人の身にして精霊王

山外大河

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四章 精霊ノ王

13 全てを狂わすイレギュラー

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 男をアイラ達から引き離しながら俺は戦いを続けていく。
 まだ続けて居られている。今は、まだ。

「クソ……ッ」

 確かに目の前の男との技量差は、俺とカイルの間にあった物と比べればまだ狭い。だがしかし……目の前の男の技量は俺が認識していた値よりも遥かに高い。

「……ちょこまか逃げてんじゃねえぞ」

 男はこちらとの距離を詰めつつ、両手から光の粒子を弾丸の様に打ち出す。
 そして俺がそれをなんとか躱した次の瞬間には、再び結界を踏んで加速した男が目の前に現れて拳を放つ。
 だが策は講じてある。粒子の弾丸を躱した瞬間に、既に足元に風の塊を形成した。これを踏み抜き再び距離を置く。そんな、もうすでに通用しない可能性の高い苦肉の策。
 寧ろ掌で踊らされている策と言ってもいい。
 それ故に、躱した先には光の光の粒子の雨があった。
 先に放った粒子の弾丸。その何割かで結界を形成し、残りを更に細分化させ反射。弾丸と拳で躱す方向を誘導しているんじゃないかと思わざるを得ないほど、的確なポイントに雨が降り注ぎ全身に激痛を打ちつける。
 そして既にこの状況になる事が織り込み済みと言わんばかりに、拳を空ぶらせた後、流れる様に態勢を立て直した男がこちらに回し蹴りを放つ。
 一連の動きにほぼ荒はない。時間が経つにつれ、洗練された物になっていく。
 きっと本来の、相手を潰すスタイルに戻りつつある。
 戦闘開始直後は、まだ俺に対しどこか手を抜いていたのだろう。
 それがあの惨状で全力を引きだした。血が上った様に荒々しく暴れ続けた。
 そんな状態から……冷静に、静かで膨大な怒りを纏った状態に変化していった。
 つまり……冷静に無駄のない洗練された動きで、尚且つ全力で戦ってくる最高で最悪な状態。
 もはやそれは、今の俺が守りに徹していればなんとかなるなんて、生易しい物ではない。
 攻めに転じても守りに徹しても潰される。

「うぐ……ッ!」

 回し蹴りが鳩尾に叩きこまれ、俺の体は勢いよく弾き飛ばされる。
 そして激痛でもなんとか意識を保つ俺の視界の先で、男は回し蹴りの遠心力を利用するように、何も無い空間に拳を打ち上げる。

「……ッ!」

 そうして吹き飛ばされた俺を捉えるように地面から結界が突き出され、再び勢いよく弾き飛ばされた。
 そして俺の隣を、高速の光の粒子が通過する。
 次の瞬間には、勢いよく弾き飛ばされた俺の体が、後方に展開された結界にぶつかり、正面に弾き飛ばされ……視界の先には男が再びこちらに向かって勢いよく飛び込んでくる姿がある。
 ……防げない。
 直感でそう脳が全身に伝えてきた。
 だけどその拳が俺に当たる事は無く、代わりにその直前、俺の体は突風に煽られて右方に吹っ飛ばされる。
 そして次の瞬間にはその場所で攻撃を空ぶらせる男が居て……そして。

「……エル!」

 視界の先に、こちらにむかって突風を打ち放ったと思われるエルの姿があった。
 戦闘中、エルの身に何かあった事を告げるように刻印が反応を示していたから覚悟はしていたが、左腕が垂れ下ってしまっている。やはりそこで何かが起きていた。否、エルしかいない事を考えるに、何かが起きていると言う方が正しいのかもしれない。
 俺は転がりながらも態勢を立て直し、そして全力で駆け出す。
 それとほぼ同時にエルもこちらに向かって一気に加速する。
 とにかく……とにかくだ。エルの腕をなんとかする為にも。今この場で起きている戦闘を無事に切り抜ける為にも。
 とにかく、やるべき事がある。

「……戻ってきたか」

 男はエルの方にも注意を向けるようにそう呟き構えを取る。
 まるで二人を同時に迎え撃とうとするように。
 確かに構図だけ見れば挟み撃ち。俺とエルで左右から同時攻撃を仕掛ける。確かに仮に接近戦で勝負を仕掛けてくるタイプならば、そういう選択を取るのがセオリーで、男はそれを悟ったのかもしれない。
 それ故に下手な立ち回りはしない。ただその場で構えを取る。
 今までの戦いで理解できた。きっと目の前の男にはそれができる。出来るだけの実力と精霊術を有している。それ故に勝負に出ているのだろう。
 だけど俺達は勝負に出ない。
 今の俺じゃエルの足手まとい。そしてエルは片腕を負傷している。そんな状況下でまともに戦うような選択肢は取れないし、仮に万全でも取らない。
 男にある程度近づいた時、足元に風の塊を形成。エルとの一瞬のアイコンタクトの後に右方に飛んだ。
 そして俺よりも出力が高いが故に俺よりも早く、その場所に到達したエルと合流してその手を握る。

「やるぞ、エル!」

「はいッ!」

 そして俺はエルの姿を剣へと変える。
 その一瞬の出来事に、男は目の前で何が起きているのか分からないという表情を浮かべる。
 さあ、もう時間稼ぎは終わりだ。
 いくぞ……反撃開――、

「ぐ……ッ!」

 突如として、刻印から激痛が走った。

「きゃ……ッ!」

 剣の形状に変化しいていたエルが元の姿に戻ってしまう。
 まるで何かに剣化の精霊術を阻害されたかのように、エルの剣化が強制的に解除されたのだ。

「くそ、何がどうしたってんだ……ッ」

 今までこんな事は一度もなかった。一体何がどうしてこんな事に……ッ!
 その答えを、混乱した脳では弾き出さない。
 だけど俺の隣で苦い表情を浮かべるエルは、何かに気が付いたようだ。

「……なんで今の今までこうなる可能性に全く頭が回らなかったんだろ……私の馬鹿ッ」

「何か分かったのか?」

 俺はイマイチ状況が呑みこめていない正面の男を警戒しながらエルに尋ねる。

「そうだってと決まった訳じゃないです……ですが、条件として今までと明らかに違う事が一つあります」

 そしてエルは聞いただけでそれが答えである様に思える、確信的な考えを言う。

「今のエイジさんは普段通り精霊術が使えない。ナタリアに抑えられていますよね」

「……ッ!」

 つまり……つまりだ。

「……アイツの術が阻害しちまってるって事か」

「その可能性が大きいと思います」

 ……最悪だ。
 だとすれば全く持ってとは言わないが、大きく状況は好転しない。
 エルが誰かと戦っていたという事は他にも敵がいる筈なのに、今目の前で展開されている状況ですら乗り切れるかどうかが怪しくなってきた。
 そして発生したイレギュラーを取り除く為の策も浮かんでこない。全く持ってどうすればいいのかが分からない。
 だけど……これだけは分かる。

「何をやりたいのかったのかは知らねえ。だがどうでもいいよ。そろそろてめえを潰すぞ、人殺し!」

 目の前の男は、もう待ってはくれない。

「く、来るぞ!」

「はい!」

 そしてなんの打開策も見つからないまま、止まっていた戦いは再び動き出す。
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