人の身にして精霊王

山外大河

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五章 絶界の楽園

ex その言葉を探す為

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「来た!」

 どうやら飛来してきた鉄の塊は誠一が呼んだ助けだったらしい。
 屋上に着陸できないのかギリギリの所でホバリングする鉄の塊から黒いロングコートの人間が下りてくる。

「すまない、遅くなった!」

 その声に本来であれば反応する筈の誠一は、立ち尽くしたまま中々反応を示さない。
 しかしそれを待つことなくロングコートの男はエイジの元へと駆け寄ってくる。

「コイツが例の要か……ってちょっと待て、お前一体何を――」

「動かさないでください」

 回復術を掛けているエルに対してそんな反応を見せる男に、エルはそんな言葉を向けて続ける。

「この人は私が何とかします」

 術がかかり始めた時は不透明だったが、少しだけ時間が経った今だから言える。
 経験と刻印から伝わる感覚。それが今のまま回復術で治療を続けていけば一命を取り留められるという事を告げてくる。
 今回問題だったのは、回復術がまるで掛からなかった事だ。おそらくというよりも間違いなく、エイジが負ったダメージそのものはアルダリアスの地下を脱出した際の時の方が酷い。外傷ではない為憶測と言ってもいい判断だったが、それでも刻印からの感覚の信憑性は中々のものだ。
 こうなってしまえば自分で何とかする。何ともできなければきっと頼っていたが、そうでないならそうしない。例えこの世界の人間が自分のいた世界の人間とは違うと理解していてもそれは揺るがない。

「何とかするってどういう――」

「回復術とかいう力らしいです」

 困惑する男に言葉を返したのは、ようやく口を開いた誠一だった。
 そして重い表情のままエル達の方へと向いてエルに問う。

「栄治は……なんとかなりそうなのか?」

「……何とかなりそうになりましたよ」

「そうか……なら良かった」

 言いながら誠一は再び何も無い空間。ほんの少し前までナタリアが居た空間に少しの間視線を向け、そして再び男に視線を向けて言う。

「……無理言って来てもらって悪いんですけどもう大丈夫みたいです……すんません、俺がもっとちゃんとしりゃこんな無茶苦茶な事言わないで済んだんですけど」

「……なんだよそれ」

「分かんねえっすよ。俺も色々ありすぎて」

 そう言って俯きながら誠一は呟く。

「ほんと何なんだよ……酷すぎんだろこれ」






 最終的にその鉄の塊は再び空に飛び立った。聞こえてきた軽い文句を聞く限り本当に無理矢理こちらにドクターヘリとやらを飛ばしてきたらしい。
 だけど軽い言葉以上の何かが出てくる事は無く、その男が最後に見せた表情も何かを察して強く言わなかったような、そんな感じにも思えた。

「……頼むわ」

 鉄の塊が飛び去り、そして下にいた人間があがってくることも無い、酷く静かになったその空間。そんな中で回復術を使い続けるエルに誠一が呟く。

「ちゃんと栄治を助けてやってくれ」

「言われなくても分かってますよ、そんな事」

「……ほんと頼むぞ。栄治が俺の親友ってのもあるがな……」

 そこまで言った所で一拍空けてから呟く様続ける。

「……でないとあの精霊が浮かばれない」

「……」

 それもまた、言われなくても分かっている。
 全部無駄だったなんて、そんな酷い結末にはしてはいけない。そんな事は理解している。
 だからその手を緩める事は無い。
 大切な人を助ける為に。彼の為に抱かれた覚悟を無駄にしない為に。
 そんな事を考えて、酷く重い気分で回復術による治療はしばらく続いた。

「これでなんとか……」

 やがてある程度治療が進んだ所でそんな言葉が自然と漏れた。
 まだ完治したとは言えないが、それでも文字通り一命は取り留めたと言ってもいいだろう。まだ完治もしていなければ、いつ意識を取り戻すかどうかも分からない状態だが、それでも一命を取り留めたという事を予測ではなく実際に感じられれば自然と少し気が楽になる。
 ……ほんの少しだが。

