人の身にして精霊王

山外大河

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四章 精霊ノ王

ex もう一人の神童

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 どうしてこんな状況に陥っているのだろうか?
 カラファダの一角にあるカフェにて、カイルは頬に手を付いてやる気の無さそうな視線を正面に向けながら、そんな事を考えていた。

「全く、女の子と一緒に居るのにそんな表情浮かべちゃって。そんなんじゃ何時までたってもモテないぞッ」

「少なくともてめぇに愛想振り撒くつもりはねえよ。俺はお前が嫌いなんだよ」

「えー傷つくなぁ。私こんなに可愛いのに」

「うっせえ、性格最悪だろうが」

「おお、という事は私が可愛いって事は認めたね。よっしゃぁ!」

「……とりあえず静かにしろよ。場を弁えてくれ頼むから目立つから」

 カイルはため息を付きながら、改めてこの状況について考える。
 件の工場の襲撃事件の後、カイルはカラファダの中央病院に検査入院していた。
 負った怪我は回復術で治療できる。だけど大怪我の過程で、傷を治す回復術では治せない様な症状を負ってしまっているかもしれない。それが最終的に後遺症にも繋がる可能性もある訳で、それ故に受けられる余裕があれば精密検査は受けておいた方がいい。
 それを雇い主にも進められた上、入院費も出るのであればそうしておく事に越した事はない。そう思ったから一泊二日の検査入院を行い、街を出るのは後回しにした。
 その結果、彼女と出会った。出会ってしまった。
 検査入院を終え病院を出て暫くした所で、向こうから声を掛けられた。

『あ、カイル君だ。やっほー!』

『……ルミア』

 自分やシオンと同年代のやや小柄な、長い黒髪が特徴の少女。ルミア・マルティネス。
 一応はカイルの顔見知りという事になる彼女は、一言で言えば精霊研究の天才である。
 カイルが知る限りでは、成人もしていない様な年齢であるにも関わらず、シオンを除けば最高峰と呼ばれてもおかしくない程に精霊学に長けているし、実際に彼女の事を神童と呼ぶものも少なくない。

 そんな彼女がどうして自身の研究機関がある都市部から遠く離れたこの地に居るのか。そしてどうして精々顔見知り程度の自分に声を掛けたのか。分からない事だらけだ。
 彼女は基本自分の興味のある事にしか意識を向けない傾向がある。そしてカイルは文字通り顔見知り程度の仲。あくまでシオンとともに行動した際に知り合って少し話をした程度の関係だ。彼女の性格からして、話しかける事はしたとしても、こうして無理矢理カフェに連れ込まれ、こうしてお茶をしている様な状況にはなり得ない様におもえる。だから本当にこの状況が理解できない。
 それでも紐解かなければ解放されない。放っておけばあちらから勝手に話しだすだろうが、正直あまり好きではない相手とこうして長時間一緒には居たくなかった。だから早めに終わらせにかかる。

「で、お前はなんだってこんな所に居るんだよ」

「ちょっと調べてみようかなって事があって」

「調べる? 何をだよ?」

「この先をしばらく行った所に精霊が集まってくるポイントがあるのは知ってる?」

「ああ。あの独占契約してまで業者が網張ってる所だろ? あそこがどうした」

「そもそも、どうして精霊が集まってくるのかなって思ってね。業者の人達もその辺りはまるで調べていない様だし、一番乗りで調べ上げるんだって思い出此処まで来たんだ」

 確かに疑問ではある。
 向かった先に何かが無ければ精霊達がそこに向かう事は無いだろうし、向かうと言う事はそこに何か理由がある筈なのだ。

「で、何か分かったか?」

「何も。というよりも、私もまだこの街に来たばかりだから。今日から調べに向かおうと思っていた所……まあもうこの事は別に良いんだけどね。どうでもいい訳じゃないけど、もっと優先したい事ができちゃった」

「優先したい事……つーか、此処まで来て調査してかねえの?」

「うん。しないよ」

 ルミアの研究機関がある都市部からこのカラファダの街への距離を考えると、それはいくらなんでももったいない気がする。
 だけどその判断を下したと言う事は、それ以上の何かが確かに見つかったのだろう。

「……一体何を見つけたんだよお前は」

「それはきっとキミも目にしてると思うよ。そして面白いぐらい一方的にやられてる」

「……ッ」

 そしてカイルの脳裏に浮かんでくる光景は、精霊を剣にして圧倒的な出力で自分を倒した襲撃者だ。
 そしてそこまで浮かんで来れば、一体彼女が何を考えているのかが理解できてくる。
 そしてその理解した内容通りの事をルミアは言う。

「あの精霊を剣に変えるって、一体どうやってるんだろうね。というよりそもそもああいう発想にまで至らなかった。もう早く調べたくて仕方がないよ。精霊が何で消えるかなんて調査をしている時間がもったいないよ。早く戻らないと」

 物凄くうきうきした表情でルビアは言う。余程その件の事を調べたいのだろう。かつての『まとも』だった頃のシオンもよく同じ様な表情を浮かべていた事を考えると、研究者ってのは皆こんなもんなのかと思ってしまう。
 そんな事を考えながらも、カイルはルミアに問いかける。

「……だったら何でお前は俺とこんな所に居るんだよ。早く帰れよ」

 カイルが一方的にやられた事を知っているのなら、もうあの狂った襲撃者が起こした事件にルミアが興味を持ち、あの場で起きた事を映像なり音声なりで拾うまでの事はしている筈だ。だったらもうこの街に用は無いのではないかと思う。
 だけどそういう事でも無いらしい。

「いやぁ、でもやっぱり実際に相手をしたカイル君から直接話を聞きたいなぁと。映像を見る限り、カイル君以外はたいした事ない人達ばっかりだったし。だからそこそこ程度の精霊を使っているのに僅かでも反応してみせたキミに話を聞きたいの」

「……馬鹿じゃねえのお前。それでも一方的にやられてんだぜ? 俺に映像で得られる情報以上の事は話せねえよ」

「そこを何とか絞り出して、お願い」

 顔の前で掌を合わせそういうルミアに、カイルはため息を付きながらも、一応は回答を絞り出す。

「少なくとも相手は戦いのド素人だった。そのド素人があれだけの力を持つほどにあの精霊を剣にするってのは凄い力だった……これでいいか?」

「うわー期待してたのに割とどうでもいい回答帰ってきたけどありがとう」

 言葉通りどうでも良さそうな表情を浮かべてルミアからそんな言葉が返ってくる。

「……お前もう早く帰れよ」

「うん。そうするよ。このコーヒーが飲み終わったらもう行く。カイル君から話を聞ければもうこの街に用は無いし。あーあ、期待してたんだけどなー」

 もう返答する気すら起こらない。やっぱり可愛いのは顔だけで性格的には全く持って好きになれない。
 そしてそこからルミアがコーヒーを飲み干すまでは互いに会話は無く、最後に言葉を躱したのはルミアが立ち上がった時だった。

「じゃあ私はもう行くよ。早く一番乗りにこの研究をするんだ」

「……一番乗りって言うけどさ、案外もうシオンの奴がもう手ぇ出してんじゃねえのか?」

「出してないと思うよ。噂で聞いた位だけど、今のシオン君がそういう研究をするとは思えないなぁ……だから私が一番乗り。そして停滞しているシオン君を追いぬいて、私が一番になるんだ」

 そして一拍空けてから彼女は言う。

「いつまでも二番手だとは思いたくない」

「……」

 二番手。そう、彼女は二番手だ。
 いつだってシオンが彼女の上を行く。その事が気に入らない。その感情は今も昔も近くに居れば伝わってくる。シオンが表舞台に立たなくなった今でも、彼女の中のシオンを彼女は越えられていない。

「……っていうか今のシオンの事。お前知ってんのか?」

「知ってるよ。半年程前にばったり会って、少しだけ立ち話をした。昔とはまるで別人みたいだね。雰囲気も、価値観も」

「……なんであんな事になってるんだろうな」

「さぁ? 一体何があったんだろうね」

 そしてそこまで言ってから彼女は、話は終わりとばかりに動きだす。
 そしてその去り際にこんな言葉を言い残した。

「それにしても今回の工場の襲撃者もシオン君も……精霊をちゃんとそういう風に見られるのに、どうしてこんなにつまらない事しか考えられないんだろうね」

 それはあまりにも不可解な言葉だった。
 シオンやあの襲撃者が、精霊に対してまともな価値観を抱いている様な、そんな言葉。
 きっとまともからはかけ離れている筈なのに……彼女はそんな言葉を言い残す。

「おいちょっと待て、それどういう事だ!」

「自分で考えてみなよ。そうすれば面白い位に世界は変わるよ」

 それだけを言って彼女は今度こそその場から居なくなった。
 残されたのはカイル一人。

「……なんだよ、それ」

 そして結局彼には理解できない。

 理解できたのは二人の天才だけだった。
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