人の身にして精霊王

山外大河

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四章 精霊ノ王

24 到達

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 目と鼻の先にある目的地。
 感覚的にその場所に辿り着く事自体はもう容易な事に主終えていたのだが、それでも案外そう簡単には行かない。

「……大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫。あと少しなら多分大丈夫……」

 元々かなりの距離を歩いていた事に加えて、森の中は想像以上に足場が悪く体力を奪ってくる。もうアスレチックって言っても過言ではない。

「……多分まだ先は長いですよ。前に見た地図を思いだす限り、結構この森面積ありそうですし」

「……だ、大丈夫、ダイジョウブ……ハハハハハ」

「エイジさん、顔笑ってませんよ。物凄く顔引きつってますよ」

 ……いや、だって本当にキツいからな。全然大丈夫じゃないもん。

「……」

 大丈夫、どうにかなるさ。思い出せ、この世界に来た直後の事を。怪我が完治していない状態でハーフマラソンに近い距離を走りきった時の事を。あれと比べればこんなもん楽勝だ。
 ……楽勝な筈なんだけどなぁ。
 あの時とは違い、死に物狂でに走る様な状況でもなければ、そんな精神状態でもない。そんな状況は脱したばかりで、今はもう周囲を警戒する程度の物になっている。
 故に火事場の馬鹿力じみた体力は沸いてこなくて。まあああいうのが発揮されるタイミングってのは、あまり良い事が起きている時ではないだろうし、沸かないに越した事は無いのかもしれないけれど。
 だからって少し位沸いたっていいじゃないか……なんて事を考えながら。そんな馬鹿な考えで思考を埋めながら、俺は歩き続けた。
 そうでないと前に進めないだろうから。どこかで立ち止まってしまうかもしれないから。今はそんな考えで頭の中を埋めることにした。





 そこからどれ位の距離を歩いたのだろうかと考えたが、それがそこまで大した距離ではないという事は前知識を考えるに理解できる。
 ただ俺の体力面が色々とネックになり、湖のすぐ近くにまで辿り着いた時にはもう日が落ちてから随分たち、月明かりだけが周囲を照らす夜になっていた。
 ……予定よりも随分と遅くなった様な気がする。

「……大丈夫? 死にそう」

「やっぱり足腰弱いね」

 そんな言葉が胸に突き刺さる。まるで否定できない。本当に死にそうなんだが……。
 とはいえなんとなくそう感じるだけで、実際何度も死にかけた事があるから、今の俺が死とは遠い状態だと言う事は理解できる。理解できるけど、なんか死にそう。

「で、でも、ほら、もう湖見えますから、もうゴールです。大丈夫です」

「……そ、そうだな」

 リーシャの言葉にそう返すが、なんかこう、プライド的な方向では全然大丈夫じゃないんだけどな。
 と、そんな事を考えながらもう少しだけ前に進んだ所で……その湖に誰かがいるが見えた。

「……精霊?」

 視界の先に十人程の精霊が集まっていた。もしかすると俺達が歩いてきた方角とは違う方角から、この地に向けて歩いてきたのかもしれない。タイミング敵に俺達があの業者を引き付けていた訳だから、その間に到達したとかそういう事だろうか?
 ……っていうか歩いてみて改めて思ったが、あの業者の連中どうやってこの広い範囲に展開している人間を全員終結させたんだ? アレだろうか、テレポート的な精霊術を使える奴が何人か居たのだろうか? 信号弾にしてもそんなに遠い奴には見えないだろうし……駄目だ、一応一カ月は滞在していても、この世界の技術だとか、そういう所は分からない事が多い。
 まあそれはさておき、というか終わったからどうでもいい事だ。大事なのは目の前の精霊。どうやらまだこちらに気づいていないようだ。
 そう思った直後、ナタリアが俺達にしか聞こえない様な声で呟く。

「……隠れるぞ」

「……ッ」

 ナタリアに急に襟首を掴まれ無理茂みの中に連れ込まれる。

「ちょ、ちょっと何やってるんですか」

 エルも一応茂みに入りながらナタリアにそう言って、ヒルダ達も一応首を傾げながらも茂みの中に入ってきた。

「……コイツをあの精霊達の視界に入れるわけにはいかないだろう」

「……ああ、成程」

 ナタリアの取った行動……とりあえず俺だけでも瞬時に茂みの中に連れ込んだ意味が理解できてそう呟く。
 精霊にとって人間は敵だ。そんな俺が精霊達の視界に入る事で起きる事は、きっとあまり彼女達にとってもこちらにとってもいい事ではない。それだけは言える。
 だからきっとこの判断は正解だ。
 それは他の皆も理解している様で、エルは俺の言葉に続く。

「だったら今は様子見……ですね」

 その言葉に皆が頷く。
 そしてここで様子見を行うという事は、一つ大切な事柄の詳細が判明するいう事になる。
 ……この場所が、正解かどうかという事だ。
 そしてその答えはすぐに出てくる。

「……ッ」

 ……次の瞬間、強い光が周囲に発せられ、思わず瞳を閉じる。
 ほぼ同時に、何か所からも発せられた光。
 それが全て消えさり視界が元通り鮮明になった時。

「……消えた」

 その鮮明となった視界の先に、彼女達はいない。
 それは即ち、こういう事だ。

「ここが……正解」

 エルがそう呟く。
 そう……多分そういう事だ。予想通り、そういう事だったんだ。
 この湖が、絶海の楽園への入り口。
 俺達がずっと探していた目的地への入り口だった。
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