「……うまく行ったのか?」

「ええ、少なくとも一安心と言える位には。いつ意識が戻ってくるかは分からないですけど」

「その辺の事は分からねえのかよ」

「分かりませんよ。いつだってそんな事は分からなかったですし……今回はいつもの様な大怪我とも違いますから」

「今までって……大怪我負って気絶するような事が何回もあったのか」

「……ありましたよ。いつだってこの人が正しいと思う事をする為に」

「……向こうでもそんな風な事をやってたのかよ栄治は」

 恐らくは彼もまたエイジの行動に手を焼いていたのだろう。浮かべるのは複雑な表情だ。
 そんな誠一の言葉にエルは頷く。

「そうやって私や皆を助けようとしてくれたんです。いろんな人を敵に回して、色んな事で傷付いて。必死に私達を……精霊を助けようとしてくれたんです」

「……そうか、栄治らしいな」

 誠一が最後にそう言った所で会話が途切れた。
 エイジを良く知る同士、沈黙の中で抱く重たい感情はもしかすると同じなのかもしれない。
 何度も何度も、何度だって考える。
 そんな風に必死になって正しい事を貫こうとした。自らの誇りに従って動いた……結果失敗してしまった彼の事を。
 そんな風に続いた無言を最初に破ったのは誠一だった。
 それはこれからの事。

「……そういやお前ら、行く当てとかは無いのか」

 自分たちの目的地はこんな所では無かった。それを知らないであろう誠一がそんな事を訪ねてきた。

「……ありませんよ。当てがある程物事が分かっていれば、こんな事にはなって居ないです」

「そうか……そうだよな。お前らの事は何も分からねえが、多分精霊を連れてこの世界に戻ってきた時点で、栄治の奴に行く当てなんてのがないってのは理解できるわ……まあ当てがないなら都合がいいか」

「都合がいい?」

「ああ。当てがあるなら最大限考慮するべきだとは思うが、そうでなければお前たちには付いてきてもらわないと困るんだ」

「付いていく? ……それってどこに」

「俺達の本拠地だ。多分というかもう既に、お前や栄治は精霊絡みの一件に関する重要人物としてみられている」

「重要人物?」

「精霊の居る世界に辿り着いて戻ってきた人間。そして自我を保った精霊。お前らは俺らが知らない事を……喉から手が出る程知りたかった事の多くを知っている筈だ。……何が言いたいかっていうと、俺達はお前らから話を聞きたいんだ。上からも自我を保った精霊が居ると報告を入れた時点で、連れてこいって言われている」

 一体どう返答するべきか迷った。
 目の前の人間、土御門誠一が敵ではない事は理解しているつもりだ。だけど人間についていくという選択肢を取る事への躊躇いはまだ確かにエルの中に残っている。多分相手が誠一ではなくシオンだったとしてもそれはきっと変わらない。どういう認識をしているかではなく、エイジ以外の人間への苦手意識はそう簡単には消えやしない

「……わかりました」

 だけど少し悩んだ末にそういう答えを出した。

「悪いな、助かる」

「いいですよ。少なくともあなた達が敵ではない事は理解できましたし、抵抗はありますけど協力しますよ」

 だけどただとは言わない。寧ろ背中を押したのはそれだ。

「代わりに教えてください、この世界の事を。この世界にいた筈のエイジさんが知らなかった事を」

 誠一達が向こうの世界の事を知る必要があるのなら、エルやエイジが知るべきことはこの世界の事だ。
 一体何がどうなっているのかを、はっきりと明確に知らなければならない。
 知った上で探すのだ。探す為にも知らなければならない。
 目を覚ましたエイジに掛ける言葉を探す為にも、知れる事は知らなければならないのだ。

「ああ、分かってる。知らないままのお前達を放置する訳にもいかねえし……何より俺らだけ聞いて何も教えないなんて酷い真似はしたくない。教えられる事は教えるし、やれる事はやってやる」

「お願いしますよ」

「ああ、約束する」

 そしてそんな会話があった暫く後、エイジの容体が安定した後でエルはエイジを背負って立ち上がる。

「変わるか?」

「いえ、私が背負います」

「そうか。なら任せる」

 そう言った誠一は歩き出す。

「じゃあ付いて来い。案内する」

「はい」

 そしてエルもまた、エイジを背負って歩き出した。
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