79 / 431
三章 誇りに塗れた英雄譚
ex 決意
しおりを挟む
時は僅かに遡る。
(あれ? ……行こうとしているの? 工場なんかに)
自分がやろうとしている事が、一体どういう事か。
それを理解してしまえば、震えが止まらなくなるし、恐怖の感情が湧き上がってくる。
気を抜けば、そんな感情に全身を飲み込まれそうになる。気を抜かなくても、同じことだ。
結局。なにをどうしようと、震えは止まってはくれなかった。
それでも、必死に足を動かそうとする。必死に走ってエイジを助けに行こうとする。
だけど駄目だった。ゆっくりと動いた足は、次の瞬間には止まってしまう。
「……どうしよう」
その場に立ち尽くし、そんな言葉が漏れ出した。
そしてその言葉の解は出てこない。出てきてくれない。出せるほどの勇気がない。
だけどきっと、それを出す勇気が無かった時点で、本人に自覚はなくても、もう答えは決まっていた様なものだった。
彼女は強くない。
『きっと私は、エイジさんの為に何でもする事が出来るかと言われれば、首を振るかもしれません。きっと出来ない事も沢山あるんだと思います』
これがその解で、これがその限界だ。
それをゆっくりと自覚していくと、震えが徐々に止まってきた。
止まってきてしまった。
まるで危険を回避したから。エイジを助けることをどこかで放棄したから。
今の。誰にも襲われることもない。明日も自分が自分でいられる。そんな確証が持てる、甘く優しいぬるま湯の世界に浸っている事を、心のどこかで選び始めたから。
だから、震えが止まってきた。
止まり始めた事に嫌悪感を感じながらも、彼女は自然と考える。
まだしっかりとエイジを助けることを考えつつも、エイジのいないその先の自分の事を考えはじめていた。
考えて。考えて。手足の震えが強くなった。
彼女と別れた彼は、決断の際に考えた。
自分の隣にいる少女は、もう自分なしでもやっていけるという事を。
実際、彼女はそれができていた。普通に話せていたし、周りの人間とぎこちないながらも、コミュニケーションが通れていた。彼女自身も、それが自分が周囲に適応した結果だと、そう思っていた。
だけど……本当にそうなのだろうか?
多くの場面で、エイジが居た。
居ないときだって、心のどこかで何かがあったらエイジが駆け付けてくれると。そんな楽観的な事を、
きっと考えていた。
……この一カ月。そんな風に人と接してきた。
例えばそこに彼がいなければ。一体自分はどう振る舞えるのか。
縋れる相手がいない時分は、これまでのようにうまくいくのだろうか?
それを考えれば、もう震えが止まらなかった。
悪意は感じない。何も何も感じない。だけどそれは確かに存在するもので、存在するものだと自覚してしまえば、向けられなくてもそれを感じてしまう。
エイジは、そんな見えない視線をいつだって打ち消してくれた存在だった。
いつだって隣で笑ってくれて。何度だって自分を救ってくれて。いつだって彼女の思考の中心に居た存在で。
そんな彼がいなくなったその後で。自分は一体どうなるのだろうか。
そこまで考えると、彼女の足はゆっくりと動き始めた。
色々な感情が、両足の枷となるようにしがみ付いてくるけれど。それでも一歩前へと進んだ。
彼女は強くない。
あの地下で、彼女はエイジを助けに戻った。だけどそれはきっと、今自分がやろうとしたことに比べれば僅かにマシな行為で。そしてそこが彼女の限界で。
だからこの場に留まっているけれど、それでも。ほんの少し。ほんの少しでいい。そこに自分の情けない事情が、感情が含まれれば、話は別だ。
彼女は強くない。
一人じゃ生きられない。一人じゃどうにもならない。自分を助けてくれる。自分に手を差し伸べてくれる。自分に笑いかけてくれる。いつだっていつだって。隣に居てくれる。
そんなエイジがいなければ、彼女はもう動けない。きっとかつては動いたからだが、もう動かなくなっていた。
何度だって考えたことがある。
自分は、エイジに依存している。
それはきっと自分が思っているよりもずっと強く、そしてそれが彼女の背を押す原動力となる。
だから、彼女の足取りは早まった。
エイジの為に……そして、自分の為に。
そして解は出た。
それ故に彼女は肉体強化を発動させる。
同時に、ガラスが砕けるような音が周囲に響く。
枷を、内側から破壊した。
元々はエイジの為に身につけた枷。それでも彼女の精神を安定させるのに一役買った大切な代物。
それを壊すことに、今更躊躇はしなかった。
そしてエルは窓から飛び降りる。
少しでも、時間はかけられない。
もう深夜ではあるが出歩いている人間は居るようで、そのうちの何人かがこちらに驚愕の視線を向ける。
きっと、今日どこかですれ違ってでもいたのだろう。人間だった存在が、精霊としての雰囲気をまとっていることに、戸惑いを隠せないのだろう。
だけどそんなことは、エルの知ったことではない。
彼女の頭にあるのはただエイジと、自分の事だけだ。
(……絶対に助ける)
エイジを生きて連れ戻す。
そして、彼女が思い浮かべる考えは、もうひとつ。
(そして……エイジさんを止める)
それは一つの決意だ。
口論になっても。無理やり張り倒してでもいい。
今の彼は彼自身の身をいとも簡単に滅ぼしてしまう。論理的に。道徳的に。彼のしている事は間違いではないのかもしれないけれど、きっと致命的に間違っている。
それをやめさせる。
エイジを……助ける。
そして彼女は走り出す。
地図なんていらない。場所は刻印から伝わってくる。
だったらそこ目掛けて、全力で走る。それでいい。
そして彼女は街を全力で駆ける。
彼のために。自分のために。
(あれ? ……行こうとしているの? 工場なんかに)
自分がやろうとしている事が、一体どういう事か。
それを理解してしまえば、震えが止まらなくなるし、恐怖の感情が湧き上がってくる。
