人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

27 馬車に揺られて

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 俺達は目的地まで容易に辿り着く。
 予想通り敵の集団は構えておらず、時折立ち塞がる警備員の残党をなぎ倒すだけで先に進めた。
 故に途中で誰かが脱落する事もなく。そしてこれ以上誰かが負傷する事もなく、俺達は馬車が留められている場所に辿り着いた。

「……本当にでかいな。これなら俺達全員乗れそうだぞ」

 果たしてたった二頭の馬で二十二人+その人数を乗せられるだけの屋根付きの荷台を引けるのかが凄く疑問だけど、此処に精霊を運ぶ時にコイツらと多分カイルとかが乗っていただろうから、多分乗れるのだろう……多分。

「とりあえず全員乗り込め。急いで此処を出るぞ」

 俺がそう言うと、言われた通りに精霊達は荷台に乗り込む。
 と、そこでエルが訪ねてくる。

『乗り込めって……エイジさん、馬車、その腕で馬車運転できるんですか?』

「……この腕じゃなくても出来ねえよ。エル、お前できるか?」

『この腕でできると思いますか? まあ私もそもそも運転できませんが』

「……まいったな」

 一瞬そう思ったけど、よく考えれば諦めるのは早すぎた。
 だってこれだけ精霊が居るんだ。一人くらいはこういうのを運転できてもおかしくないだろう。
 とにかく誰か運転できる奴がいないか聞いてみようとした時だった。
 何も言わぬままに茶髪の髪の、妙に無表情な精霊が、俺の前を横切り何も言わずに御者台に座り、此方に視線を向ける。

「……」

 そして何も言わずに親指を立て、荷台を指差す。
 此処は任せて乗れと言わんばかりだ。

「悪い、助かる」

 その精霊に会釈して、俺も荷台に乗るために後ろに周る。
 最後に一瞬見えた精霊の表情が、無表情に限りなく近いドヤ顔だったけど、多分こういうの好きなんだろうなと思う。誠一がバイク自慢してきた時もそんな表情だった。……そういやアイツ、免許持ってたっけ? 乗っけて貰っといてなんだけど、アイツが教習所に通ってるとか、聞いた事ねえんだけど……。
 ……まあアイツが無免許かどうかは、今はいい。そういう事が聞ける機会になれば聞けばいい。
 今するべきは、此処から脱出する事だ。
 だとすれば、できる限り最善を尽くした方がいい。

「……これ、上乗っても大丈夫な奴かな?」

『どうする気ですか?』

「いや、まだ何があるかわかんねえからな。出発直後に攻撃が飛んできたら、なんとかしねえとなんねえだろ」

 だから暫くは上に乗る。それがいいのでは無いだろうか。

『……落ちないで下さいよ?』

「まあ、大丈夫だろ……多分」

 動いてる馬車の荷台の上で、今のダメージで斬撃とかぶっ放したらバランス崩しそうな気がするけども、まあ、成せばなる。成ってもらわないと困る。
 とりあえず成ってくれる事を祈って、荷台の上に飛び乗った。飛び乗ってから思ったけど、飛び乗った衝撃で天井突き破る様な事が無くて本当によかった。正直に言って、迂闊だった。
 その事を反省しつつ、周囲を見渡す。全員乗り込んだ。ついでに言えば敵もいない。

「おい、全員乗ったぞ!」

 茶髪の精霊に向けてそう言うと、返事もなく馬車が急発進する。

「うぉッ!」

 バランスを崩し、落ちかけるが、なんとか事なきを得る。

「あ、危なかった……落ちるかと思った……」

 ……動き出すなら言ってくれ。こっちは全身ガタガタ+左腕骨折+右腕で剣握ってんだから。

「……目的地は?」

「あ、ああ……とりあえず街から離れた方がいいだろうからな。とりあえず東の方向に向かってくれ。……後、言葉で確認する気があるんだったら、頼むから動く時と止まる時は何か言って、マジで頼む!」

 その言葉には返事は無い。その必要最低限以外はしゃべらない様なスタンスは止めてくれ。今この時だけでいいから止めてくれ。
 俺は返事が返ってこないことに軽くため息を付きながら、改めて工場の方に視線を向ける。
 追っ手は無い。こちらに攻撃を加えてくる様な様子もない。
 もうそうするだけの与力な無いって事だろうか? そういう事ならば本当に助かる。
 この調子だったら、このまま街の方角から一気に離れられる。そして……ついでに、目星を付けていた湖までの距離も一気に縮められる。
 この先だ。この先に今回目指していた湖がある。
 正直今の立場の俺が旅を続けるのは至難の業だ。できることならば、そこ正解であってほしい。
 そうである事を祈りつつ、俺は馬車から落ちないように見張りを続ける。
 やがてエルが言った。

『もう、いいんじゃないですか?』

「だな。追っ手も結局来ないし、周囲に人の姿もねえ。だからもうお前も元に戻って――」

『いやいや、ちょっと待ってください。状況考えてくださいよ。このまま元に戻ったら、私、落ちるかもしれないじゃないですか! 荷台の中に入ってからでお願いします!』

「ああ、確かにそうだ、悪い。というか俺も結構此処にいるの怖いし中に入りてぇ」

 とはいえ、そうする為には一旦馬車を止めて貰わなきゃいけないわけで。

「悪い、中に入りたいから一旦止めてくれるか?」

 ……しかしながらその声に返事は無い。

「絶対聞こえてるけど……反応ねえな」

『せめて反応位はしてほしいですね……そして、一旦止めてほしいですね』

「ほんと、冗談抜きでなんとかしてくれ……」

 これほどまでに、乗り物に乗っていてシートベルトを欲した日は無い。
 結局その後も中々馬車は止まってくれず、止まったのは走り出して十数分後。完全に街から離れた後。

「な、なんとか無事にやり過ごせたな」

「そ、そうですね……お疲れ様です」

 元の姿に戻ったエルと共に馬車から飛び降り、精霊達も一旦荷台から降りてくる。
 ……此処から始めるべきは二つの事。
 俺とエルの治療。これは早急に行いたい。
 そして……それと同時にもう一つ。

「……で、これからお前らはどうする?」

 此処にいる俺とエルと二十名の精霊。そのそれぞれの今後の話だ。
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