流れでもう一度復唱するのもアレだがな、あまり無茶ばかりすんじゃねえぞ。俺だって心配するし、エルの奴も俺以上にお前の事心配するだろうしな。やれるだけの範囲で頑張れ」
まあそれはごもっともな話だ。
虚勢を張るのは辛い事で、それが今の俺の精神状態を悪化させることにも繋がりかねない。そうなればかえってエルに心配を掛ける事になる。そうなれば本末転倒だ。
「肝に銘じとく」
「おう、銘じとけ銘じとけ。すんげえ刻みこんどけ」
そう言って誠一は微かな笑みを浮かべ、パンと一緒に購入していたコーヒー牛乳を一口飲む。
そんな誠一に俺は違う話題を投げかける。
いや、根底にあるものは何も変わっていないのかもしれない。
「ところで誠一。今日はアレ大丈夫そうか?」
「アレ? ああ、それなら問題ねえ。兄貴達もいつでも連れてこいって言ってる」
「そうか、なら良かった。だったら今日も頼むわ」
頼み。こうして紛いなりにもまともな生活へと戻ろうとする中で、一つまともとは対極に位置するであろう頼みをこの頃誠一に……いや、誠一達にする様になった。
「もう少し位は強くならないと」
俺は空を見上げながらそう口にする。
誠一達……対策局の人間に頼んでいるのは戦い方の指導だ。
現状この世界に辿り着いて俺達は比較的平和な日常を送れている。
エルを狙う人間もいなくて、テロリストである俺を追ってくる相手もいない。ただこの世界に不定期に出現する精霊の暴走に目を瞑れば平和な日常が広がっているんだ。
だけど……それは分かっていても。
もしかすると何かがあるかもしれない。
エルに危険が迫る様な事があるかもしれない。
そんな事を自然と考えてしまうと、居ても立ってもいられなくなった。
だってそうだ。俺には有事の際にエルを守れるだけの力が無い。
これまである程度戦闘経験は積んできたとは思うが、俺には基本的な基礎を含め色々なものが欠落している。技術力がなさすぎる。
だから戦い方を教えてもらわないといけない。戦いの素人のままで停滞している訳にはいかないんだ。
エルを守るために。必死になって強くならないといけない。
ああ、そうだ。エルの為にだ。
それこそが今の俺の行動の軸だ。
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