気を抜けば、そんな感情に全身を飲み込まれそうになる。気を抜かなくても、同じことだ。
結局。なにをどうしようと、震えは止まってはくれなかった。
それでも、必死に足を動かそうとする。必死に走ってエイジを助けに行こうとする。
だけど駄目だった。ゆっくりと動いた足は、次の瞬間には止まってしまう。
「……どうしよう」
その場に立ち尽くし、そんな言葉が漏れ出した。
そしてその言葉の解は出てこない。出てきてくれない。出せるほどの勇気がない。
だけどきっと、それを出す勇気が無かった時点で、本人に自覚はなくても、もう答えは決まっていた様なものだった。
彼女は強くない。
『きっと私は、エイジさんの為に何でもする事が出来るかと言われれば、首を振るかもしれません。きっと出来ない事も沢山あるんだと思います』
これがその解で、これがその限界だ。
それをゆっくりと自覚していくと、震えが徐々に止まってきた。
止まってきてしまった。
まるで危険を回避したから。エイジを助けることをどこかで放棄したから。
今の。誰にも襲われることもない。明日も自分が自分でいられる。そんな確証が持てる、甘く優しいぬるま湯の世界に浸っている事を、心のどこかで選び始めたから。
だから、震えが止まってきた。
止まり始めた事に嫌悪感を感じながらも、彼女は自然と考える。
まだしっかりとエイジを助けることを考えつつも、エイジのいないその先の自分の事を考えはじめていた。
考えて。考えて。手足の震えが強くなった。
彼女と別れた彼は、決断の際に考えた。
自分の隣にいる少女は、もう自分なしでもやっていけるという事を。
実際、彼女はそれができていた。普通に話せていたし、周りの人間とぎこちないながらも、コミュニケーションが通れていた。彼女自身も、それが自分が周囲に適応した結果だと、そう思っていた。
だけど……本当にそうなのだろうか?
多くの場面で、エイジが居た。
居ないときだって、心のどこかで何かがあったらエイジが駆け付けてくれると。そんな楽観的な事を、
きっと考えていた。
……この一カ月。そんな風に人と接してきた。
例えばそこに彼がいなければ。一体自分はどう振る舞えるのか。
縋れる相手がいない時分は、これまでのようにうまくいくのだろうか?
それを考えれば、もう震えが止まらなかった。
悪意は感じない。何も何も感じない。だけどそれは確かに存在するもので、存在するものだと自覚してしまえば、向けられなくてもそれを感じてしまう。
エイジは、そんな見えない視線をいつだって打ち消してくれた存在だった。
いつだって隣で笑ってくれて。何度だって自分を救ってくれて。いつだって彼女の思考の中心に居た存在で。
そんな彼がいなくなったその後で。自分は一体どうなるのだろうか。
そこまで考えると、彼女の足はゆっくりと動き始めた。
色々な感情が、両足の枷となるようにしがみ付いてくるけれど。それでも一歩前へと進んだ。
彼女は強くない。
あの地下で、彼女はエイジを助けに戻った。だけどそれはきっと、今自分がやろうとしたことに比べれば僅かにマシな行為で。そしてそこが彼女の限界で。
だからこの場に留まっているけれど、それでも。ほんの少し。ほんの少しでいい。そこに自分の情けない事情が、感情が含まれれば、話は別だ。
彼女は強くない。
一人じゃ生きられない。一人じゃどうにもならない。自分を助けてくれる。自分に手を差し伸べてくれる。自分に笑いかけてくれる。いつだっていつだって。隣に居てくれる。
そんなエイジがいなければ、彼女はもう動けない。きっとかつては動いたからだが、もう動かなくなっていた。
何度だって考えたことがある。
自分は、エイジに依存している。
それはきっと自分が思っているよりもずっと強く、そしてそれが彼女の背を押す原動力となる。
だから、彼女の足取りは早まった。
エイジの為に……そして、自分の為に。
そして解は出た。
それ故に彼女は肉体強化を発動させる。
同時に、ガラスが砕けるような音が周囲に響く。
枷を、内側から破壊した。
元々はエイジの為に身につけた枷。それでも彼女の精神を安定させるのに一役買った大切な代物。
それを壊すことに、今更躊躇はしなかった。
そしてエルは窓から飛び降りる。
少しでも、時間はかけられない。
もう深夜ではあるが出歩いている人間は居るようで、そのうちの何人かがこちらに驚愕の視線を向ける。
きっと、今日どこかですれ違ってでもいたのだろう。人間だった存在が、精霊としての雰囲気をまとっていることに、戸惑いを隠せないのだろう。
だけどそんなことは、エルの知ったことではない。
彼女の頭にあるのはただエイジと、自分の事だけだ。
(……絶対に助ける)
エイジを生きて連れ戻す。
そして、彼女が思い浮かべる考えは、もうひとつ。
(そして……エイジさんを止める)
それは一つの決意だ。
口論になっても。無理やり張り倒してでもいい。
今の彼は彼自身の身をいとも簡単に滅ぼしてしまう。論理的に。道徳的に。彼のしている事は間違いではないのかもしれないけれど、きっと致命的に間違っている。
それをやめさせる。
エイジを……助ける。
そして彼女は走り出す。
地図なんていらない。場所は刻印から伝わってくる。
だったらそこ目掛けて、全力で走る。それでいい。
そして彼女は街を全力で駆ける。
彼のために。自分のために。
0
お気に入りに追加
372
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます
海夏世もみじ
ファンタジー
月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。
だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。
彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる